咬合理論の変遷
- 【読み】
- こうごうりろんのへんせん
- 【英語】
- Evolution of science of occlusion
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 下顎を閉口させたときの咬合位をあつかうセントリックの理論と、下顎に偏心運動を行なわせたときの咬合様式をあつかう偏心位の理論からなる理論体系の変遷。
【セントリックの理論の変遷】
1921年、McCollumは顆頭が下顎窩内で緊張することなく最後方に位置し、そこから自由に側方運動を行なえるときの頭蓋と下顎の位置的関係を中心位centric relationと定義した。これが中心位の旧定義で、今日では最後退位と呼ばれている。McCollumは、顆頭を下顎窩の最後壁にぴったりとおさえつけて下顎を開閉させれば純粋な回転運動が行なわれ、このときの軸を咬合器の回転軸に一致させれば、咬合器上に患者の上下顎が開閉する際の下顎の回転軸を精密に再現できると考えた。中心位における回転軸ははターミナル・ヒンジアキシスと呼ばれている。その後、McCollumの高弟のGrangerは顆頭を下顎窩内の後方と上方に固定する後上方位を主張し、同じくStuartはさらに内側方を加え、下顎窩内で顆頭を後方と上方と内側方の3点で固定した位置(RUMポジション)を提案した。以後数十年にわたり、ナソロジーではこの中心位の定義が受けつがれてきたが、1973年に至りCelenzaにより大幅に修正された。Celenzaは、多数のフルマウス・リコンストラクションの症例の術後観察結果に基づき、顆頭は下顎窩内の“前上方位”にあるのが望ましいという見解を述べ、その理由を“顆頭の後方に神経と血管が豊富に分布したバイラミナゾーンがあり、また下顎窩の最深部は骨組織の層が薄く、強大な咬合力から生じる応力(ストレス)に耐えるのに適しない”としている。1985年に開催されたNewport Harbour Academyにおいて、解剖的、生理的かつ機能的に適正な顆頭位を適正顆頭位optimum condyle positionと呼ぶことが決まり、この顆頭位を顎関節障害やオーラル・リハビリテイションにおける咬合の基準に用いるべきことが示唆された。1987年のGPT-5で中心位は“左右の顆頭がそれぞれの下顎窩内の前上方部において、関節結節の傾斜部と対向し、かつ関節円板のもっとも薄い駆血な部分と嵌合している上下顎の位置的関係。この位置は歯の接触に依存しない。また臨床的には、下顎が前上方に向けて誘導され、かつトランスバース・ホリゾンタルアキシスの回りに純粋な回転運動を行なう範囲にとどまっているときの位置である”と定義され、その定義の主旨はそのままGPT-6(1994)に引きつがれている。
このように、中心位の定義は当初の最後退位からRUMポジションを経て現在の前上方位まで変遷した。そのコンセプトの核心は、“下顎窩内において顆頭が生理的に適正な位置にあり、下顎が無理なく純粋な蝶番回転を行なうことができるときの患者固有の下顎の基本位”であり、それを咬頭嵌合位決定の基準としようとするものである。
中心位と咬頭嵌合位の前後的ずれはこれまでにたびたび論争されてきた。Posselt(1952)は成人で最後退位と咬頭嵌合位が一致していたのは12%で、残りの88%では1.25±1.0mmのずれが検出されたと報告している。Schuyler(1959)は中心位と咬頭嵌合位の間のずれを生理的なものと考え、両者の間に約1.0mmの前後的な長さをもたせるロング・セントリックを提唱した。中心位の定義が最後退位から前上方位に修正されるのにともない、ロング・セントリックの幅もPosselt(1952)による平均1.25mmからSchuyler(1959)の1.0mm、Ramfjordの0.5~0.8mm(1971)から0.3~0.5mm(1982)、Dawson(1974)の0.2mmへと次第にその長さは縮まっている。
