咬合器
- 【読み】
- こうごうき
- 【英語】
- Articulator
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 上下顎模型を生体と同じ位置関係に固定し、下顎運動を再現または模擬する器械。その構造は、頭蓋の前下半分を機械的に模倣したものが多い。GPT-6では、上下顎の模型を取りつけ、一部もしくはすべての下顎運動を模擬するための、顎関節と顎を模倣した機械器具と定義され、次のように4つのクラスに分類されている。
ClassI咬合器:単一の静的記録だけができる簡単な手持ち型器具。1次元の垂直(開閉)運動が可能。
ClassII咬合器:垂直(開閉)運動だけでなく水平運動が可能な器具。ただしその運動の方向を顎関節に関連づけることはできない。
ClassIII咬合器:顆頭の運動の平均値または実測値を用いて調節し顆路を模擬する器具。歯列模型の位置を顎関節に関連づけて固定することができる。アルコン型とノンアルコン型がある(半調節性咬合器)。
Class4咬合器:3次元の動的記録を受けつけることのできる器具。歯列模型の位置を顎関節に対し関連づけて固定するとともに、あらゆる下顎運動を模写することができる(全調節性咬合器、全調節性ナソロジー咬合器)。
咬合器は診断と治療計画の立案に用いられ、また技工作業をすすめるための補助器具としても役立てられている。今日では解剖的咬合器がその主役となっている。
【歴史】
今日までに開発された咬合器の種類は多い。咬合器は下顎運動の解釈次第で、さまざまな器種が生まれる可能性を秘めている。事実、咬合器の歴史をひもとくと、先人の苦労をしのばせる多種多様な咬合器が開発されてきた。今日の咬合学が目指している1つの目標は、下顎運動の要素を生体工学的な立場から解明して、その法則を発見し、それを構成して再現することである。
1805年、Gariotは金属製の蝶番咬合器を開発した。いわゆる咬合器と呼ばれるものはこれが世界最初のものであり、この装置により上下顎の模型が一定の関係で固定されるようになった。1840年、Evansは最初の解剖的咬合器を紹介し、咬合器は生体の解剖的構造と関連した構造をもつようになった。1854年、Bonwillは左右の顆頭の頂点と切歯点を結ぶと、そこに1辺10cm(4inch)の正三角形が現われることを発見し、ボンウィル三角(下顎三角)と名づけた。その後、解剖的咬合器はボンウィル三角を基準として、生体に近似した大きさをもつようになった。1896年、Walkerは側方運動時に非作業側の顆頭は咬合平面に対し、約35度の傾斜度をもって下行することを発見し、咬合器に矢状顆路を与える必要があることに気づいた。Walkerはクリノメータと呼ぶ矢状傾斜度の計測装置を開発し、その計測値と合わせて調節できるフィジオロジック咬合器を開発した。Walkerのクリノメータは、今日の口外描記装置の先駆をなすが、構造が複雑なため臨床器具として普及するには至らなかった。1901年、Christensenは、クリステンゼン現象を発見し、これを利用することにより、偏心運動時の下顎位を再現し、咬頭嵌合位との間に現われるずれを利用して、矢状顆路傾斜度を咬合器上に再現する方法をみつけた。これはチェックバイト法と呼ばれ今日も広く使われている。
1899年、Snowはフェイスボウを開発し、生体と咬合器の運動軸を一致させることにより、咬合器の再現精度を飛躍的に向上させた。1908年、Gysiは切歯指導機構を備えた咬合器を発表した。この咬合器はアダプタブル咬合器と呼ばれ、それまで咬合器の後方に取りつけられ垂直顎間距離を保つために使われていた機構を、咬合器の前方に移した最初の咬合器として歴史的価値が高い。切歯指導機構は、顆路指導機構と同等な影響力をもつ独立した運動の誘導要素となり、咬合器の再現精度はさらに高い科学性を備えるようになった。Gysiはまた軸学説により下顎の偏心運動を精細に研究し、各誘導要素を咬合器上に再現する糸口をつくったが、彼が提唱した側方咬合軸はその後信じられなくなり、Fischerとともに開発した樋状切歯指導板も試作しただけに終わったため、側方運動を咬合器上に具現化することはできなかった。
