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切歯指導板

【読み】
せっししどうばん
【英語】
Anterior guide table
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
咬合器の下顎フレームの最前方に取りつけられ、切歯路を再現または模擬するためのテーブル。インサイザルテーブルともいう。上顎フレームの最前方に接続された切歯指導桿とともに切歯路をガイドする切歯指導機構を構成している。GPT-6では“切歯指導桿を支持することにより咬合高径を保持し、咬合器の運動の制御に関与する咬合器の構成部分。この部分はあらゆる場合に歯列模型の離開度に影響する”と定義されている。
ちなみに、切歯指導板という用語を直訳するとincisal guide tableとなる。GPT-6ではincisal guide tableという用語の項にはanterior guide table(前方指導板)をみよとなっており、後者を推奨しているが、本事典ではわが国ですでに呼称が定着しているという観点から“切歯指導板”を用いた。またguideまたはguidanceは技術用語では誘導と和訳されており(例:誘導装置)、下顎運動の場合このほうが適切と思われるので咬合器には“指導”、生体には“誘導”の表現を用いた(例:顆路誘導、前歯誘導)。
この機構はGysiによってはじめて咬合器に取りつけられた。Gysiは切歯路が顆路と同等の重要性をもつことを軸学説で立証し、切歯指導板を咬合器に装備することにより顆路と調和した咬頭傾斜を得ようとした。Gysiの切歯指導板は当初矢状傾斜度のみが調節できる平面板であったが、晩年になってFischerの意見を入れ左右に2枚の側翼を備えた樋状の形状をもち、側翼角の調節ができるものを試作している。Guichet(1970)も、咬合器の切歯指導機構は顆路指導機構と同等の重要性をもつとして、Gysiの考え方に同調している。
切歯指導板は切歯指導桿とともに切歯路の調節機構を構成している。咬合器における切歯路の再現または模擬のための誘導は、上顎フレームの前方に取りつけられた切歯指導桿、および下顎フレームの前方に取りつけられ切歯指導桿を下から受け止める切歯指導板によって行なわれる。切歯指導板は上顎前歯口蓋面の役割りをなし、切歯指導桿は下顎前歯の機能を代行する。
切歯指導板には2種類ある。1つは、プラスチック製で通常凹陥形状を有し、これを削合修正したり、凹陥部に即時重合レジンを添加して各個調製することができる。このタイプは既存の前歯部を基準にして調製されるため天然前歯により前歯誘導が問題なく行なわれる症例以外では再現できない難点がある。各個調製された凹陥部が上顎前歯の舌面形状に似て彎曲をもった形状に再現されるので、従来は再現性がよいと考えられてきた。
他の1つは樋状の形状をもち、その指導要素が固定された非調節性のものと、指導要素が可変の調節性のものとがある。非調節性のものは通常プラスチック製で矢状傾斜度と側翼角の値は固定されているが、両者の値を段階的に変えた交換方式のものもある。調節性のものは金属製で矢状傾斜度と側翼角の値を調節できるようになっている。従来切歯指導板の意図的な調節は重視されていなかったので、切歯指導板の矢状傾斜度と側翼角の選択ないし調節について明確な指針は示されていなかった。
天然歯の歯列模型を咬合器上にマウントし、切歯指導桿の半球状の先端で切歯指導板上に盛ったレジンをモールディングするとドーム状に彎曲した凹型の陥没ができあがる。従来、この形状が切歯路の真の姿と考えられてきた。しかしこのドーム形状は、切歯路のありのままの姿を表したものでなく、また上顎前歯部口蓋面の凹型形状を裏返したものでもない。これは切歯点の動きにともなって切歯指導桿の半球状の先端部により形成された包絡面にすぎない。前歯誘導を前歯部の1点、たとえば切歯点を標点として電子的下顎運動計測装置により計測すると、その運動軌跡は水平面投影でも前頭面投影でもちょうど矢印の頭部のように屋根状の形を呈し、正常咬合者では偏心運動中に上下顎歯が接触滑走する2~3mmの範囲ではほとんど直線状になる。このことは電子的下顎運動計測装置を用いなくても、水平面投影についてならば、ゴシック・アーチ・トレーサを用いれば誰でも視覚的に確かめることができる。したがって、切歯指導桿の先端が半球状ではなく尖った形状であるとすれば切歯点の運動軌跡は直線的な屋根状になる。以上から咬合器の切歯指導板は直線的形状でさしつかえないと結論される。この結論に基づき、以下合理的設計の最終型と考えられる樋状切歯指導板について説明する。
咬合器の切歯指導機構によって再現される切歯路は切歯点の境界運動範囲菱形柱の上面において、最大嵌合位の前方で半径2~3mmの部分に現われる凸型の三角ピラミッドに相当する部分である。その三角ピラミッドの稜線の水平面投影や前頭面投影がそれぞれゴシック・アーチ形状の水平側方切歯路角と、前頭側方切歯路傾斜度になる。この凸型三角ピラミッドを裏返したのが樋状切歯指導板の形状になる。
Gysi、Fischerの提案した樋状型形状は切歯指導板の合理的な姿で、その形状が直線的なため調節値が定義しやすいという特長を有している。樋状切歯指導板は中心溝の左右に2枚の側翼がちょうど航空機のフラップのように取りつけられており、中心溝の傾き角と側翼のあおり角が調節可能になっている。前者を切歯指導板の矢状傾斜度、後者を側翼角と呼んでいる。ツインホビー咬合器を例にとると、その切歯指導板の矢状傾斜度は0~70度、側翼角は0~45度の範囲で調節できる。それぞれの機能を矢状切歯路と対応づけると、切歯指導板の矢状傾斜度が矢状前方切歯路傾斜度に、側翼角が前頭側方切歯路傾斜度に対応し、それぞれを制御することになる。また両者を上顎前歯舌面の形状と対応させると、前者は上顎切歯舌面の矢状傾斜に、後者は上顎犬歯の前頭傾斜に対応している。いうまでもなく切歯指導桿の先端は下顎切歯の切端や下顎犬歯の尖頭と位置が違うから切歯指導板の矢状傾斜度や側翼角の調節値の設定にはその補正が必要になる。また側翼角は前頭面内の角度ではないのでその換算も必要になる。いずれも下顎運動理論式(Takayama、Hobo 1989、高山 1993)をベクトル解析幾何を用いて切歯指導板用に変形したコンピュータ演算により算出が可能である(保母、高山 1995)。ツインホビー咬合器の切歯指導桿の先端は算出値に忠実に調節できるように半球状でなく、ブレード状の尖ったものになっている。
切歯指導機構は、下顎三角の1頂点である切歯点の運動路を歯列模型の前歯誘導機能に代わって咬合器上で制御するためのものである。切歯路の影響度は顆路のそれに比べ、第2大臼歯で2倍、第1大臼歯で3倍大きい。したがって咬合器の切歯指導機構は顆路調節機構に比し、2~3倍の重要性をもつといえる。従来の補綴術式で切歯指導機構がなおざりにされていたのは、この点をみすごし下顎三角の後方2頂点のみに気をとられていたためであろう。
⇒前歯誘導