中心位の咬合採得時の下顎の誘導法についても種々論議されてきたが、RUMポジションから前上方位への移行にともない、顆頭を下顎窩の“最後方”に位置づけて最後退位を求めるオトガイ誘導法は支持されなくなり、“最上前方”に位置づけるバイラテラル法やスリーフィンガー法がとって代わるようになった。さらに最近では咬頭干渉を解除した状態で挙上筋(閉口筋)の作用により顆頭を下顎窩の前上方に保持するリーフ・ゲージ法が注目されている。この他、筋の自然な機能にまかせ、術者による誘導なしに下顎を閉口する、アンガイド法にもまだ根強い支持がある。最近河野(1996)が推奨している約10mmのストロークを用いた顆頭安定位の採得法もアンガイド法のひとつであろう。
保母ら(1984)は電子計測により、バイラテラル法ないしスリーフィンガー法、オトガイ誘導法およびアンガイド法の3つの方法で求めた顆頭中心の相対位置を調べた。その結果、バイラテラル法ないしスリーフィンガー法によって求めた顆頭位はアンガイド法によって得られたそれに対し平均して前方へ0.05mm、上方へ0.04mmの位置にあるものの、t検定による有意差は認められなかった。一方、オトガイ誘導法の顆頭位はバイラテラル法ないしスリーフィンガー法およびアンガイド法の顆頭位に対し、平均してそれぞれ後方へ0.30および0.25mm、下方へ0.10および0.06mmの位置にあり、t検定の結果も有意水準p<0.01で有意であった。前後的な差の0.30mmという値は、中心位と咬頭嵌合位の差についてRamfjordやCelenzaの最近の見解ともよく合っている。以上の結果は、オトガイ誘導法が顆頭を下顎窩の最後方に位置づけるため、バイラミナゾーンに異常な圧力を加えるおそれがあり、生理的でないというCelenzaの見解を裏づけるものといえよう。
中心位は生理的かつ機能的に適正な顆頭位であるから、中心位と咬頭嵌合位が一致するのが理想であるとするのが今日の一般的な考え方である。そして両者が一致しない場合には中心位の早期接触が発現する。従来両者が一致する場合を中心咬合位centric occlusionと呼んできたが、GPT-6では“下顎が中心位にあるときの対向する歯の咬合。これは咬頭嵌合位に一致するか、または一致しないかもしれない。”と定義され、その意味合いが変わってきている。
【偏心位の理論の変遷】
偏心位の理論は過去100年の間に、バランスド・オクルージョンからミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンへと変遷し、途中でグループ・ファンクションのような中間的咬合様式を派生した。
1)バランスド・オクルージョン
1854年にBonwillは、4,000例の解剖標本と6,000例の生体における頭蓋骨の状態を観察して“ボンウィル三角”の理論を発表し、さらに“3点接触”の理論を考察し、総義歯の咬合の平衡を得ようとした。 Speeは多数の頭蓋骨を観察し、犬歯の遠心隅角と下顎臼歯部歯列の頬側咬頭および顆頭の前縁を結ぶ矢状面投影は、1つの円弧を形づくることを発見し、1890年にこの円弧を“スピーの彎曲”と命名した。“ボンウィル三角”と“3点接触”ならびに“スピーの彎曲”の理論により、1890年ごろから歯科界には理想咬合像として、バランスド・オクルージョンの考え方が確立され、この咬合を付与することが補綴の究極のゴールと考えられるようになった。
1920年代に入ると、種々の研究業績をまとめ、1つの系統立った下顎運動理論に発展させようとする傾向が現われた。 MonsonはSpeeの理論をすべての下顎運動の範囲まで拡大すると、そこに1つの球面が考えられ、その球面は“ボンウィル三角”と共通し、その半径は10cm(約4inch)になるという仮説を立て、これを“球面説”と名づけた。Bonwill、Spee、Monsonらによって提案されたバランスド・オクルージョンは、咀嚼運動が垂直ではなく水平的に営まれるとする理論を基準にしている。この意見に従えば中心咬合位は咀嚼運動の経過中、運動が水平方向から垂直方向に変わるところに存在し、したがって下顎運動の全過程において全部の歯を“ひきうす”のように接触させれば、側方咬合圧を各歯ごとに均一に分配できることになる。歯列は下顎運動の全過程で顎関節と調和した状態に位置づけられるため、歯と顎関節に均等に咬合圧が分配される。その結果、1歯だけに無理な側方圧が加わらなくなり、歯周組織はストレスから守られ、口腔の健康が維持されるということになる。