1914年、SchroderとRumpelは顆頭間距離の調節機構を備えた咬合器を開発し、側方運動時の回転中心の水平位置を調節した。1921年、Hanauはボールとスロットを組み合わせた顆路をもつハノー・モデルH型咬合器を開発した。この機構は、それ以前にも試みられているが、Hanauは技工作業に十分に耐えるような頑丈な機構をこの咬合器に与えている。そして口腔粘膜の被圧縮性を考慮した下顎運動理論を唱え、L=H/8+12という公式を使って、矢状前方顆路傾斜度(H)から水平側方顆路角(L)を導き出す方法を紹介している。
この公式の根拠は不明であるが、咬合器に備えた調節機構の目盛りを調節するガイドラインを数値的に設定しようとしたのは彼が最初である。ハノー咬合器にはGysi、Fischerが考案した金属性の樋状切歯指導板が取りつけられ、矢状傾斜度と側方傾斜度が調節できるようになっているが、その調節法については示されておらず、実際には上下顎歯列模型の垂直顎間距離を保って、石膏模型の破損を防止するといった消極的な目的にしか用いられていない。
1921年、McCollumはターミナル・ヒンジアキシスの測定法を開発し、咬合器の開閉運動軸を生体の後方境界開閉運動の軸に一致させる方法を開発した。それ以前の咬合器では開閉運動軸は形態学的なものを根拠として選ばれることが多かった。そのため咬合器の開閉運動の再現精度を向上させるのにあまり役立たなかったが、この発明により咬合器上に再現される下顎位は運動学的な意味をもつようになった。
McCollumの設定した下顎位(中心位)はその後に修正されることになるが、咬頭嵌合位を基準にして設定される下顎位は必ずしも生理的なものではなく、下顎窩内における顆頭の位置に留意すべきだとした彼の着眼は当時としては画期的なもので、今日でも概念のうえではその正当性を失っていない。
McCollumはナソグラフと呼ぶ口外描記装置(パントグラフ)を開発し、下顎の境界運動を計測した。その測定値を再現するためには、従来の咬合器の機構にさらに多くの改良を加えなければならないことに気づいた。こうして、1934年、全調節性機構をもつナソスコープ咬合器を開発した。この咬合器は調節性をもつ金属製切歯指導板を備えている。1955年、Stuartはナソスコープ咬合器を改良しスチュアート咬合器を開発した。この咬合器では、それまで主流をしめていたボール・スロット型の顆路指導機構が、ボックス型の顆路指導機構に改められ、偏心運動時に顆頭が平行移動する状態が咬合器上に正確に再現されるようになり、咬合器の再現精度が著しく改善された。スチュアート咬合器では切歯路は、平坦なプラスチック製切歯指導板の上にレジンを築盛して個体ごとに調節するようになっている。1965年、Stuartはアルコン型の半調節性咬合器であるウイップミックス咬合器を発表した。この咬合器は有歯顎用としてはじめて開発された半調節性咬合器で、ボックス型顆路がつけられている。ウイップミックス咬合器はその後の有歯顎用半調節性咬合器の設計に大きな影響を与えた。
1964年、Guichetはイミディエイト・サイドシフトとプログレッシブ・サイドシフトの概念を導入し、それらの調節機構を備えたアルコン型のデナー咬合器D4Aを開発した。この咬合器では切歯指導桿の先端が前後方向にわずかに動きオーバージェットを調節できるようになっている。1973年、Lundeenは従来個人差が多いと考えられていたプログレッシブ・サイドシフト角はほとんど7.5度に一定していて、個人差の現われるのはイミディエイト・サイドシフトの量であると指摘した。この知見をもとにして、1975年に、Guichetはプログレッシブ・サイドシフト角に任意の角度(設計者は6度を推した)に付与し、水平側方顆路をイミディエイト・サイドシフトで調節する機構をもつ半調節性咬合器デナー・マークIIを、保母はプログレッシブ・サイドシフトを7.5度に固定し、同じくイミディエイト・サイドシフトで調節する半調節性咬合器(ニュー)オクルーゾマチックをそれぞれ発表している。
