咬頭嵌合位
- 【読み】
- こうとうかんごうい
- 【英語】
- Maximum intercuspation、Intercuspal position
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 相対する咬頭と斜面が最大面積で接触し、咬頭が密接に嵌合し安定した上下顎歯列の3次元的位置関係、習慣性咬合位と同義に用いられる。GPT-6では、顆頭位とはかかわりなく対合歯が完全に嵌合した状態と定義されている。従来intercuspal position、intercuspal occlusionなどと呼ばれてきたが、GPT-6でmaximum intercuspationに呼称統一された。この用語は直訳すると最大咬頭嵌合となるが、和訳では混乱を避ける趣旨で従来どおり咬頭嵌合位を用いることにした。
咬頭嵌合位は健全歯列者ではよく安定しており再現性も高い。咀嚼運動の終末がこの咬合位に帰着することは、Glickman(1969)のテレメータを使った実験で確認されている。一方咬頭嵌合位は上下顎の歯列によって決定されるため、不正咬合による歯や歯列の位置異常、咬耗、動揺、欠損の有無など、さまざまな条件により左右される。咬頭嵌合位の偏位は顎関節の病的・器質的な変化や咀嚼の終末位の垂直的・水平的なずれを招く可能性を秘めている。
ナソロジーでは旧定義の中心位(最後退位)と咬頭嵌合位が一致した状態をポイント・セントリックと呼び重視したが、中心位が最後退位から前上方位へ改められてからはこのことはあまり強調されなくなったように思われる。Posselt(1952)は、最後退位retruded contact positionと咬頭嵌合位との間の位置的な差を調べ、両者が一致していたのは成人の12%だけで、残りの88%には1.25±1.0mmのずれが認められたと報告した。Schuylerは安静位から咬頭嵌合位に至る習慣的な閉口路は、ターミナル・ヒンジアキシスを中心とした開閉運動路の約1mm前方に存在すると述べ、習慣的に使われる下顎位は中心位の1mm前方に設定すべきだとして、ロング・セントリックを提唱した(Schuyler 1959)。
Ramfjord、Ashは神経生理的な立場から咬合の研究を行ない、機械的な観点のみによって下顎の位置を取りあつかうのは間違いで、神経筋機構の順応性neuromuscular adaptationを考える必要があると強調した。Ramfjordの主張は患者にスプリントを装着して調べたところ、中心位より0.5mm前方の位置で最大咬合力が発揮されたという実験結果に基づいている。こうして最後退位と咬頭嵌合位との間には0.5~0.8mm前後の自由域を与えることが必要であると考えられるようになり、ロング・セントリックの理論につけ加えられた(Ramfjord、Ash 1971)。
その後、歯のセントリックもひとつのまとまった見解を打ち出す方向へ変遷をとげた。
Dawson(1974)は、強く噛みしめたときと弱く噛んだときの下顎位の差を調べ、両下顎位間に前後に0.2mmの差が認められたと報告している。そして強く噛みしめたときと弱く噛んだときで患者の下顎位が前後に移動するわけだから、それと同じ量の自由域を顆頭部にも与える必要があると述べ、フリーダム・イン・セントリックの理論を提唱した。さらにDawson(1989)は側方運動時のイミディエイト・サイドシフトを考えた場合、セントリックの側方にも自由域を拡大する必要があるとし、これはワイド・セントリックという名称で知られている。1982年にRamfjordは中心位と咬頭嵌合位との間には歯の位置で0.3~0.5mm、顆頭部で0.2mmの自由域を与えることをすすめ、上述のDawsonの報告とともに0.2mmという数値が重要な意味をもつようになった。
1950年代の初頭から最近にかけて議論されてきたロング・セントリックの量は、Posseltの1.25mmからSchuylerの1.0mm、さらにRamfjordの0.8mm~0.5mmと徐々に大きさを縮め、ついには0.2mm程度までに縮小した。この数値はCelenzaがフルマウス・リコンストラクション症例において、最後退位と咬頭嵌合位の間に術後生じた前後長の計測値(0.02~0.36mm)とよく一致する。こうしてロング・セントリックはその量を減じ、反面、ポイント・セントリックはわずかに緩みを加え、両者は非常に近いところで合意点を見い出した。
咬頭嵌合位における上下顎歯の接触点数についてPlasmansら(1988)は、一般の教科書に記載されているよりはるかに少ないと述べている。Korioth(1990)は、咬頭嵌合位における接触点数は左右両側において平均7点にすぎず、接触点の分布は第1大臼歯と第2大臼歯に偏り、犬歯にあることは稀であったと述べている。安田ら(1993)が厚さ0.1mmのリーフ・ゲージを用い咬頭嵌合位における咬合面間距離を計測したところ、その平均値は第1大臼歯がもっとも大きく平均0.08mm(80μm)で、第2大臼歯と小臼歯部はそれぞれ平均0.04mm(40μm)であった。一方金山ら(1994)がリーフ・ゲージの代わりに厚さ12.5μmのレジストレーション・ストリップスを用いて同様の計測を行ない、咬頭嵌合位における咬合面間距離は小臼歯部と第1大臼歯において平均0.12~0.13mm(120~130μm)で、第2大臼歯は0.05mm(50μm)であったと報告している。上述のように、咬頭嵌合位における歯列上の接触点数は通念より少なく、咬合面間距離は平均50~100μmで、平均すると上下顎臼歯咬頭間にヒトの髪の毛1~2本分の隙間が存在することになる。
下顎が咬頭嵌合位をとるときの顆頭位を顆頭安定位という。石原、大石(1967)によって名づけられ、顆頭が下顎窩のなかで緊張することなく安定する位置と定義されている。病理解剖により摘出した新鮮な顎関節を保持し下顎骨を手指で軽く上方に押してゆくと、顆頭は下顎窩のなかで無理なく安定した位置におさまり、この位置が上下顎歯列の咬頭嵌合位と一致した(大石 1967)。この位置は前後的に0.3mm、上下的に0.1mm程度の自由度があるが、咬頭嵌合位が不明確な症例や無歯顎者ではその幅が大きい(川畑 1971)。これ以前には咬頭嵌合位における顆頭の位置を適切に表現できなかったが、顆頭安定位という用語により歯の接触位と顆頭位とが結びつけられるようになった。
中心咬合位centric occlusionは従来咬頭嵌合位と混同されてきたが、GPT-6では、下顎が中心位にあるときの対向する歯の咬合で、咬頭嵌合位と一致することも一致しないこともある、と定義され咬頭嵌合位と区別されている。中心位に発現する咬合接触によって咬頭嵌合位がずれるような状態を中心位の早期接触と呼び、咀嚼筋や顎関節の病変を招くおそれがあるとされている。