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咬合調整

【読み】
こうごうちょうせい
【英語】
Occlusal adjustment、Occlusal equilibration
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
上下顎歯の異常な接触関係を選択的に削合して、顎口腔系と調和のとれた咬合を得る方法。GPT-6では、天然歯または補綴物の咬合面の何らかの変更、あるいは咬合関係を変更することを意図して咬合に何らかの変更を加えること、と定義されている。咬合調整は次の目的で行なわれる。1)上下顎歯の異常な接触を取り除くことにより、咬合性外傷から歯周組織を保護すること。2)ブラキシズムのようなパラファンクションによって生ずる筋の異常な緊張や疼痛を除去すること。3)咬合面形態を修正することにより咀嚼効率を高め、また食片の流れを改善して歯肉の健康を保つこと。4)偏心運動時に発生する有害な側方圧を軽減し、咬合圧の均等な分散を図ること。5)修復物の試適時、観察時にその咬合関係を調和させる場合にもこの用語が使用されることがある。
咬合調整の適応症には次のようなものがある。1)咬合性外傷による歯周組織の損傷、歯の動揺、病的な移動。2)ブラキシズムや咬合異常に起因する悪習慣。3)矯正治療中や治療後の咬合の不安定な症例。4)広範囲な補綴治療(たとえばフルマウス・リコンストラクション)の前処置。
咬合調整は咬合異常を改善するひとつの手段であり、この方法だけですべての咬合異常を是正することはできない。咬合調整はエナメル質の範囲で行なうべきであり、歯の外形を全面的に変えるほど歯質を削除することはできないから、咬合異常の程度がひどい場合にはこの方法を用いることはできない。したがってその適応症にはおのずから限界がある。
咬合調整の禁忌症には次のものがある。1)著しく挺出した歯、著しく咬耗した歯列。2)咬合高径が短縮しているもの。3)極端な不正歯列。4)知覚過敏になっている歯。
【歴史的背景】
咬合調整法は時代とともに変遷し、その理論的背景もさまざまに変化した。歯の異常な接触が歯周組織に及ぼす影響は古くから、James(1923)、Grove(1924)らによって指摘され、初期の咬合調整は歯周病的な立場から歯の負担荷重を軽減するために行なわれてきた。しかし理想とする咬合様式が不明確であったため、単に咀嚼痛などのある歯を削合するだけにとどまった。その後、バランスド・オクルージョン(両側性平衡咬合)を理想咬合として、均等な歯面滑走を得るために咬合面を削合することを咬合調整とした時代もあった(加藤 1969、77)。
歯周病の療法としての咬合調整法はGlickman(1969)によって体系づけられ、習慣的な咬合位としての咬頭嵌合位の調整を重視し、偏心運動時の調整は行なわないことをその特徴とした。Glickmanは、下顎の前方ならびに側方運動は咀嚼や嚥下の際にみられる生理的な機能運動ではなく、非機能的な運動だから、このような下顎位での調節は意味がないとした。Jankelson(1960)も基本的にこの考えを支持しており、咬頭嵌合位以外の咬合調整は不要とする立場をとっている。
Schuyler(1935)は、近代的咬合調整法の創始者とされ、中心位における咬合調整の必要性を説いた。彼は中心位に歯列をはめこむのではなく、中心位と咬頭嵌合位の間に水平的な領域(ロング・セントリック)をもうけることを主張した。Schuylerは偏心運動時の咬合調整の必要性を認め、初期には両側性平衡咬合を用いたが、1961年に至り非作業側における歯の接触は咬合性外傷を引き起こすとして、これを除去することをすすめるようになった。Schuylerの理想とする咬合様式は、グループ・ファンクションド・オクルージョン(片側性平衡咬合)と呼ばれ、側方運動時に作業側の歯を接触滑走させることを特徴としている。この咬合様式は、Posselt(1962)、Ramfjord(1966)、Dawson(1974)らによって支持された。
