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全運動軸

【読み】
ぜんうんどうじく
【英語】
Kinematic axis
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
下顎前歯部のすべての矢状面内運動に対応して、左右の顆頭部に現われる帯状の運動範囲内を通過する軸。1968年、石原門下の河野によって発見された。河野は切歯点部における下顎の矢状面境界運動を測定し、これに対応し顆頭部に設定した約160個の点の動きを算出した。そして顆頭部の多数の標点はすべてループを描いたが、ある特定点だけは切歯点部の測定点が矢状面内のどこを動いても、一定の帯状の運動範囲を出ることがないという事実をつきとめた。このとき左右の顆頭上に現われる特定点を結ぶ軸を、全運動軸と名づけた。キネマティック・アキシスとも呼ばれる。この運動範囲は上下的に約0.7mmの狭い帯状を示した。
全運動軸は下顎の矢状面内運動の動く回転中心で、この軸が帯状の運動路のなかで前後的に移動する間に、下顎がこの軸を中心として蝶番回転する。下顎の矢状面内運動の運動様相は、従来から顆頭の回転と滑走によって説明されてきたが、全運動軸の発見により、それが科学的に立証されたことになる。全運動軸は、運動学における2次元平面内の物体のいかなる運動もその物体上に定めた1点の2次元変位とその点の回りの回転で表すことができるという法則と合致したもので、たとえば自動車の車輪軸のような動く回転軸である。したがってこの発見は、具体的に(無理な力を加えなくても)生体上で移動しながら機能する回転軸が顆頭上に存在することを実証するとともに、ぶれの問題を別とすれば現存する咬合器の基本設計の妥当性を根拠づけたものであり、下顎運動の運動学的研究の原点として重要な意味をもっている。
河野らは全運動軸の発見につづき1973年に、描記法を用いて臨床的に全運動軸を求める方法を報告している。その装置の原理はヒンジアキシス・ロケータに似ており、上顎の両側顆頭部顔面に垂直方向に取りつけた描記板と下顎歯列に取りつけた描記針により、試行錯誤法により全運動軸を実測する。平均的顆頭点を出発点として描記針の位置を前後方向に変えながら運動路を描記し、前方運動路、前方境界運動路および後方境界運動によって描かれる運動範囲の上下幅が最小となる点を求める。次に描記針の位置をその点から上下方向に変えながらさらに運動範囲が最小となる点を求めて全運動軸と顔面との交点とする。
全運動軸の発見は、今世紀後半の下顎運動の研究のうちで注目すべき成果のひとつに評価される。
⇒トランスレイション