垂直顎間距離
- 【読み】
- すいちょくがくかんきょり
- 【英語】
- Vertical dimension
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 上下顎間の垂直的な高さ、上下顎に決められた2点間の距離として示される。咬合高径ともいう。GPT-6では、上顎(基準座標系)上に1つ、下顎(運動座標系)上に1つ設定した2つの特定点間の距離、と定義されている。一般には鼻下点とオトガイ点との間の垂直的距離で表され、咬合高径ともいう。GPT-6では、安静時(安静位)の垂直顎間距離と咬合接触時(咬頭嵌合位)の垂直顎間距離を区分し、前者をrest vertical dimension(安静垂直顎間距離)、後者をocclusal vertical dimension(咬合垂直顎間距離)と呼ぶようになった。安静垂直顎間距離と咬合垂直顎間距離の差を安静空隙量interocclusal rest spaceと呼ぶ。この用語は、従来フリーウェイ・スペースfreeway spaceとも呼ばれていたがGPT-6で不適用語となった。
有歯顎者、無歯顎者を問わず、広範囲の歯冠修復や義歯の咬合採得時に計測され、補綴物の咬合の高さの目安にされる。垂直顎間距離を増加しすぎると、閉口筋は常時わずかな緊張状態におかれるため、筋の疲労を起こす。また会話中の歯のぶつかり、異和感、咀嚼筋の疼痛などを訴えることがある。垂直顎間距離を減少しすぎると、嚥下時の上下顎歯の接触が困難になるため、異常な嚥下習癖を生じる。そのような低位咬合者では下顎が前突する傾向がみられ、顆頭の位置も変化する。
垂直顎間距離の急激な変化は咀嚼系に不調和を生じさせるので、これを変更するときは十分な経過観察が必要である。
【有歯顎】
有歯顎では垂直顎間距離は比較的安定しており、計測は容易であるが、フルマウス・リコンストラクションのように広範囲な歯冠修復を行なう場合は、術前に垂直顎間距離の記録が必要である。上下顎の前歯部付着歯肉に2つ点状に入れ墨をし、2点間の垂直的な距離を計測し、支台歯形成後これを目安に垂直顎間距離を復元する。もし、術前の垂直顎間距離が信頼できない場合、適切と思われる咬合高径を付与したプロビジョナル・レストレイションを仮着し、経過を観察しながら最終補綴物に与える垂直顎間距離を決定するのも1つの方法である。
垂直顎間距離にはある程度の幅があり、咬頭嵌合位のように硬組織によって決定される幅の狭い位置とは本質的に異なっている。したがって、精密な垂直顎間距離の決定は困難である反面、多少の誤差があっても患者が慣れるという利点がある。しかし急激に大量に垂直顎間距離を増加すると、顆頭の前方偏位を招き、中心位と咬頭嵌合位のずれを生じる原因となる。そのためナソロジーではフルマウス・リコンストラクションに際して、現在、患者がもっている垂直顎間距離をできるだけ変えないようにし、もし変える必要のあるときは、その固有の距離をわずかに減じ、顆頭の位置を後退させるようすすめている。
咬合器上で垂直顎間距離を変更するときは、ターミナル・ヒンジアキシスを実測する必要がある。咬合器の開閉軸と上顎模型との位置関係が、患者と異なっている状態で、咬合器上の垂直顎間距離を変更すると、開閉運動の経路が変わり、補綴物を正しく咬合させられなくなる。同様の理由で、開口位で採得したセントリック・バイトを使って咬合器に下顎模型を取りつける場合にも、ターミナル・ヒンジアキシスの実測が必要である。
【無歯顎】
無歯顎者の垂直顎間距離は、鼻下点とオトガイ点を結ぶ距離から安静空隙量を減じた距離を目安として決定する。安静空隙を含めた垂直顎間距離は安静垂直顎間距離である。安静位では、下顎は咀嚼筋を緊張させない位置に保たれ、上下顎歯列間に安静空隙が現われる。Posselt(1962)によれば安静空隙量は2~5mmの間にあり、角田(1951)によれば平均1.4mmで比較的安定している。