Stuart(1960)らは、フルマウス・リコンストラクションの前準備として咬合調整を行なうことをすすめ、中心位と咬頭嵌合位を一致させポイント・セントリックを確立することをその目的とした。咬頭嵌合位は中心位から偏位していることが多いため、咬頭嵌合位で咬合調整を行なうのは無意味と考えた。また偏心運動時にすべての臼歯は離開すべきであり、もしも咬頭干渉が認められる場合はこれを除去すべきだと主張した。彼の提唱する咬合様式はミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンと呼ばれている。
Guichet(1969)はLauritzen(1951)の影響を受けた咬合調整法を紹介している。Guichetは中心位の咬合調整を重視するかたわら、偏心位に関してはバランスド・オクルージョン、グループ・ファンクションド・オクルージョン、ミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンのいずれも付与できるような術式を紹介している。このように咬合調整法は歯周病における負担軽減療法から出発し、理想咬合像の変更とともに術式を変え、近年は顎口腔系の機能障害の療法として用いられるようになっている。
【原理】
咬合調整の対象となる咬合異常には中心位の早期接触、側方運動時の咬頭干渉、前方運動時の咬頭干渉の3つがある。この他咬頭嵌合位は咀嚼などの機能運動の終末位であるため、この咬合位に咬頭干渉があると咬合性外傷となりやすいという立場で、Jankelson(1960)は咬頭嵌合位の咬合調整を重視している。Jankelsonは咬頭嵌合位の咬頭干渉を次のように分類している。
1級:下顎臼歯頬側咬頭の頬側斜面および下顎前歯の唇面に早期接触がある場合。
2級:上顎臼歯舌側咬頭の舌側斜面に早期接触がある場合。
3級:上顎臼歯舌側咬頭頬側斜面とそれに向かい合う下顎頬側咬頭舌側斜面に早期接触がある場合。
咬頭嵌合位の咬合調整の意義を認めている研究者には、Silverman、Glickman、Jankelson、石川、加藤らがいる。これに対し、咬頭嵌合位は中心位に早期接触がある場合に生じる非生理的な咬合位で、理想的には中心位と咬頭嵌合位は一致すべきであるという立場から、咬頭嵌合位における咬合調整の意義を認めない、Stuart、Shore、Guichet、Lauritzenのような研究者もいる。中心位は顆頭が下顎窩内で前上方に位置しているときの下顎位である。もしも中心位に早期接触があると、下顎はそれを支点として前方または前側方へ偏位し、中心位とは異なった位置に咬頭嵌合位を発症させる。中心位は嚥下などのたびに下顎が絶えずもどろうとする重要な下顎位だから、早期接触があると顎口腔系の筋が過緊張を起こすことになる。中心位の早期接触の為害作用について最初に記述したのはSchuylerとされ、その主張は現在に至るまで信じられている。
Posselt(1962)は最後退位と咬頭嵌合位の位置的差異に注目し、50名の被験者で調査したところ、約90%が最後退位と咬頭嵌合位の間にずれをもち、その位置的差異は1.25±1.0mmであったと報告している。Lauritzenは咬頭嵌合位が中心位からずれる方向をMIOPとLIOPの2つに分類している。MIOPは咬頭嵌合位が中心位の前方に偏位するものをいい、上顎歯の近心斜面と下顎歯の遠心斜面との間に早期接触がある場合に発生する。LIOPは咬頭嵌合位が前側方へ偏位するものをいい、下顎が早期接触のある側へ偏位するもの(以下、NW-typeという)と、その反対側へ偏位するもの(以下、W-typeという)との2型がある。