このように咬合器の歴史は、前世紀以来一貫して生体上の顆路(往路)を咬合器上に再現することに重点をおいた開発が進められてきた。このコンセプトを具体化し一般開業医の日常臨床にまで普及させるには、機械式パントグラフに代わる簡便な下顎運動計測ツールが不可欠と考えられ、その可能性をつきつめた結果として1980年代前半にはアメリカではデナー社が電子的パントグラフPantronicを、ほとんど同時にわが国では保母、高山がコンピュータ・パントグラフCyberhobyを開発している。この方面の開発はその後もつづけられ、ドイツのKlettがこの路線上ではほぼ究極の姿と思えるような軽量かつ高信頼度の電子式パントグラフCondylocomp LR3を開発した。
これまで咬合器の開発にあたり顆路は重要な基準とされ咬合器の開発史は顆路の再現競争の歴史の観があった。しかし顆路が果たして厳密な再現に値するだけの重要性をもつかについて実証科学的に検討されたことはなかった。事実は、個体ごとの顆路の再現性を限りなく追求したとしても、それによって補綴物の再現精度が無限に向上するわけではないことはよく知られている。一方、切歯指導板に関しても種々の工夫が凝らされてきたが、これは垂直顎間距離を保つという以上の使い道はなく、補綴物の再現精度を向上させるために切歯指導板の機構をどう生かすべきかについての答えは出されていない。
以上のように、今日までの咬合器の開発では顆路と切歯路を別個のものとしてとらえてきた傾向があった。いい変えると下顎三角の3頂点を2分割、時には3分割して個別に取りあつかい、その全体像をとらえていなかったといえる。そのため咬合器をその活用法を含めたトータル・システムとしてみた場合、いわば“未完成の状態”にあったといえる。
ごく最近になって、下顎三角の3頂点をトータルにとらえるために必要な6自由度の計測能力をもつ電子的下顎運動計測装置があいついで開発されるようになった。そのうちの1つ、コンピュータ・アキシオグラフ・システムはオーストリア咬合学の提唱者であるウィーン大学のSlavicekが、自ら開発した機械式アキシオグラフ(ドイツ・SAM社)を、GAMMA社(オーストリア・ウィーン)と共同開発したソフトウェアCADIAXと組み合わせてシステム化したトータル・システムで、顎関節障害の診断の他SAM2咬合器調節用のデータを出力することができる。わが国では新潟大学とユニオン光学(株)が共同開発したトライメット(東京歯材社)と鶴見大学と小野測器(株)が共同開発したナソヘキサグラフJM-1000((株)ジーシー)が市販されるようになった。
一方、上記とアプローチをまったく異にするが、6自由度電子的下顎運動計測装置を用いた実験的データ解析と運動学的解析結果に基づき、新補綴臨床術式ツインステージ法が開発されている(保母、高山 1995)。この術式は、顆路の測定を必要とせず、その代わりに天然歯の咬頭傾斜角の標準値を新しい咬合の基準として用いている。専用のツインホビー咬合器上で2組の調節値を用いて、顆路指導機構と切歯指導機構を調節し、臼歯部のワクシングと前歯部のワクシングを2段階で行なうだけで、0.1mm以内の精度で標準量の臼歯離開を発現させることができる。
以上のように咬合器もコンピュータ時代を反映して、患者ごとに顆路を計測するかしないかにかかわらず、下顎運動の6自由度電子的計測結果を背景に、顆路指導機構と切歯指導機構の両方を調節してワクシングを行なう時代へと移行しつつある。
【再現様式による分類】
咬合器は研究者によってさまざまな立場から分類されてきたが、今日では下顎運動の再現様式により分類するのがもっとも一般的とされている。
1)平線咬合器