1926年に、Hanauは“Hanau Quint”と呼ぶ総義歯に関する総合的下顎運動理論を発表した。Hanauの咬合論は、解剖的な顆路傾斜角と切歯路傾斜角を基盤とし、口腔粘膜の圧縮によって引き起こされる、咀嚼時の義歯の沈下を考慮しながら、義歯にバランスド・オクルージョンを付与することを主要な目的としたものである。Gysiは、1929年に“軸学説”および“咬合小面学説”を体系づけている。これもまた、バランスド・オクルージョンを確立することを念頭において考え出されたものである。1926年にMcCollumはカリフォルニア・ナソロジカル・ソサエティーを設立し、下顎運動の研究のスタートを切った。McCollumもまた、オーラル・リハビリテイションの究極の目的として、バランスド・オクルージョンをあげている。
バランスド・オクルージョンは、上述のごとく、古典的下顎運動理論を基盤としているため、その起源は前世紀までさかのぼり、補綴学的理想咬合としてもっとも初期に確立されたものである。すべての古典的下顎運動論がそうであったように、このバランスド・オクルージョンも、はじめは総義歯のための咬合として考案されたものである。しかし年月の経過とともに、このような咬合が無歯顎、有歯顎を問わず広い意味の理想咬合として承認されるようになり、今世紀のはじめには既成概念になった。Mccollumがバランスド・オクルージョンを選んだのは、当時の臨床家がこの咬合を強く支持していたためで、既成概念から脱却できなかったためと思われる。理想咬合に関するMcCollumの主張は、弟子のGrangerによって引きつがれ、Grangerは終生バランスド・オクルージョンを擁護しつづけた。
1950年代になって、StallardとStuartはバランスド・オクルージョンを与えた症例の大半が失敗に終わったことを知り、このような咬合が果たして理想咬合といえるか疑問を抱くようになった。バランスド・オクルージョンの批判点としては、上下顎歯の過度の接触により過度の咬耗が引き起こされること、また正常な歯周組織を有する天然歯列に完全なバランスド・オクルージョンを発見できないこと、などがあげられる。稀にみられる天然歯のバランスド・オクルージョンは、咬耗の所産であることが多い。このような理由のためバランスド・オクルージョンは単なる想像上の理想咬合論にすぎないと考えられるようになった。今日では、バランスド・オクルージョンは総義歯のための咬合と考えられ、適応症が限定されている。
2)カスピッド・ライズ
1958年にD’Amicoは人類学と古生物学の研究を行ない、霊長類の歯種のうち、犬歯は大きさに差異があるが、歯列中で常に支配的な位置にあり、しかも機能が一定していることを発見した。霊長類の上顎の犬歯は、常に下顎の犬歯と第1小臼歯に咬合している。犬歯のもっとも重要な機能とは下顎を咬頭嵌合位へ導き、その間に犬歯以外の歯が接触するのを防止することにある。このような犬歯の誘導作用によって、不要な歯の接触がなくなり、咬耗は防止される。犬歯は咬耗に対処する自然の防御機能をもつと考えられる。犬歯は、臼歯部に加わる側方圧を制限して、歯周組織を守るうえでも有効である。D’Amicoは犬歯の、歯根長、歯槽骨の解剖的構造、および嵌合の位置は、いずれも犬歯が下顎の自由な運動を制限するのに役立つことを証明していると述べている。
原始人がもっていた、水平方向へ下顎を運動させる習癖は、現代人にも受けつがれ、われわれは無意識のうちに下顎を水平に動かす傾向がある。そのような悪習癖によって引き起こされる歯の咬耗と、歯周組織の破壊を防止するのが犬歯なのである。そのため、犬歯は天然の歯列をもつ“ストレス・ブレーカー”といえる。D’Amicoがバランスド・オクルージョンに反対した最大の理由は、犬歯のもつ抑制力を無視している点にある。D’AmicoはBonwill、Spee、Monsonらの研究は、いずれも原始人にみられるような著しい切端咬合や咬耗を有する歯列や頭蓋骨を対象として行なわれたものであるが、原始人にみられる咬耗は決して正常なものではないと述べ、彼らの研究業績に批判的な立場をとっている。このような経過をたどって犬歯誘導を重視した天然歯のための理想咬合として、カスピッド・ライズ(犬歯誘導咬合)が誕生した。