前者は、上顎舌側咬頭の頬側斜面と下顎頬側咬頭の舌側斜面との間の早期接触によって発生し、後者は、上顎頬側咬頭の舌側斜面と下顎頬側咬頭の頬側斜面との間、または上顎舌側咬頭の舌側斜面と下顎舌側咬頭の頬側斜面との間の早期接触によって発生する。MIOPの調整法はMUDLの法則と呼ばれ、上顎の近心斜面と下顎の遠心斜面を削合することを原則としている。この法則はLauritzenによって唱えられ、支持咬頭の高さを減じることなく咬合調整が行なえることを特徴としている。
LIOPで下顎が咬頭干渉のある側へずれる場合は、上顎舌側咬頭の頬側斜面と下顎頬側咬頭の舌側斜面を調整する。逆に、咬頭干渉の反対側にずれるときは、上顎舌側咬頭の舌側斜面と下顎頬側咬頭の頬側斜面を調整する。それでも削除しきれない場合は、上顎頬側咬頭の舌側斜面と下顎舌側咬頭の頬側斜面を調整する。
側方運動時の咬頭干渉には作業側に現われるものと非作業側に現われるものと2種類がある。作業側の上下顎臼歯の接触滑走を認めるか否かは、術者の支持する咬合様式によって異なり、グループ・ファンクションド・オクルージョンを支持する場合は、これを生理的とする。そして側方運動時に作業側のすべての歯が均等な力で咬合力を負担できるような接触関係が望まれる。ミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンを支持する場合は、作業側の犬歯以外の接触はすべて非生理的なものとみなされる。作業側の早期接触の調整法はBULLの法則と呼ばれ、上顎の頬側咬頭と、下顎の舌側咬頭を削除することを原則としている。この法則はSchuylerらによって推奨されていたが、削除した歯の頬舌側径が広くなり、臼歯離開が得にくい欠点がある。そのためGuichetは、作業側の咬頭干渉の削合する部位として、上顎の舌側咬頭の舌側斜面と下顎の頬側咬頭の頬側斜面を調節するようにすすめている。
非作業側における歯の接触滑走は、現在有歯顎の咬合では完全に否定されている。Posselt(1962)やRamfjord(1966)も咬頭干渉が咬合性外傷やブラキシズムの原因になるとして、その為害性を強調している。非作業側の咬頭干渉は、上顎舌側咬頭の遠心頬側斜面と下顎頬側咬頭の近心舌側斜面で調整する。前方運動時の咬頭干渉は、上顎頬側咬頭の遠心斜面と下顎の舌側咬頭の近心斜面で調整する。
咬合調整を行なう際には、最終的に与える咬合様式の種類には関係なく、次の原則を守らなければならない。
1)咬合圧を歯の長軸方向に誘導するように注意して歯面を削除する。そのためには側方圧が加わりやすい斜面をつくらないことが大切である。
2)面接触を避け、なるべく点接触を与えるようにする。そのためには切削面を球面に形成するとよい。点接触は少ない咬合力で強大な咀嚼圧を生み出し、歯周組織の負担も軽減できる。
3)咬頭はできるだけシャープに形成する。不用意に歯質を削除すると咬頭が平坦になり咀嚼効率が低下する。
4)食片の流出方向や下顎の偏心運動時の対合歯の咬頭の運動経路を考慮し、咬合面に機能的な裂溝を形成する。咬合面を平坦にすると食片が正しく流動しなくなり、隣接面などに嵌入することがあるので注意を要する。
5)咬合面の頬舌的径をできるだけ小さくするように削合する。これにより臼歯離開が得られやすくなる。
6)ひとたび支持咬頭を確立したら、以後の調整中にこれを削除しないように注意する。不注意に支持咬頭を削除すると垂直顎間距離が失われ、新たな咬合異常を招くおそれがある。
【諸家の咬合調整法】
咬合調整の方法は研究者により異なり、また目的とする咬合様式によっても相違するため、統一した見解はない。代表的な咬合調整法には次のようなものがある。
<Glickmanの咬合調整法>