上顎フレームと下顎フレームが単純な蝶番によって連結され、蝶番開閉運動だけが可能な咬合器。咬頭嵌合位の再現だけが可能で、その他の下顎運動はまったく行なえないため、実際には対顎関係の固定器として用いられている。世界最初の咬合器といわれるGariot咬合器はこれに属し、今日普及している平線咬合器も、構造的には同じである。GPT-6の分類ではClassIに属する。
2)解剖的咬合器
顎関節の構造が生体の顎関節に類似した咬合器。今日、使用されているほとんどの咬合器がこれに属する。顆路の再現能力によって、全調節性咬合器、半調節性咬合器、非調節性咬合器の3つに分類されている。
(1)全調節性咬合器:前方顆路と作業側、非作業側の側方顆路の調節機構をもち、かつ、それぞれの顆路を曲線によって再現できる咬合器。サイバーホビー咬合器、スチュアート咬合器、デナーSE咬合器、などがこれに属する。GPT-6の分類ではClassIVに属する。
(2)半調節性咬合器:前方顆路と非作業側の側方顆路の調節機構をもち、かつ、それぞれの顆路を直線によって再現できる咬合器。作業側の側方顆路(従来の呼称ではベネット運動)は一定の方向を向くようにできており、矢状面内の調節はできない。パナホビー咬合器、ツインホビー咬合器、デンタータス咬合器、デンタータスARP咬合器、ハノーH2-O咬合器、ハノー・ワイドビュー咬合器、デナー・マークII咬合器、ウイップミックス咬合器、プロアーチ咬合器、プロソマチック咬合器、パナデントPSL咬合器、ナソレータ咬合器、モジュラー咬合器、LL-85咬合器、モービルスペイシー咬合器、ハンディ咬合器III型、NDU-77咬合器、KA7咬合器、マルチキュレータ咬合器などがこれに属する。GPT-6の分類ではClass3に属する。
(3)非調節性咬合器:下顎運動を再現するための調節ができない咬合器。下顎運動再現機構の設計要素を解剖的平均値で固定することが多いため、一般には平均値咬合器と同義とされているが、咬合処方または過補償再現の目的で意図的に平均値と異なる値を設定した咬合器もこの分類に含まれる。平均値咬合器には、デンタルホビー咬合器、デンタルホビーFF咬合器、ギージー・シンプレックス咬合器、プロアーチI咬合器、デンタル・ミニエース咬合器、ハンディ咬合器、KSK咬合器、KAシンプレックス咬合器、スペイシー咬合器、ラボメイト90、ハノーメイト咬合器などがあり、咬合処方済み咬合器(仮称)にはオクルーゾマチック咬合器(旧型)、オートマークP咬合器などがある。
3)機能的咬合器
咀嚼その他の機能運動時における下顎の動きを、単純な機械的運動によって幾何学的に模擬することを目的とした咬合器。モンソン咬合器、ホール咬合器、矢崎式咀嚼運動器などがこれに属する。設計者独自の幾何学的咬合理論をそれぞれ背景にもっているが、機械的観点から追求されたものが多く、その理論が非科学的なため現在ではほとんど使われていない。
4)自由運動咬合器
下顎運動を指導する機構をまったくもたず、運動が自由に行なえるような咬合器。普通、咬頭嵌合位だけは保持できる構造をもっている。偏心運動は、術者の勘と咬耗面による歯の誘導によって行なわれる。鵜養咬合器、沖野式エフ6咬合器、クリーベルグ咬合器、スタンスベリーのトライポッド咬合器、バルターズ咬合器、ルース咬合器などがこれに属する。ルースやスタンスベリーの咬合器は、症例に応じて運動指導部を各個調節することができ、自由運動咬合器の新しい方向を示すものとしてかつて注目された時代があった。
【構造による分類】
解剖的咬合器は構造によってコンダイラー型咬合器とアルコン型咬合器の2つに分類することができる。
1)コンダイラー型咬合器
上顎フレームに生体の顆頭に相当する顆頭球(コンダイル)、下顎フレームに生体の下顎窩に相当する顆路指導機構を有するもの。デンタータス咬合器、ハノーH2-O咬合器などがこれに属する。顆頭と下顎窩の位置関係が生体と逆になり、咬合器の開閉にともなって矢状顆路が増減する。そのため咬合器の垂直顎間距離を変えると再現した矢状顆路傾斜度それによるが蝶番回転角のぶんだけ変化する欠点がある。
