咬合湾曲
- 【読み】
- こうごうわんきょく
- 【英語】
- Occlusal curve
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 天然歯列の咬合面にみられる湾曲。総義歯に付与する調節湾曲と区別され、歯の湾曲tooth curveと呼ばれることがある。天然の上下顎臼歯が、下方に向かって凸の湾曲に沿って植立しているため、このような湾曲が出現する。咬合湾曲には前後的咬合湾曲と側方咬合湾曲とがあり、前後的咬合湾曲は、天然歯列を矢状面に投影したときに観察される。発見者の名をとってスピーの湾曲と呼ばれている。この湾曲は前方運動時の有効咬頭傾斜角によって形成されるもので、調和のとれた咬合を得るために重要である。側方咬合湾曲は、天然歯列を前頭面に投影したときに観察され、ウィルソンの湾曲とも呼ばれる。上顎の臼歯が頬側に傾斜し、また下顎の臼歯が舌側に傾斜しているため、上顎の舌側咬頭が頬側咬頭よりも高くなり、下顎の舌側咬頭が頬側咬頭よりも低くなる。その結果、咬合平面が下方に凸のカーブを描き、側方咬合湾曲が生ずる。咬耗の進行した老人の症例では第2小臼歯、第1大臼歯付近の機能咬頭が咬耗して側方的咬合湾曲が上に向かって凸彎することがあり、リバース・カーブまたは逆湾曲と呼ばれている。
水平基準面にアキシス平面を用い、日本人の成人25名のスピーの湾曲を計測したところ、平均的なスピーの湾曲は切歯点から第2小臼歯までは犬歯がわずかに(平均0.4mm)上突している以外はほとんど水平基準面と一致し、第1大臼歯の近心頬側咬頭からやや上方に立ちあがりはじめて、第1大臼歯の遠心頬側咬頭から第2大臼歯の遠心頬側咬頭にかけて、急な立ちあがりをみせることがわかった(五島ら 1993)。この平均的なスピーの湾曲に近似する円弧の半径を求めたところ、切歯点から第2小臼歯までと第2大臼歯までには半径180mmの円弧がよく適合するが、第1大臼歯ではわずかに上方にずれ、また切歯点から第1大臼歯付近までには半径220mmの円弧がよく適合するが第2大臼歯付近ではわずかに下方へずれることがわかった。いずれの場合にも円弧の中心は切歯点のほぼ真上に位置した。ちなみに、アキシス平面とはトランスバース・ホリゾンタルアキシスと上顎右中切歯切端から眼窩下縁中点に向かい43mmの点を含む水平面をいう。
日本人のウィルソンの湾曲については矢崎(1929)が詳細な調査を行なっているが、統計手法を用いた最近のデータはみあたらない。
無歯顎患者に咬合面の平らな咬合堤を装着させて偏心運動を行なわせたときに、上下顎の咬合堤の臼歯部に三角形の隙間が現われる現象をクリステンゼン現象という。クリステンゼン現象が発生すると、総義歯の安定が損なわれるため、これを防止する処置として調節湾曲が必要となる。前方運動時に現われる矢状クリステンゼン現象はスピーの湾曲を与えることにより防止され、側方運動時に現われる側方クリステンゼン現象はウィルソンの湾曲を与えることにより防止される。このように調節湾曲を付与することにより総義歯は安定する。
咬合湾曲によりクリステンゼン現象が防止されるメカニズムは下顎運動理論式により解析され定量的な裏づけも得られている(高山 1987)。これは前方運動時に下顎咬合堤が接触したまま水平に前突し、側方運動時には作業側の下顎咬合堤が接触したまま水平に頬側に移動することを前提とした解析であった。有歯顎では前歯被蓋があるため、前方運動時に切歯点は前下方に移動し、側方運動時に切歯点は作業側の前下側方に移動するため上記の前提はなり立たない。しかし有歯顎にもスピーの湾曲とウィルソンの湾曲が存在するのでそれには別の生体力学的根拠があるものと考えられるが、その実体はよくわかっていない。