咬頭嵌合位と中心位の咬合調整を主体にし、偏心位の咬合調整を行なわないことを特徴としている。Jankelsonの早期接触の分類法に基づき、次の順序で咬合調整を行なう。
1)中心位における早期接触3級の削除。
2)中心位における早期接触3級の確認と、咬頭嵌合位における早期接触1級の削除。
3)咬頭嵌合位における早期接触1級の確認と、咬頭嵌合位における早期接触2級の削除。
4)咬頭嵌合位における早期接触2級の確認と、咬頭嵌合位における早期接触3級の削除。
5)以上の削除の確認と歯面の研磨。
<Schuylerの咬合調整法>
中心位の早期接触の為害作用を認め、グループ・ファンクションド・オクルージョンを理想咬合としている。中心位と咬頭嵌合位の間にロング・セントリックをもうける。咬合調整は次の順序で行なう。
1)全体的な咬合の不調和の削除。挺出歯や嵌入した咬頭、隣接面の辺縁隆線の不ぞろいなどの削除。
2)中心位および中心滑走における早期接触の削除。MUDLの法則を適用する。
3)前方位および前方運動における咬頭干渉の削除。
4)側方位および側方運動における咬頭干渉の削除。作業側ではBULLの法則を適用する。非作業側ではMIBU mesial inclination buccal upperとDILL distal inclination lingual lowerの法則を適用して削除する。
5)咬合形態の修正と研磨。
<Ramfjordの咬合調整法>
Schuylerの方法と変わらないが、中心域での咬合調整の目標として、中心位と咬頭嵌合位における早期接触の削除、中心位よりわずか前方に咬頭嵌合位を付与すること、すべての臼歯へ均等に圧力が加わるようにして中心域での自由域を確立すること、中心域での側方圧を完全に削除することをあげている。また偏心位の咬合調整の目標として、多方向への限局されない自由な接触滑走パターンを付与すること、均等な切歯および犬歯の誘導を与えること、などをあげている。Ramfjordの咬合調整法の順序は次のようである。
1)中心域での早期接触の除去、ロング・セントリックの付与。
2)偏心位の咬頭干渉の削除。
・作業側ならびに前方位の咬頭干渉の削除。これにはBULLの法則を適用する。
・非作業側の咬頭干渉の削除。
Lauritzenの咬合調整法
中心位の咬合調整を重視し、中心位と咬頭嵌合位が一致した状態THIOPを得ることを目的とする。偏心位の調整ではミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンを理想咬合としている。Lauritzenの咬合調整法は次のようである。
1)中心位における早期接触の削除。MIOPの場合はMUDLの法則を適用し、LIOPの場合は作業側でBULLの法則を用い、非作業側では上顎舌側咬頭遠心の頬側斜面と下顎頬側咬頭の近心舌側斜面を削除する。
2)THIOPが確立されたら偏心運動時咬合調整を行なう。
・前方位の咬頭干渉の削除。BULL upper buccal lower lingualあるいはDUML upper distal lower mesialの法則を適用する。
・作業側の咬頭干渉の削除。BULLの法則を適用する。
・非作業側の咬頭干渉の削除。MIBLとDIBLの法則を適用する。
<Guichetの咬合調整法>
数多くある咬合調整法を集大成した優れた方法である。バランスド・オクルージョン、グループ・ファンクションド・オクルージョン、ミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンのいずれの咬合様式にもあてはめられること、ならびに天然歯、修復歯、技工操作時のいずれにも応用可能であることを特徴としている。Guichetは咬合調整する部位を確認するために歯列模型上に6色のエナメルを使用して、削除部位をカラー・コーティングする方法を紹介している。この方法を用いると削除すべき部位が模型上で簡単に理解でき、また各削除面を色で区別することができるため咬合調整の術式を理解しやすい。編者のひとり(波多野)がGuichetから直接聞いた(1990)ところによれば、この方法はLauritzenの教えをもとにまとめあげたものという。Guichetの咬合調整法は次の順序で行なう。