カスピッド・ライズは、あらゆる偏心運動を犬歯のみによって誘導させることをいい、臼歯離開咬合を目的として付与される。カスピッド・ライズでは、上顎犬歯は前方運動、側方運動の区別なく、すべての偏心運動時に下顎を誘導し、上下顎の切歯、小臼歯、大臼歯に水平応力(ストレス)を生じるのを防いでいる。しかしヒトでは、犬歯が下顎の前方運動を誘導することは稀であり、その誘導作用は側方運動時にのみ認められるのが普通である。そのため今日ではカスピッド・ライズの考え方は否定されている。
犬歯が側方運動を誘導するのに都合がよいということは、前述の人類学的根拠によっても明らかである。さらに犬歯は非常に緻密な歯槽骨壁によって囲まれ、わずかな刺激にも敏感であり、しかも、その歯根が歯槽に深く植立し、歯冠に対する歯根の比率が大きく、また顎関節から離れた位置にあって、強い力を受けにくい、といった解剖的な利点もかね備えている。この他、犬歯の歯根膜には非常に多くの感覚受容体があり、これが固有受容性に働いて下顎の位置や運動を制御するといった意見もある。しかし、カスピッド・ライズを付与した症例では犬歯が負担過重になり失敗するものもみられ、その原因が追求された。犬歯が単独で水平的なストレスに抵抗するには、患者のチューイング・サイクルが垂直的(チョッピングタイプ)で下顎運動が上顎犬歯の口蓋面の形態に調和する場合にのみ良好な結果をもたらすということがわかった。そしてチューイング・サイクルが水平的(グラインディング・タイプ)な場合には、水平圧に耐えうるだけの強固な犬歯をもつ症例だけが適応症となる。
歯根膜には固有受容体が存在し、これが天然歯の固有制御機構として働き、下顎運動に影響を与えるとされてきた。犬歯の歯根膜にはとくに多くの固有受容体が存在し、側方圧や外傷を制御し、水平的な咀嚼運動を垂直的な咀嚼運動に変化させると考えられてきた。しかし近年になって、歯根膜には下顎の位置や運動を制御する感覚受容体はわずかしか存在せず、しかも固有受容体はまったく存在しないことが明らかになった。犬歯に他の歯よりも多くの固有受容体が存在するという見解も否定され、わずかな感覚受容体が犬歯の誘導に関与するということが示された。ここでいえることは、犬歯が圧受容体などの感覚受容体により保護されている間は、固有のチューイング・サイクルを保持できるが、その許容能力を越える場合は、犬歯と歯周組織は外傷を被りやすくなるということである。したがってカスピッド・ライズは、他の咬合様式を付与できない場合にのみ用いられるべきであると考えられている。以後、天然歯の理想咬合はミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンへと変遷することになる。
3)ミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョン
Stallardは、65~70歳という高齢にもかかわらず、ほとんど咬耗のみられない鋭利な咬頭をもつヒトが稀に発見され、そういう理想的な咬合をもつヒトの口腔を検査したところ、側方運動時に臼歯部歯列が接触することは皆無で、咀嚼は垂直方向への運動だけで営まれていることを知った。そして前歯は咬頭嵌合位では接触せず、ここに前歯が臼歯を保護し、臼歯が前歯を保護する関係があることをつきとめた。Stallardは、これをもとにしてミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンを提唱した。その後、数々の具体的な改良が加えられて、より精巧な咬合様式となり、オルガニック・オクルージョンと改名されたが、この名称は定着しなかった。
ミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンでは、中心位と咬頭嵌合位が一致し、ポイント・セントリックになっている。このとき臼歯は1歯対1歯、カスプ・フォッサの関係で嵌合するが、前歯は約25μm程度離開している。前方運動がはじまると上顎4切歯が下顎前歯の切端をガイドし、それより遠心に植立する歯は接触しない。側方運動時には、作業側の上顎犬歯の口蓋面が、下顎犬歯の遠心切端と第1小臼歯の頬側咬頭の近心斜面をガイドし、それ以外の歯を一切接触させない。このように、偏心運動中にすべての臼歯が離開するため、臼歯離開咬合disocclusionと呼ばれている。この咬合様式は、咬合障害の治療に最適であるが、咬合調整や少数歯の補綴によって簡単に与えられるような咬合ではないから、結局、フルマウス・リコンストラクションのための咬合といえよう。今日では、ミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンは天然歯の理想咬合として広く認識されている。
4)グループ・ファンクション
咬合理論が変遷していくかたわらで、まったく異なった見地から有歯顎の理想咬合としてグループ・ファンクションド・オクルージョンが提唱された。これはバランスド・オクルージョンからクロス・アーチ・バランスとクロス・トゥース・バランスを取り除いた咬合様式で、1963年Schuylerにより提唱され、Lauritzen、Ramfjord、Schweitzer、Shore、Pankey、Mannらによって支持された。クロス・アーチ・バランスとクロス・トゥース・バランスは、いずれも総義歯の安定のために有効であるが、有歯顎者に付与した場合は有害な水平的ストレスを発生し、咬合障害の原因となるおそれがある。そのためグループ・ファンクションド・オクルージョンは、総義歯の理想咬合(バランスド・オクルージョン)から有歯顎にとって有害なテコを取り除いたものと解釈することもできる。
この咬合の特徴は、側方運動時の水平圧を作業側の全歯に負担させる点である。D’Amicoはカスピッド・ライズを提唱するに際し、犬歯に加わる側方圧は自動的に弱められ外傷にはならないと主張した。Schuylerは犬歯1歯だけに全側方圧を負担させる考え方に疑問をもち、側方圧を作業側の全歯に負担させる咬合様式を提唱した。この咬合の他の特徴は、中心位と咬頭嵌合位の間にずれを許し、1.0~0.2mmの領域を与えることである。これはロング・セントリックと呼ばれている。この咬合様式を補綴物に与えるのは比較的簡単で単冠や数歯にわたる小補綴に適した咬合とされてきた。
Schuylerが提唱したグループ・ファンクションド・オクルージョンは、犬歯を含む作業側の全歯を接触させて咬合力を分散させることを意図したものでユニラテラル・バランスド・オクルージョンであった。グループ・ファンクションド・オクルージョンの定義がGPT-5から“側方運動時に作業側の(犬歯を含む)上下顎2歯以上が同時接触する関係にあり、それらの歯がグループとして咬合力を分散させる咬合様式”と変更されたのにともなって、呼称もグループ・ファンクションと変更された。作業側の全歯の代わりに最小限2本の歯が接触すればよいという考え方に変わったので、グループ・ファンクションは犬歯誘導とともにミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンの一要件になったといえよう。
【最近の知見】
上下顎前歯の接触面が上下顎歯接触滑走時の下顎運動に及ぼす作用を前歯誘導と呼び、便宜上、下顎三角の前方頂点である切歯点の運動軌跡、すなわち切歯路で代表させている。従来、顆路は個人に固有で不変のものとされ、一方、前歯誘導は歯科医の手で自由に変更できるという考え方が通念となっていた。そのため咬合の基準として顆路を用いるという考え方が固定観念となり、機械式パントグラフで顆路を測定し全調節性咬合器を調節し、咬合器の運動に合わせてワクシングすれば適正な咬合が付与され、臼歯離開が得られると信じられてきた。しかし実際にはその実行はきわめて困難であった。
D’Amico以来、下顎の偏心運動時に発生する水平圧は、臼歯に非生理的なストレスを加えるため有害視されてきた。これから臼歯を守るために発想された臼歯離開のコンセプトは歯科医学に定着し、GPT-5(1987)で“下顎の偏心運動時に対向する上下顎臼歯が(接触滑走せずに)離開すること”と定義されている。またそれを具現化するための咬合様式としてミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンが提示され、GPT-5から“咬頭嵌合位では歯が前歯の過度の接触を防止し、かつ下顎のすべての偏心運動時に前歯が臼歯を離開させる咬合様式”と定義されるようになった。
