水平基準面
- 【読み】
- すいへいきじゅんめん
- 【英語】
- Horizontal plane of reference
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 前方基準点と左右の後方基準点を含む平面。3つの基準点を含む唯一の基準面である。下顎運動や下顎位を計測する際に基準とされる。GPT-6では、患者の顔面の前方基準点と2つの後方基準点によって定まる水平面で、これを基準として咬合や下顎運動の後方決定要素の計測が行なわれる、と定義されている。フェイスボウ・トランスファまたは下顎運動計測においては、左右の後方基準点と前方基準点を含む平面を水平基準面、水平基準面に平行な平面を水平面、左右の後方基準点を結ぶ軸と直交しかつその軸の中点を通る平面を正中面、正中面に平行な平面を矢状面、水平基準面と矢状面に直交する平面を前頭面と定義している。このように水平基準面が定まると、それにともない正中面、矢状面、前頭面が定義できるので、水平基準面は下顎の位置および運動の計測や解析に際し、もっとも重要な平面である。ちなみに上記のように定義された正中面は、顔の発育が左右非対称の場合、解剖的に定義された正中面と一致しない。
水平基準面は、フェイスボウによって生体から咬合器へトランスファされ、上顎模型を取りつける基準として利用されたり、矢状顆路傾斜度や矢状切歯路傾斜度をこの面を基準として計測する。水平基準面が異なるとこれらの計測値が異なってくるので、異なる水平基準面で計測した値を比較するときには水平基準面の傾きの相違を補正しなければならない。水平基準面は前方基準点の与え方により変化するため、咬合器の上下顎フレームの中間の位置に咬合平面が位置するように、器種ごとに用いるべき前方基準点が指示されている。歯科医学で用いられる水平基準面には次のようなものがある。
【補綴学的水平基準面(カンペル平面)】
補綴学でよく用いられる水平基準面はカンペル平面で2種類ある。当初Camperによって定義されたのは右または左の鼻翼下点と両側の外耳道上縁を結ぶ仮想平面で、この平面は咬合平面に対してほぼ平行になるという通念があった。Kazanoglu(1992)は、総義歯患者の咬合平面をカンペル平面に一致させるためのツールの開発を目的とした論文のなかで以下のように述べている。“Camper(1794、1807)は、解剖学者、医学者、外科医で、鼻の下部と耳の孔を結んだカンペル線と呼ばれる水平線の記述により歯科界に知られている。彼の図には鼻翼下点と外耳道の中心を結ぶ基線が示されている”。彼によるとCamperの定めたカンペル平面の後方基準点は外耳道の中心ということになる。
Gysiは後方基準点を外耳道下縁としたほうがより咬合平面に平行になるとして、左右の鼻翼下点と外耳道下縁とを結ぶ線(鼻聴道線ともいう)を含む仮想平面をカンペル平面と定義し直した。無歯顎者の補綴を行なうときはこの平面を基準とするのが一般的で、補綴学的平面とも呼ばれているが、咬合平面と区別する意味では、補綴学的水平基準面と呼ぶほうがよいと考える。なおGPT-6(1994)では、カンペル平面を“右または左の鼻翼下点と左右耳珠上縁(外耳道上縁とした場合と結果はほとんど同じ)を含む平面”と定義している。Gysiのカンペル平面はフランクフルト平面に対し約8~15度前傾している。
補綴学において水平基準面を定義するにあたり咬合平面を意識するのは当然であるが、定義する人がそれぞれどの咬合平面を考えているかは必ずしも明らかにされていない。Gysiが意識した咬合平面は補綴学で通常用いられる咬合平面で、下顎中切歯切端と下顎左右第2大臼歯遠心頬側咬頭頂を含む仮想平面とされている。
【解剖学的水平基準面】
解剖学において用いられる水平基準はフランクフルト平面Frankfort horizontal planeで、GPT-6(1994)では、“右または左の眼窩周縁の最下点(オルビターレ)と右または左の外耳道周縁の最上点(ポリオン)を含む平面”として定義され、骨形態学的に再現性に優れた平面とされている。眼耳平面とも呼ばれる。
(顎咬合学的水平基準面)
McCollumは下顎運動に留意した顎咬合学的水平基準面として、ターミナル・ヒンジアキシスと眼窩下縁中点(オルビターレ)を含む平面を提案した。これはGPT-6(1994)でアキシス・オービタル平面axis orbital plane(軸眼窩平面)と呼ばれている。ターミナル・ヒンジアキシスという用語は、GPT-5(1987)で不適切用語とすべきとされ、その代わりにトランスバース・ホリゾンタルアキシスtransverse horizontal axis という用語が登場した。Solnit(1988)はターミナル・ヒンジアキシスの代わりに平均値法で求めた後方基準点として、耳珠上縁と外眼角を結ぶ線に沿って耳珠上縁から11mm前方でかつ5mm下方の点をとれば、80~85%の症例で満足すべき結果が得られるとしている。McCollumの水平基準面における前方基準点については、その後Stuartが眼窩下縁中点に変えて、上顎右中切歯切端から眼窩下縁中点に向かい54mmの点を提案した。Pitchford(1991)は、フランクフルト平面もアキシス・オービタル平面も審美的に問題があり、上顎模型が咬合器の下方につきすぎる、としている。そのためGuichetはこの値を43mmに修正して、Denar咬合器を設計した。Solnitによると、Guichetは多年にわたる多数の頭蓋骨観察の結果この値を定めたという。編者のひとり(波多野)が、1979年にGuichetから直接聞いたところによると、43mmの値をとることのもうひとつの意味はボンウィルの三角の一辺が100mmであることから、上顎にもこの値を適用すると矢状面投影における顆頭間軸と上顎切歯切縁間の距離は86.6mmとなるので、その約2分の1の43mmの値をとることにより上顎切歯切縁が顆頭間軸を通り30度で引いた傾斜線上に位置することになるため、とのことであった。この平面はMcCollumが用いたオルビターレとはまったく無関係なので、保母らはアキシス平面と呼んでいる。この平面は顎咬合学的水平基準面の最終定義といえる。
【その他の水平基準面】
水平基準面には以上の他に、左右の平均値法で求めた後方基準点と鼻翼下点を結んだ軸鼻翼平面axis ala planeが用いられている。この平面はカンペル平面と顎咬合学的水平基準面の混血(ハイブリッド)的性格をもっている。この平面はカンペル平面の前方基準点を念頭において咬合器に歯列模型をマウントするときに便利である。
高山ら(1993)が、上條(1966)のまとめた日本人の骨学データに基づいて、主な水平基準面の傾きにつき図上解析して求めた結果を列挙すると、それぞれフランクフルト平面に対し、
1)Gysiの定めたカンペル平面(補綴学的平面)は約12度前傾している。
2)McCollumの定めたアキシス・オービタル平面は約3度上方を向いている。
3)Guichetの定めたアキシス平面は約8度前傾している。
4)軸鼻翼平面は約18度前傾している。
ちなみにGPT-6では鼻翼下点と耳珠上縁を結んだ線で定義されるala-tragus lineがフランクフルト平面と(理想的には)約10度傾いている、と述べている。これは上記Gysiの定めたカンペル平面の傾き(約12度)と矛盾しない値である。
異なる水平基準面間の傾きについては従来データが乏しく相互の比較や一方から他方へ補正ができなかった。上記のデータを用いると、各水平基準面とフランクフルト平面の間だけでなく、どの水平基準面の組み合わせについても一方から他方への補正が可能なので、異なる水平基準面を基準とした計測データ間や咬合器の調節値間の補正が行なえる。
⇒矢状顆頭路傾斜度、咬合平面