1)中心位の早期接触。MIOP、LIOPの調整箇所は以下のようになる。文中のカッコ内に指示されている色はGuichetのカラー・コーティングによる。
・MIOPの調整(オレンジ色)は上顎舌側咬頭の近心斜面と下顎頬側咬頭の遠心斜面を削除する。
・LIOP、W-typeの調整(緑色)は上顎舌側咬頭の近心舌側斜面と下顎頬側咬頭の遠心頬側斜面で調整する。それでも取りきれない場合は上顎頬側咬頭の近心舌側斜面と下顎舌側咬頭の遠心頬側斜面で調整する。この調整法はMUDLの法則として古くから知られているもので、上顎の近心斜面と下顎の遠心斜面を削合するだけなので、機能咬頭の高さを減じることなく咬合調整を行なえる利点がある。
・LIOP、NW-typeの調整(黒色)は上顎舌側咬頭の頬側斜面と下顎頬側咬頭の舌側斜面で調整する。
2)偏心位の調整
・側方運動時の作業側の調整(青色)。咬頭嵌合位から下顎を側方へ移動させたときに下顎の移動した側(作業側)に咬頭干渉のある場合は次の箇所を調整する。作業側の調整にはBULLの法則を用い、上顎の頬側咬頭と下顎の舌側咬頭を削除するのが一般的である。しかしこの方法では削除後に歯の頬舌径が広くなり、歯の長軸方向に咬合圧を伝達するのが難しくなる。そのためGuichetは上顎の舌側咬頭の舌側斜面と下顎の頬側咬頭の頬側斜面を調整し、それでも取りきれない場合にのみ、上顎の頬側咬頭の舌側斜面と下顎の舌側咬頭の頬側斜面を削除するようにすすめている。作業側の咬頭干渉は主として小臼歯部に現われ、上顎の小臼歯の頬側咬頭が下顎の小臼歯の頬側咬頭の遠心を通過する際に発生することが多い。そのため作業側の咬頭干渉を調整するときは平面的に歯面を削除するのではなく、上顎の頬側咬頭の形状に沿って下顎の頬側咬頭の遠心にV字形に溝を入れるように形成する。この溝はトーマス・ノッチと呼ばれる。
・側方運動時の非作業側の調整(紫色)。咬頭嵌合位から下顎を側方へ移動させたときに、下顎の移動した反対側(非作業側)に咬頭干渉のある場合は上顎舌側咬頭の遠心頬側斜面と下顎頬側咬頭の近心舌側斜面で調整する。この咬頭干渉は主として大臼歯部に現われ、下顎の遠心頬側咬頭が舌側にずれる際に上顎の近心舌側咬頭と衝突するために発生する。それを避けるため干渉部を削除するときは上顎大臼歯の中央窩から近心舌側咬頭頂に向かって、下顎の遠心頬側咬頭が通過しやすいようにV字形の溝を入れる。この溝はスチュアート・グループと呼ばれる。一方、同じ運動中に上顎の近心舌側咬頭は頬側へずれ、下顎の遠心頬側咬頭と衝突する。そのため下顎の遠心頬側咬頭を2つに分け、上顎の咬頭が通過しやすいようにするとよい。その結果、下顎大臼歯は3つの頬側咬頭をもつようになる。
・前方運動時の咬頭干渉の調整(黄色)。下顎を前方へ移動させたときに咬頭干渉のある場合は、上顎頬側咬頭の遠心斜面と下顎舌側咬頭の近心斜面で調整する。中心位の調整を終えた後は機能咬頭には触れないほうがよいので、偏心位の調整はなるべく非機能咬頭で行なうべきである。
<Stuart、Solnitらの咬合調整法>
これはミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンを与えることを目的として考え出されたもので、はじめに偏心位を調整し、その後に中心位の調整を行なう点が他の方法と異なっている。中心位の早期接触は同時に偏心位の咬頭干渉の成分でもあるため、最初に偏心位の調整を行なうと中心位の早期接触がなくなることが多い(Solnit、Curnutte 1988)。偏心位の調整は中心位の調整より容易なため、この方法は実用価値が高く臨床的といえる。この方法はStuartによって提唱され、Ingrahamにより一般化され、Solnit、Curnutte(1988)により体系化された。ここにはStuartのオリジナル(Huffman、Regenos 1973)を示すが、Solnit、Curnutteは側方運動を最初に調整し、前方運動をその次に調整するように指示しているところが異なり、調整箇所も微妙に異なっている。咬合調整の順序は次のようである。
1)前方位の早期接触の削除
BULLの法則を適用する。
2)側方運動時の咬頭干渉の削除
・非作業側の調整。上顎では下顎の咬頭が通過できるよう、また下顎では上顎の咬頭が通過できるように、それぞれ溝を形成する。
・作業側での調整。BULLの法則を適用する。
3)中心位の早期接触の削除
上顎では舌側咬頭の近心斜面を、下顎では頬側咬頭の遠心斜面を削除する。
【器材】
口腔内に発生する早期接触や咬頭干渉を探し出し、咬合調整を行なうためには、次にあげる器材が必要である。
<咬合診査用器材>
1)オクルーザル・レジストレーション・ストリップス。厚さが約12.5μmのきわめて薄い咬合診査用のストリップスで、この厚さまで咬頭干渉を確認できる。このストリップスを上下顎歯間に介在させ、これが保持できるか否かにより、咬合接触の有無を判定する。
2)オクルーザル・インディケータ・ワックス。咬合の診査に使用するシート・ワックス。片面は滑沢で、他面には接着剤が塗られている。上下顎歯間に介在させて嵌合させると咬頭干渉部のワックスが穿孔し、その部位が明確に識別できる。ワックスに厚みがあるため、各干渉の発生順序(タイミング)がわかる。ワックスの穿孔部を付属のコピー鉛筆でマークし、咬頭の位置を歯面に記録し削除する。
3)咬合紙。薄い紙面にカーボンと色素を混合したものが塗布されているカーボン紙。上下顎歯間に介在させて嵌合させると、歯面上に歯の接触部が着色される。マークが広範囲に及ぶことがあり、単独では咬頭干渉の箇所を特定できないため、あまり精密な診査を行なうことはできない。普通オクルーザル・レジストレーション・ストリップスと併用して用いられる。また咬合紙の代用としてタイプライター・リボンを用いることもある。
4)咬合器に取りつけた診断用模型。中心位や偏心位を正しく再現する歯列模型。これを用いて術前に早期接触や咬頭干渉の箇所をチェックしてカルテに記入し、口腔内で咬合調整を行なうときに参考にする。診断用模型は必ずターミナル・ヒンジアキシスとセントリック・バイトを用いて固着し、咬合器上に中心位を再現しておかなければならない。
5)その他、オクルーザル・レジストレーション・ストリップスや咬合紙をはさむためのピンセット(Mullerのピンセットなど)や止血鉗子が必要である。
<切削用具>
1)タービンを使用することもあるが、切削量が大きくなりすぎる危険があり、微細な調整が行なえない欠点があるため、普通中高速のマイクロモータを用いる。
2)カーボランダム・ストーンとダイヤモンド・ポイント。形態は球状の17番や22番、フレーム状の28番、盃状の42番、円筒状の44番などを用いる。
3)研磨用具。サンドペーパー・ディスク、ラバー・ホイール、ホワイト・フィニッシング・ポイントなどを使用する。
<臨床操作>
円滑に咬合調整を行なうために、下顎の誘導法と干渉部位の確認法をマスターしておく必要がある。また患者への指示内容も重要な意味をもつ。中心位の早期接触を正しく検出するには、次のように説明しながら患者の下顎を誘導するとよい(Guichet 1973)。