このように臼歯離開の必要性は認められ、臼歯離開咬合を得るうえでの前歯誘導の重要性は十分認識されていたが、それではどれだけ臼歯を離開させればよいか、前歯誘導をどのように付与すればよいか、についてはまったくといってよいほどわかっていなかった。
1)前歯誘導
顆路は偏心位における咬合の基準として注目されてきたが、臼歯離開との関連で前歯誘導が重要視されるようになると、下顎三角の後方頂点の運動経路である顆路と前方頂点の運動経路である切歯路との間にどのような関係があるのかという疑問が生じた。
最新の電子計測により平均的な作業側顆路はトランスバース・ホリゾンタルアキシス(水平基準軸)上を真横に向かい、矢状面内偏位を行なわないことがわかった。これは健康な顎関節にとってこのような方向に作業側顆頭が移動するのがもっとも自然であることを示唆している(保母 1982、Hobo 1984)。そこで作業側顆路がトランスバース・ホリゾンタルアキシス上を真横に向かうと仮定して、コンピュータ演算で算出した側方運動時の切歯点の仮想路をニュートラル・ラインと名づけた。このニュートラル・ラインから患者の側方切歯路が偏位しているときは作業側顆路の矢状面内偏位を生じる。すなわち、側方切歯路がニュートラル・ラインより上方に位置しているときは、作業側顆路は上方に偏位し、下方に位置しているときは作業側顆路も下方に偏位する。前後方向にも同様の傾向があることが認められた。このように、作業側顆路の偏位方向は側方切歯路のニュートラル・ラインからの偏位方向と強い相関を有している。両者間の相関係数は上下方向および前後方向でそれぞれ0.99および0.97、有意水準はp<0.001であった(Hobo、Takayama 1989)。
上記の事実は顆頭が軟組織によって支持されているため顆路に多少のぶれがあり、かつそのぶれがアンテリア・ガイダンスで代表される歯のガイドの影響を受けることを示唆していると考えられる。これを裏づけるには、実際に生体上で前歯誘導を変化させたとき、作業側顆路がそれによって制御されることを確認する必要があると考えられた。そこで電子的下顎運動計測装置を用い、作業側顆路が1mm以上矢状面内で偏位する被験者を選び、作業側顆路を人為的に制御する実験を行なった。作業側の顆頭球がトランスバース・ホリゾンタルアキシス上を運動するアルコン型半調節性咬合器の顆路と調節性の金属製切歯指導板を患者の計測値を用いて調節した。そして切歯点がニュートラル・ラインに沿って運動するという前提の下に切歯指導板の調節値を換算した。その換算には下顎運動理論式(高山 1987、Takayama、Hobo 1989)に基づくコンピュータ演算式を用いた。その値に切歯指導板を調節したあと、咬合器上にマウントされている歯列模型上でレジン製ガイドテーブルを製作した。そのガイドテーブルを患者の口腔内に装着して計測を行なったところ、作業側顆路の矢状面内偏位が平均約4分の1に減少することが確認された(保母、高山 1997)。さらに特記すべきことは、被験者1名の片側の水平側方顆路でイミディエイト・サイドシフトが消滅していることが観察された点である。ちなみにその患者の反対側の作業側顆路ではラテロトゥルージョン(ベネット運動)が消滅した。
従来、歯科医学では顆路は患者に固有のものとされてきたが、上記の結果は顆路が制御可能であることを示している。また側方切歯路を修正することによりイミディエイト・サイドシフトが瞬時に消滅し、かつ作業側顆路が消滅したという事実は、作業側だけでなく非作業側の顆路も切歯路の影響を受けることを物語っている。補綴学では、補綴物を製作するときは患者の顆路に調和させるように配慮すべきだとされてきたが、これらの新事実からこの考え方が誤っていることがわかった。
