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水平側方顆路

【読み】
すいへいそくほうかろ
【英語】
Horizontal lateral condylar path
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
側方運動中に非作業側の顆頭が前下内方に向かうようすを水平面に投影した運動経路。水平側方顆路には2つの異なった性質をもつ運動経路が現われる。その1つは、この運動の初期に出現するもので、下顎が作業側に向かって横ずれするために現われる。この横ずれはイミディエイト・サイドシフトと呼ばれる。他の1つはイミディエイト・サイドシフトの終了後、作業側の顆頭の回転にともなって起こる前(下)内方への比較的まっすぐな運動経路で移動量が大きい。これはプログレッシブ・サイドシフトと呼ばれる。イミディエイト・サイドシフトはmm単位で表され、その平均値は0.42mm(保母 1982)である。プログレッシブ・サイドシフトは矢状面に対する角度で表され、その平均は7.5度で個人差はあまりみられない(Lundeen 1973)とされてきたが、電子的計測により非作業側の顆頭中心で計測すると平均12.8度(保母 1982)になることがわかった。この相違は従来の機械式パントグラフの描記針の位置が、顆頭の位置よりも外側に離れていたためと考えられる。
水平側方顆路の内側方(作業側)への変位成分は従来サイドシフトと呼ばれ、作業側の顆頭の外側方への運動を表すベネット運動と別々にあつかわれてきたが、近年これらを下顎全体の運動としてとらえるようになったため、これらの2つの用語は不適切用語とされ、新たにまとめてマンディブラ・トランスレイションmandibular translation(略称m.t.)と呼ぶようになった。それにともない、イミディエイト・サイドシフトをイミディエイト・マンディブラ・トランスレイション、プログレッシブ・サイドシフトをプログレッシブ・マンディブラ・トランスレイションと呼び変えるようになった。和訳では、混乱を避ける趣旨で従来どおりサイドシフトを用いる。サイドシフトがどのような原因で発生するのか明らかでないが、Guichet(1970)は作業側の関節包の靱帯の弛緩や伸張によって、側方運動中に顆頭が関節包の緩みがなくなるまで、外方に移動するために発生するのではないかと述べている。Lee(1992)も、サイドシフトは顎関節の軟組織構造に起因する顎関節内の緩みloosenessのために生じると述べている。
水平側方顆路上の任意の1点と起点(中心位)を結んだ線と矢状面がなす角を水平側方顆路角(ベネット角)と呼んでいる。保母ら(1984、86)は上記の任意の1点を、非作業側顆頭が前後的に5mm移動した点に設定し、水平側方顆路角の定義としている。Gysi(1929)は水平側方顆路角の平均は13.9度と報告しているが、最近の電子的データ(中野 1976、保母 1982、西ら1992)ではその算術平均は15.1度となっている。しかしパントグラフ計測時のように上下顎歯列にクラッチを装着した上下顎歯の非接触条件下では、水平側方顆路角の計測値は最大50度近くに達する(保母ら 1982)のに対し、上下顎歯を接触滑走させた条件下では、水平側方顆路角の計測値は最大24度にしかならない(中野 1976)。このように水平側方顆路角は計測条件によって大きく異なるため、精密に計測しても咬合が修正されれば変化するおそれがある。そのためこれらを個々に計測しても期待するような効果が得られるか疑問である。
保母(1984、86)は、イミディエイト・サイドシフトとプログレッシブ・サイドシフトの間に相関係数0.46の弱い相関が存在することを認め、その間の回帰直線式と上記の水平側方顆路角の定義に基づいた関係式を利用して、水平側方顆路角の測定値からイミディエイト・サイドシフトとプログレッシブ・サイドシフトを求めるIPB法を提案している。ちなみにIPB法で用いている、水平側方顆頭角(βL)、イミディエイト・サイドシフト(σS)およびプログレッシブ・サイドシフト(σP)の3者間になり立つ関係式は、βL=arctan((σS+5×tanσP)/5)である。コンピュータ・パントグラフを用いて水平側方顆路を重ね書きした結果によると、水平側方顆路の再現性は非常に低く、被験者ごとに異なる範囲内で種々の経路をとることがわかった(保母ら 1995)。
非作業側の矢状側方顆路を直線で近似したときの矢状側方顆路長をΛL、矢状側方顆路傾斜度をαL、水平側方顆路角をβLとしたとき、側方顆路の前後成分はΛL×cosαL、上下成分はΛL×sinαL、側方成分はΛL×cosαL×tanβLである。