1)「口を軽く開けたまま、顎がホームベースへもどるまで後退させてください。」ここで術者は患者のオトガイ部に指をあて、患者の下顎の後退運動を助ける。顆頭が前上方位へ位置するように配慮し、下顎をあまり強く押しつけてはいけない。
2)「私の説明が終わるまで、顎を動かしてはいけませんよ。この位置からゆっくりと口を閉じて、上下の歯が羽毛のように軽く触れたら、顎を止めてください。最初に歯があたったところが早期接触です。」術者はここで早期接触の部位を確認する。
3)「最後まで、顎を噛みしめてください。」術者はここで、中心位の早期接触の大きさと咬頭嵌合位までの偏位の量と方向を知る。
側方咬合位の咬頭干渉を発見するためには次のように説明するとよい。
1)「口を軽く開けたまま、顎を横へ動かし、上と下の犬歯の先が触れるところで顎を閉じてください。」
2)「私の説明が終わるまで顎を動かさないでください。この位置からゆっくりと顎を噛みしめて、ホームベースへもどしてください。」
3)「どこかで歯が触れたら、その位置で顎を止めてください。」術者はここで偏心位の咬頭干渉を検出する。
前方咬合位の咬頭干渉の発見には次のように説明するとよい。
1)「顎を前へ動かし、上と下の前歯の切縁が触れたところで顎を閉じて下さい。」
2)「その位置からゆっくりと顎を噛みしめてホームベースへもどしてください。」術者はここで前方位の咬頭干渉を検出する。
患者に非機能による筋の過緊張があると、上述のようにしても下顎をうまく誘導できないことがある。そのようなときは、オクルーザル・スプリントを製作して一定期間装着させ、筋の過緊張を緩和してから咬合調整を行なうと下顎を誘導しやすくなる。また、筋弛緩剤を投薬するのも有効である。しかし局所麻酔や全身麻酔下で咬合調整を行なってはならない。このような状況では歯根膜の感覚が失われ、感覚受容体性の神経筋反射が妨害され、干渉部を正確に発見できない(Posselt 1962)。唾液の分泌量が多い患者の場合は、咬合紙がぬれて使用できなくなるので、術前に薬物を投与して唾液をコントロールしておくほうがよい。この目的のために胃液分泌抑制剤であるプロバンサインを術前30分前に50~100mg投与しておくとよい結果が得られる。
干渉部を検出するには、オクルーザル・レジストレーション・ストリップスを噛ませ、これが引き抜けるかどうかを調べる。もし、抵抗なく引き抜けるようであれば、その部位には歯の接触のないことがわかる。また、引き抜けない場合にはその部位に干渉があることがわかる。干渉部が確認できたらそこへ咬合紙を噛ませ、歯面にマークをつける。このとき注意しなければならないのは色のついた部位のすべてが削合する部位というわけではなく、あらかじめストリップスで確認しておいた箇所で、かつ咬合紙の色がつき、その色の中央部が白く点状に抜けているところが干渉部であるということである。中心位の早期接触の好発部位は第2大臼歯と第1小臼歯であるから、とくにこの部分を注意して診査する。咬合調整後に上下顎の全臼歯が均等に嵌合し、歯の接触部はいずれもストリップスを噛ませたときに、確実に保持できる必要がある。偏心位の咬頭干渉も同様な方法でチェックする。ただし、偏心位の咬頭干渉は目的とする咬合様式によって削合する部位や量が異なってくるので注意が必要である。
咬合調整は口腔内で行なう操作であるため、完璧に行なうことは難しい。かといって、完全さを求めるあまりに過剰な歯質の削除を行なわないように、咬合調整は常にややひかえめに行なうことを原則とすべきである。
【ツインステージ法】
咬合調整の対象となるのは中心位の早期接触と偏心運動時の咬頭干渉であるが、ツインステージ法は偏心位の調整を目的として考えられたものである。偏心運動時の咬頭干渉は咬頭形態の異常と、前歯誘導の異常の2つの原因により発生する。従来この点をはっきりと区別するのが難しく、偏心運動時の咬頭干渉は上下顎歯が衝突しなければよしとされ、臼歯離開量までは配慮されない傾向があった。この方法を用いることによりこの点を改善することができる。その術式は次のようである(保母ら 1995)。