切歯路は患者がもち合わせている咬合により決まるものである。さらにその切歯路の影響を顆路が受けるということは、顆路が患者の咬合の影響を受けるということに他ならない。したがって上記の事実は、もし患者の咬合が不良な場合は顆路もその影響を受けて不良になる可能性を示している。そのような顆路を計測して咬合器上に精密に再現し、それを基準にして補綴物を製作したとしよう。不良な顆路の影響を受けて補綴物の咬合は再び不良なものとなるはずである。以上により患者の顆路の計測値をそのまま咬合の基準とする考え方に重大な疑問が生じてきた。
補綴作業において良好な咬合の補綴物を製作するために咬合器は不可欠であるが、咬合器の顆路は患者の顆路をそのままコピーしたものであってはならない。悪循環を断ち切るという意味で1度患者の顆路をキャンセルし、良好な咬合を得るために必要な顆路を咬合器上に設定し補綴物を製作すべきである。このような補綴物を口腔内に装着すれば、それに制御されて患者の顆路は良好なものになるはずである。このような経緯を経て前歯誘導の重要性は疑いないものとなった。
2)臼歯離開量
臼歯離開を得るにあたって、口腔内でも咬合器上でも、咬頭干渉が認められたらその部位を削除すればよいとするのが一般的な傾向のようである。いい変えると、上下顎歯の咬頭は偏心運動時に衝突さえしなければよいということになる。しかし上下顎歯をぎりぎりの状態で接触滑走させるのは、航空機にたとえるとニア・ミスの状態に相当し、十分な間隔(臼歯離開量)をとらないと危険ではないかと考えられる。このような観点から天然歯における臼歯離開量の標準値を確定する必要性が浮き彫りになった。
臼歯離開量が天然歯列においてどのくらいの値になっているか記述した文献はほとんどない。Shooshan(1960)とScott(1964)はそれぞれ側方運動時の非作業側臼歯間に少なくとも0.5mm以上の離開が必要であると述べ、またThomas(1967)は側方運動時に上下顎犬歯が尖頭対尖頭の関係をとるとき、上下顎咬頭頂は1mm離開しなければならないと教えているが、臼歯離開量の具体的な数値はまったくわかっていなかった。最近になって臼歯離開量を計測する研究があいついで行なわれた。
保母、高山(1985)はシリコーン印象材を用い、直接口腔内で第1大臼歯部における臼歯離開量を予備的に計測した。咬合器上で顆頭球が2mm移動したときの前歯の位置関係をマークしたシリコーンバイトをガイドとして患者に偏心運動を行なわせ、そのときの左右臼歯部の印象を採得したシリコーンコアを裁断し、その厚みを目盛りつき拡大鏡で測定した。前方運動時と側方運動時の非作業側および作業側の臼歯離開量はそれぞれ全臼歯平均で1.06mm、1.00mm、0.47mmであった。ちなみに西尾ら(1986)のデータもこれに近似した値を示している。
次にリーフ・ゲージを用い咬合器上にマウントした歯列模型上で臼歯離開量の計測を行なった。顆頭球を3mm移動させたとき各偏心位の上下顎臼歯間に1枚の厚さが0.1mmのリーフ・ゲージを挿入し、リーフ・ゲージをを引き抜けなくなったときの枚数により臼歯離開量を計測した。前方運動時と側方運動時の非作業側および作業側の臼歯離開量はそれぞれ平均1.06mm、1.10mm、0.41mmであった(原元ら 1993、星野ら 1993、保母、高山 1993)。これらの計測結果から臼歯離開量の標準値を、前方運動で約1.0mm、側方運動の非作業側で約1.0mm、作業側では約0.5mmと設定した(保母、高山 1995)。後者は前2者のほぼ2分の1になる。
3)咬合要因間の影響度比較
従来、偏心位における咬合要因として顆路が最重要視され、2番目の要因として切歯路の重要性が指摘されていたが、それらの影響度についてはほとんど検討がなされていなかった。臼歯離開発現のメカニズムを運動学的に解析した結果、臼歯離開量に影響する咬合要因は顆路と切歯路に咬頭傾斜を加えた3者であることが明らかになった(保母、高山 1995)。それらの影響度を比較するため、下顎運動の理論式(高山 1987、Takayama、Hobo 1989、高山 1993、93、94、95)に基づいたコンピュータ演算を行なった。偏心運動時に顆頭が3mm移動したときの下顎大臼歯の咬頭の位置を算出し、それぞれの咬合要因の角度を1度増減することにより何mm臼歯離開量が変化するかを求め比較した(保母、高山 1995)。
