クロスポイント
- 【読み】
- くろすぽいんと
- 【英語】
- Cross point
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 側方運動中の作業側顆頭付近に作図上で定義された回転中心。保母、高山(1984)により命名された。側方運動は作業側顆頭がわずかに外側方に移動しながら下顎窩内でボールベアリングのように回転し、非作業側顆頭が前下内方へ移動することによって発生する側方旋回様の運動である。一般にその回転中心は作業側顆頭上またはその付近にあると考えられ、古くから種々の見解が示されてきた。主な研究者たちの見解を列挙すると、Bonwill(1899)は作業側顆頭上、Walker(1896)は顆頭間軸上で作業側顆頭からやや内側寄りの点、Ulrich(1896)は作業側顆頭の後内側の点、Gysi(1929)は作業側顆頭の後外側の点に回転中心があるとした。Gysiは下顎運動を作図的に解析し、作業側顆頭の後外方に前傾した回転軸があると結論し、側方咬合軸と名づけた。これが有名な軸学説Achsen Theorieで、側方運動においては咬合器上で側方咬合軸の回りに上顎を回転させれば生体における側方運動を再現できると考えた。このように回転中心の位置に関する見解が種々に分かれたのは、側方運動が下顎の作業側へのわずかな側方移動をともなった不均整な旋回運動で、この運動を1つの回転だけで説明しようとすると、作業側への側方移動に関する見解の相違により回転中心の位置がいろいろに変化するためである。
クロスポイントの存在は、保母(1982)により次のようにして実験的に確認された。3次元6自由度の計測能力をもつ電子的下顎運動計測装置を用い、50名の被験者の側方運動をクラッチを用い上下顎歯非接触条件下で計測した。この装置は顔の外側で計測した3次元6自由度のデータからコンピュータの演算により、下顎上の任意の点の動きを算出する能力を有している。この装置を使って50名の被験者のデータを収集し、その平均値を処理して顆頭間軸上の各点の平均軌跡を求めた。
作業側の部分が上側から下側へ移る部分の標点間隔を1mmとした。正中から55mmの位置にある標点の軌跡の作業側部分は水平基準軸上を外側方に向かい、その先端がちょうど正中から56mmの点に届いている。この特定な点は運動学的顆頭中心と名づけられている(保母 1982、Hobo 1983、84、84)。運動学的顆頭中心は、側方運動中に水平基準軸(トランスバース・ホリゾンタルアキシス)上を外側方へ向かってまっすぐ移動する“動く回転中心”で、作図上で定義されたクロスポイントとコンセプトのうえでまったく同一である。波多野ら(波多野、Claytonら 1988)は、白人と日本人につきクロスポイントの発現位置を調べ、クロスポイント間距離(顆頭間距離)は正常者では人種と性別に関係なく顔面幅径の75.1%であり、皮膚面とクロスポイントの距離は18.0mmであった、と報告している。これら2つのデータから算出した顆頭間距離は109mmとなり、上記55mmを2倍することにより算出した平均的な顆頭間距離(110mm)ときわめて近似している。
河野(1968、Kohno 1972)は、切歯点前方の2つの点の運動をストロボ方式のマルチフラッシュ装置を用いて矢状面内で測定し、これら2点の運動中の位置データからコンピュータを用いて、顆頭部の内外に設定した160個の標点の運動軌跡を算出した。下顎に、咬頭嵌合位からはじめて順に後方限界運動→前方限界運動→前方運動を行なわせ、再び咬頭嵌合位にもどる運動を行なわせたところ、160個の標点はいずれも下顎の運動に対応してさまざまなループを描いたが、顆頭上の1つの標点だけはループではなく上下幅最大0.7mmのゆるいS字状の曲線を描いた。これはこの特定の標点が顆路上を移動する際に、下顎がこの標点の回りを回転しながら運動することを示している。以上から石原(1972)は矢状面内における下顎運動の回転中心が求められたと考え、左右の顆頭上にある2つの回転中心を結ぶ線分を全運動軸と名づけた。全運動軸の性格を石原は、下顎運動は全運動軸を中心としてのローテイションrotation(回転)とトランスレイションtanslation(平行移動)によるもの、と表現している。河野による全運動軸は、いわば矢状面内の運動における運動学的顆頭中心であるが、矢状面内に限られていたため、水平面ないし前頭面内における位置がどこにあるかはわかっていなかった。保母の見い出した運動学的顆頭中心によりその側方的位置が特定された、といえる。
ちなみに保母、高山(1995)は下顎運動の運動学的構成の検討過程で、作業側顆頭上の運動学的顆頭中心を通り垂直軸に対し矢状側方顆路傾斜度だけ前傾した軸が側方運動中の側方旋回の回転軸であるという知見を得ている。要約すると、河野の全運動軸が矢状面内の蝶番回転の回転軸(顆頭間軸)であるのに対し、保母の運動学的顆頭中心(クロスポイント)は側方運動中の側方旋回の回転軸(側方旋回軸)を規定するものである。
⇒ベネット運動、下顎運動の運動学的構成