安静空隙を利用して垂直顎間距離を決定する方法は次の通りである。患者の鼻下点とオトガイ点にマークを記したあと、患者に安静位をとらせ、このとき2点間の垂直距離(鼻にオトガイ点間距離)をノギスで計測する。計測された数値から安静空隙量を差し引けば、求める垂直顎間距離が得られる。垂直顎間距離が減少すると安静空隙は大きくなり、逆に垂直顎間距離が増大すると安静空隙は小さくなる。無歯顎者では計測の基準となる歯が存在しないため、筋により決められる垂直顎間距離は情緒や感情などの影響を受けやすく、計測は困難なことが多い。
【MKGとEMGを用いる計測方法】
垂直顎間距離の測定方法には、目測法、X線セファログラムによる方法、バイメーター法などがあるが、いずれの方法も単独で精密に適正な垂直顎間距離を決定することはできない。最近、マンディブラ・キネジオグラフ(MKG)と筋電計(EMG)を用いる方法が使われ効果を得ているので、以下1例としてK-6ダイアグノスティック・システムとEM-II(いずれもマイオトロニクス社製、(株)モリタ市販)を用いて安静空隙量を求める方法を説明する。K-6システムは咀嚼機能時の下顎切歯点部の運動を把握し、咬合の診断と補綴治療に導入することを目的として開発された非接触型下顎運動解析用コンピュータ・システムである。従来のマンディブラ・キネジオグラフ(MKG)にアップルIIコンピュータを連動させ、咬合の機能診断とデータのインプット、アウトプット、メモリーなどの高速データ処理を可能にしたものである。またEM-・は8種類までの筋の活動を臨床的にモニタできるように設計された4チャンネル歯科用筋電計(EMG)で、マイクロコンピュータにより種々の下顎位における筋の放電量を分析することができる。EM-IIのデータをK-6のコンピュータで処理することにより、下顎運動の総合診断資料が得られる(Jankelsonら 1974、1975、Flocken 1984)。
垂直顎間距離を計測するには、まず安静位における下顎の安定度と筋の活動状態をチェックする必要がある。安静位は呼吸や精神状態を安静にして直立または正しい姿勢で腰かけて、前方を直視したときの頭蓋に対する位置関係である。安静位では上下顎の歯は接触せず、筋はリラックスしている。そして顎関節部には力がかかっていない。計測中、患者はデンタルチェアの背を起こして背すじを伸ばした状態で座らせ楽にさせる。このとき、話をしたり口を動かさないよう注意する。
患者の下顎が安静位に保たれたら、EM-IIを用いて各筋群の放電量を調べる。側頭筋の前縁(Ta)は1.5~2.5Mic V/div、咬筋浅部(Mm)は1.0~2.0Mic V/div、側頭筋の後縁(Tp)は1.5~2.5Mic V/div、そして顎二腹筋(Da)は1.5~2.5Mic V/divの範囲を越えてはいけない。EM-IIから出力された測定値が正常値以下であれば、K-6により安静空隙量を測定する操作に移ってよい。測定値が高い場合は患者をさらにリラックスさせる。もし、どうしても値が下がらない場合は筋の治療を行ない、あらためて計測するとよい。
K-6による安静空隙量の計測は、患者をリラックスさせて安静位の垂直顎間距離を記録したのち、患者に数回タッピングさせて咬頭嵌合位を記録し安静空隙量を測定する。その正常範囲は1.0~1.2mmである(三谷ら 1979)。安静空隙量が正常値よりも少ないときは、咬頭嵌合位における垂直顎間距離が大きすぎることを意味している。この場合は咬合堤を1度口腔外に撤去し、ワックスブロックの高さを減じなければならない。逆に大きいときは、垂直顎間距離が小さすぎることを意味しているので、前歯部にリーフ・ゲージを介在させ、その枚数をコントロールしながら正常な安静空隙量を確保する。リーフ・ゲージは短冊形に切った薄いプラスチック・シートを20枚ほどを鳩目でとめたもので、前歯部に介在させる枚数により開口量を変化させることができる。安静空隙量が正常値に達したらセントリック・バイトを採得する。