水平基準軸
- 【読み】
- すいへいきじゅんじく
- 【英語】
- Horizontal axis of the mandible
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 下顎が中心位にあるときの左右の顆頭中心または顆頭点を結ぶ水平軸。下顎運動の計測または解析において上顎固定の基準座標系における左右方向を規定する基準座標軸で、中心位における顆頭間軸と同義である。GPT-6ではこれをトランスバース・ホリゾンタルアキシスと呼んでいる。中心位が最後退位と定義されていたときの水平基準軸は、ターミナル・ヒンジアキシスと呼ばれていた。この軸が左右の皮膚面を通過する点は後方基準点と呼ばれ、上顎模型を咬合器にトランスファするときに利用される。中心位の定義がRUMポジション(最後退位)から前上方位に変わったため、水平基準軸はトランスバース・ホリゾンタルアキシスとなった。
トランスバース・ホリゾンタルアキシスは、GPT-6で、“矢状面内でその回りに下顎が回転する仮想軸”と定義されている。この定義では、トランスバース・ホリゾンタルアキシスが下顎とともに運動する下顎固定の軸とまぎらわしく表現されており、顆頭間軸と混同されるおそれがあるが、同じGPT-6の中心位centric relationの定義のなかに、“この位置(前上方位)は下顎がトランスバース・ホリゾンタルアキシスの回りに、純粋な回転運動を行なう範囲にとどまっている位置である”という記述があるので、トランスバース・ホリゾンタルアキシスは、顆頭間軸の運動範囲の後上方端に位置し、かつ上顎基準座標系に固定された軸であると解するべきであろう。
全運動軸は下顎の全矢状面内運動に対応して求められた運動学的な顆頭間軸で、河野(1968)により発見された。これは人為的な力を加えなくても生体上で移動しながら機能する回転軸が顆頭上に存在することを実証したものであるが、定義どおりに全運動軸を求めて水平基準軸を定めるには、下顎に矢状面内運動を行なわせ顆頭上の各点の運動軌跡を求め、その運動軌跡がループを描かず1本のラインになったときのラインの最後端を探す必要があり、操作が複雑なため研究の場は別にして日常臨床用には適さない面がある。
McCollumは下顎を最後方に強くおしつけた最後退位で開閉運動を行なわせると、10~12度(切歯部における開口量にして20~24mm)の範囲で下顎が純粋な回転運動を行なうとし、そのときの回転軸をターミナル・ヒンジアキシスと名づけた。これに対しトランスバース・ホリゾンタルアキシスは顆頭を前上方位に位置させたときに現われる軸である。トランスバース・ホリゾンタルアキシスが純粋な蝶番回転運動を行なう範囲について報告した文献はみあたらないが、回転角にして4~5度(切歯部における開口量にして8~10mm)程度とみこまれる。前上方位でトランスバース・ホリゾンタルアキシスを臨床的に採得する方法はまだ確立されていない。したがって現時点では上顎模型を咬合器に取りつけるために実測法を用いてフェイスボウ・トランスファを行なう際、後方基準点はターミナル・ヒンジアキシスを用いるしかない。そのための顆頭位として最後退位は、今日でも臨床的意義を失っていないことになる。
トランスバース・ホリゾンタルアキシスの位置誤差が、セントリックの再現に無視できない影響を及ぼすことはよく知られている。後方基準点に平均値を用いたときに実測値との間に生じる位置誤差は最大±5mm前後とされている。トランスバース・ホリゾンタルアキシスに±5mmの位置誤差があるとき、厚さ3mmのセントリック・バイトを用いて下顎模型をマウントし、その位置から咬合器を閉じると咬合位に最大400μmの無視できないずれを生じる(保母、高山 1995)。したがって開口位でバイトを採得する場合は、フェイスボウ・トランスファにおける後方基準点は平均値ではなく、実測値を用いなければならない。
後方基準点を実測するときは、顆頭を関節窩の最後退位におしこみ接面回転を生じさせる必要がある。そのためオトガイ誘導法を用いることになり、これによって求められる水平基準軸はターミナル・ヒンジアキシスであり、トランスバース・ホリゾンタルアキシスではない。一方、セントリック・バイトの採得は、アンテリア・ジグやリーフ・ゲージを用いた前上方位で行なわれ、このときの水平基準軸はトランスバース・ホリゾンタルアキシスとなる。その結果、ターミナル・ヒンジアキシスでマウントした上顎模型に対してトランスバース・ホリゾンタルアキシスを用いて採得したセントリック・バイトで下顎模型をマウントするかたちになり、2つの水平基準軸を混用する結果となる。両者の差が誤差となって咬合位のずれを生じることが考えられるが、2つの水平基準軸を生じる顆頭の位置の差は平均0.25~0.30mmであり(保母、岩田 1984、Hobo、Iwata 1985)、この大きさの計測誤差による影響は3mmの開口位でセントリック・バイトを採得したとして中心位で最大24μm、偏心運動時における咬頭路では6μm前後にすぎない(保母、高山 1995)。したがって、セントリック・バイトを採得するときに2つの水平基準軸を用いることによる咬合位のずれは無視できる。