1)アルギン酸印象材を用いてスナップ印象を採得し、診断模型を製作する。上顎診断模型の前歯部をダウエル・ピンによる可撤構造とする。実測値を用いフェイスボウ・トランスファを行ない、上顎模型をツインホビー咬合器にマウントする。ターミナル・ヒンジアキシスの計測における5mmの誤差は第2大臼歯において最大400μmの誤差を生じるため、精密な咬合の診査が要求される咬合調整では、実測値を用いるほうが安全である。次に中心位で採得したセントリック・バイトを用い、下顎模型をマウントする。再現する下顎位は必ず中心位でなければならない。ツインホビー咬合器の顆路指導機構と切歯指導機構は条件1(赤線モード)の値に調節しておく。
2)以上の操作が終了したら、上下顎の診断模型の咬合面に色ラッカーを1層スプレーする。咬合器を中心位で開閉して早期接触をみつけ、鋭利なスカルペルで干渉部位を削除する。その部位の色ラッカーははげるので後日口腔内で咬合調整を行なうときの参考とする。この作業中、切歯指導桿は指導板の表面からわずかに離しておくほうがよい。
3)中心位の咬合調整が終了したら、偏心位の調整に移る。咬合器の調節値はそのまま条件1の値に合わせておく。切歯指導桿を切歯指導板に再度接触させたら、上顎模型の前歯部を撤去し、金属製切歯指導板と顆路指導機構にガイドさせ、あらゆる偏心運動を行なわせる。もし臼歯部に干渉が認められれば削合し、均一な接触滑走をするように咬合調整を行なう。この干渉部位は咬頭傾斜の異常を意味しているので、これを放置すると将来臼歯離開が不均一に行なわれる。削合によって均一な接触滑走が得られたら、それは臼歯の咬頭傾斜が標準値に調整され、咬頭形態が理想的に調整されたことを物語っている。なお削合部位の色ラッカーは失われ、模型の材料が露出するが、これはその部位に咬頭傾斜の異常が存在することを示し、口腔内で咬合調整を行なうときの参考になる。
4)以上の操作が終わったら、上顎の診断模型に前歯部をもどす。そしてツインホビー咬合器の顆路指導機構と金属製切歯指導板を条件2(青線モード)の値に合わせて再調節する。咬合器にあらゆる偏心運動を行なわせ、前歯の接触状態を検査する。発現率は少ないが、もし前歯に干渉があると切歯指導桿の尖端が切歯指導板の面から浮きあがる。これは患者の前歯誘導が正常値より過剰に行なわれていることを意味しているので、その場合には切歯指導桿と切歯指導板の隙間ななくなり、偏心運動中に両者が常時接触するようになるまで干渉部位を削除する。その部分の色ラッカーははげるので後日参考とする。逆に上下顎の前歯間に隙間が認められたら、これは前歯誘導の不足を意味しており、その不足分は臼歯の咬頭干渉(臼歯ガイド)によってまかなわれるため、咬合調整では処置できないことになる。この場合は前歯誘導の補綴的、歯列矯正的、ないしは外科矯正的な改善を検討する。いずれの場合にも、前歯の誘導の異常は蝶番回転の不正を招き、臼歯離開量に狂いを生じるので十分に診査しなければならない。
5)上述の作業が完了すると、中心位と咬頭嵌合位は一致し、ポイント・セントリックとなる。また偏心運動中に咬合器上で上下顎臼歯歯列は均一に離開する。臼歯離開量は標準値(前方運動1.0mm、側方運動非作業側1.0mm、作業側0.5mm)となる。診断模型の咬合面にみられる色ラッカーのはげた箇所はこのような咬合を得るために妨げとなっている干渉部位である。この診断模型を参考にして実際の口腔内で咬合調整を行なう。歯質の削除量については診断模型の削合によりあらかじめ必要量が把握できているので、こうした前準備なしに行なうよりもはるかに合理的でかつ精度の高い咬合調整が患者の来院時に行なえる。
⇒ツインステージ法、理想咬合