2)アルコン型咬合器
上顎フレームに生体の下顎窩に相当する顆路誘導機構、下顎フレームに生体の顆頭に相当する顆頭球を有するもの。咬合器の関節部が生体の顎関節と同じ関係で再現されていて、理解しやすいため、咬合器の主流となっている。コンダイラー型咬合器のように咬合高径の増減により顆路が影響を受けることがない。ホビー咬合器、ウイップミックス咬合器、スチュアート咬合器、デナー咬合器などがこれに属する。
ちなみに一般の咬合器は下顎フレームに対し上顎フレームを運動させて操作する構造になっている。そのため上顎を基準にした下顎運動と逆の向きに(上顎フレームの)運動が行なわれる。しかし、相対運動の原理により、上顎上のA点と下顎上のB点の相対運動はどちらを固定する(または基準とする)かによりそのベクトルの向き(正負)が逆になるだけで、その大きさ(変位量)はまったく変わらない。このことは生体上でもまったく同じで、したがって上顎を基準とした下顎運動を計測または解析することによりすべての情報を網羅することになる。たとえば上顎歯列の咬合面上に描かれた(下顎の)対合歯の咬頭路をもとに、上下顎を入れ変えて描くには咬頭路のベクトルを逆の向きにして描くだけでよい。その場合厳密にいえば、上下顎の咬頭の出発点の位置の相違による誤差を生ずるが、同一歯種ならばその誤差はきわめてわずかなもので通常の目的には十分であり、要すれば原データを補正すれば足りる。
【機械的構造による分類】
解剖的咬合器は関節部の機械的構造によってボックス型顆路咬合器とボール・スロット型顆路咬合器の2つに分類することができる。
1)ボックス型顆路咬合器
ボックス型の顆路指導部と顆頭球の組み合わせからなるもの。顆頭球が顆路指導部から簡単に分割できるため技工作業がしやすく、また咬合診断の際に顆頭の亜脱臼などの状況を再現できる。ただしセントリックの再現はやや不確実になりやすい。
2)ボール・スロット型顆路咬合器
スロット型の顆路指導部内で顆頭球がボールベアリングのように運動することにより偏心運動を再現するもの。ボール(顆頭球)がスロットの間にはさまれているため、セントリックの保持が確実に行なえる。総義歯の臨床に広く用いられている。上下顎フレームの分割が困難なため技工作業はしにくい。
【精度】
咬合器に求められるもっとも大切な機能はセントリックを保持し偏心運動を再現することである。セントリックの保持は咬合器の生命とされ、これが不完全な場合は他の機構がいかに優れていても咬合器としての実用性を認めることはできない。下顎運動を完全に再現する咬合器はいまだに開発されていない。歯科界の先人たちは、いかに正確に下顎運動を再現するかということをテーマにして、咬合器の改良を重ねてきた。従来、全調節性咬合器はその精度が高いため、もっとも為害作用の少ない補綴物を製作できると考えられてきた。この論法に従えば、半調節性咬合器でつくられた補綴物は中程度の為害作用をもち、非調節性咬合器を使用した場合は補綴物の為害作用は最大になる。バランスド・オクルージョンのように偏心運動中にすべての歯を接触させなければならない場合は、咬合器の精度を向上させて下顎の運動と咬合器の動きを正確に一致させる必要がある。もし咬合器が正しく運動を再現しない場合は、その咬合器上で製作された補綴物は、口腔内で正しいバランスド・オクルージョンにはならず、上下顎の臼歯は偏心運動中にあたりすぎるか、またはほとんど接触しないか、いずれかのエラーを犯すことになる。バランスド・オクルージョンではいずれの事態が生じても補綴は失敗する。そのため咬合器の精度が重視された。しかしミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンでは、偏心運動中に臼歯を離開させなければならないから、上下顎の臼歯があたりすぎるときだけが失敗となり、離れすぎるときは失敗にならない。そこで咬合器の運動量を調節するときに、補綴物があたりすぎないように注意すればよいわけで、この場合の咬合器の再現精度は、バランスド・オクルージョンを与える場合のように完璧を期さなくてもよいことになる(Guichet 1970)。したがってミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンを与える場合は、咬合器の精度と為害作用とは必ずしも一致しないから、半調節性咬合器でも為害作用の少ない補綴物をつくりうるわけである(保母 1975)。