その結果顆路と切歯路と咬頭傾斜角の第2大臼歯における臼歯離開量への影響率は、前方運動において1:2:2、側方運動の非作業側において1:3:3、作業側において1:4:4になることがわかった。顆路の影響率が、切歯路や咬頭傾斜角の3分の1しかないということは、従来信じられてきたように顆路と切歯路によって臼歯離開が発生するという考えが誤りであることを意味し、残る要因である咬頭傾斜角の影響を無視できないことが明らかになった。
4)咬合の基準の決定
従来咬合の基準とされてきた顆路の臼歯離開量への影響率がもっとも小さいことがわかったので補綴を行なうときの咬合の基準として何を選んだらよいか、その選択を迫られることになった。その判定根拠とするため、3要因間で信頼度を比較した。
顆路をくり返し測定したときのぶれ(Olivaら 1986)や、全運動軸の幅(河野 1968、鈴木 1987、西 1986)など顆路にぶれがあるということを示唆する計測結果が報告されているが、いずれも顆路のぶれの計測を積極的な目的としたものではなかった。6自由度の電子的下顎運動計測装置を用いて顆路の往路と帰路を比較計測した結果によると、顆路の往路と帰路は相違し、両者間の幅は咬頭嵌合位から2mm離れた点で、前方運動時に平均0.44mm、側方運動時に平均0.79mmであった。矢状顆路傾斜度で比較すると、両者の差は前方運動時に平均11.7度、側方運動時に平均23.0度往路よりも帰路のほうが傾斜が緩やかになる(保母、高山 1995)。このぶれの値の平均値(40度)に対する割合は平均して約45%である。
電子計測データ(中野 1976、西ら 1992)によると、切歯路の傾斜度には個人間のバラツキがあり、正常咬合者の切歯路傾斜度の標準偏差値は前方切歯路においても側方切歯路においても、ともに約10度であることがわかった。このバラツキの値の平均値(30度)に対する割合は約33%である。
臼歯の動揺度は約70μm(Ruddら 1964)であるため咬頭路には顆路にみられるようなぶれはない。問題となるのは個体間のバラツキであるが、金沢ら(関川ら 1983、Kanazawaら 1984)が小学生の診断模型につき計測したデータによると、咬合面上の咬頭頂‐窩間の距離および高さのバラツキの平均値に対する比率はそれぞれ10.9%および10.2%で両者を平均すると約10%になる。
以上から顆路のぶれ、切歯路のバラツキ、咬頭形態のバラツキ、の平均値に対する比率は、それぞれ約45%、約33%、約10%となることがわかった。咬頭頂‐窩間の距離や高さのような咬頭形態関連データは顆路や切歯路のデータに比べ平均約4倍の信頼度を有している。咬頭傾斜角も咬頭形態関連データのひとつなので同程度の信頼性を有していると考えてよい。
上述した臼歯離開に関する一連の分析により、咬頭傾斜角には顆路におけるようなぶれも切歯路におけるようなバラツキも少なく、他の2要因に比べ約4倍の信頼度があることがわかったので、補綴臨床において咬合の基準とすべきなのは、顆路や切歯路ではなく、永久歯萌出後間もない臼歯の咬頭傾斜角の標準値である、と結論した。
ちなみにコンピュータにより算出された咬頭傾斜角の標準値は、矢状前方有効咬頭傾斜角25度、前頭側方有効咬頭傾斜角(作業側)15度、前頭側方有効咬頭傾斜角(非作業側)20度である。これらの基準値を咬合の基準とし、顆路を測定することなしに、偏心運動時の臼歯離開咬合を0.1mm以内の精度で実現する新補綴臨床術式ツインステージ法が開発されている(保母、高山 1995)。
従来パントグラフと全調節性咬合器を用い可及的に咬合再現の精度を高めたつもりでも、咬合器上で歯冠補綴物を製作したあと、これを口腔内に移した場合、完全に機能しないというのが通念であった。しかしツインステージ法を用いた場合の咬合器上と口腔内を比較した評価ではきわめて良好な結果が得られている。これは咬合の基準として顆路を捨て新たに咬頭傾斜角を採用したことに由来する。以上からも明らかなように偏心位の理論はコンピュータ・エイジを迎え大きく変遷しようとしている。
⇒臼歯離開、ツインステージ法