生体の顎よりも小さな咬合器が、下顎運動を再現するときに生ずる誤差もまた重要である。生体の上下顎と顎関節は一定の解剖的構造をもち、これを再現する咬合器も形態的に生体と類似したものになる。その大きさも生体と同大であるときにもっとも条件がよく、すべての点で有利である。小さな咬合器では咬合器の開閉軸と歯までの距離が小さくなるため、そこでつくられる補綴物の咬合面には、次にあげる3つの誤差を生じる。
開閉運動の誤差:小さな咬合器では、開閉運動の弧は歯の長軸に対して平行になるため、これに合わせてつくった歯冠修復物の咬頭は急になる。これは口腔内では開閉運動時の早期接触となる。
側方運動(作業側)の誤差:小さな咬合器が前頭面上で描く弧は、作業側では水平に傾き、これに合わせてつくった歯冠修復物の咬頭は緩やかになる。この誤差によって特別な咬頭干渉が出現することはない。
側方運動(非作業側)の誤差:小さな咬合器が前頭面上で描く弧は、より垂直になるから、これに合わせてつくった歯冠修復物の咬頭は急になる。これは口腔内では非作業側の咬頭干渉となる。
このように小さな咬合器を使って歯冠修復物をつくった場合には、中心位の早期接触と非作業側の咬頭干渉が発生する。これらは、回転運動の半径の誤差が原因となって発生したものだから、これを避けるためにはヒトの顎と同じサイズの咬合器を使うのがもっともよいことになる。咬合器の調節性の差によって生ずるエラーより、大きさの差によって生ずるエラーのほうが大きいから、咬合器を選ぶときはこの点に留意する必要がある。
【構造】
ここでは、解剖的咬合器の構造について紹介する。
1)上下顎フレーム
石膏模型を取りつける金属板。アルコン型咬合器では、上下顎フレームは分離できるが、コンダイラー型咬合器では分離できないものが多い。
2)顆頭球
生体の顆頭に相当する部分。生体と異なり完全な球形につくられている。アルコン型咬合器では下顎フレームに取りつけられ、コンダイラー咬合器では上顎フレームに取りつけられている。
3)ハウジング
生体の下顎窩に相当する箱型の窩。顆頭球をガイドする。アルコン型咬合器に取りつけられている。後壁、上壁、近心壁によって構成されそれらの傾斜度を変化させて顆路を再現する。
4)コンダイラー・トラック
コンダイラー型咬合器の下顎フレームについている顆頭球をガイドする。
5)切歯指導桿
上顎フレームの前方に取りつけられている棒。長さを調節することにより、垂直顎間距離を変えられる。直線的なものと、顆頭球からの前後距離を半径とし顆頭球を中心とした円弧に一致した彎曲を与えたものとがある。
6)切歯指導板
下顎フレームの前方に取りつけられ切歯指導桿を下から受け止める板。切歯路を再現する。プラスチック製と金属製がある。プラスチック製のものは、削合したり即時重合レジンを添加したりして調節し、金属製のものは板の傾斜を変えて調節する。
7)セントリックラッチ(ロック)
上下顎フレームをセントリックに保持するための装置。咬合器の生命ともいうべきものである。アルコン型咬合器では、スプリングのついたレバー式のものが多く、コンダイラー型咬合器ではスクリュー式のものが多い。このラッチをかけると、咬合器は純粋な開閉運動だけを行なうようになる。
8)マウンティング・プレート
石膏模型を上下顎フレームに連結するためのリング状、あるいはプレート状の固着装置。このプレートを変えることにより、I台の咬合器に多数の石膏模型を取りつけることが可能になる。