全調節性咬合器
- 【読み】
- ぜんちょうせつせいこうごうき
- 【英語】
- Fully adjustable articulator
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 前方顆路と作業側および非作業側の側方顆路の調節機構をもち、それぞれの顆路を生体と同じ曲線によって再現できる咬合器。全調節性ナソロジー咬合器ともいう。GPT-6ではClassIV咬合器に分類され、3次元の動的記録を受けることのできる器具、歯列模型の位置を顎関節に対して関連づけて固定するとともに、あらゆる下顎運動を模写することができる、と定義されている。解剖的咬合器を調節機構によって分類したときに用いられる名称で、顆路を近似的に再現する半調節性咬合器に対して用いられる用語。
最初の全調節性咬合器は、1934年にMcCollumによってつくられ、ナソスコープと名づけられた。McCollumはそれ以前にカリフォルニア・ナソロジカル・ソサエティーを設立して下顎運動をはじめて運動学的に研究し、歯は咀嚼器官における1つの道具にすぎず、下顎運動は顎関節によって制御されると主張し、顆路を重視する立場をとった。McCollumはナソグラフと呼ぶ精密な下顎運動口外測定装置(パントグラフ)を開発し、その測定結果から、ヒトの顆路の彎曲と傾斜度は多種多様に及び、とくにベネット運動の方向と運動経路および発生のタイミングには個人差があることをみつけた。パントグラフの測定値に一致するように調節できる咬合器の開発を目指して改良を重ね、本格的な全調節機構をもつナソスコープ咬合器を完成させた。
フルマウス・リコンストラクションに用いる特別に精度の高い咬合器を、ナソロジカル・インスツルメントと呼び、従来の咬合器と区別することがある。ナソスコープは最初の全調節性咬合器であると同時に、また最初のナソロジカル・インスツルメントでもあった。この咬合器のもつ2軸性機構とスロット型の顆頭球はナソスコープの大きな特徴となっている。後日、このような機構を備えた全調節性咬合器にマッカラム型の名称が与えられた(石原 1972)。
全調節性咬合器には、Stuartのスチュアート咬合器、GuichetのデナーD5A咬合器、Grangerのナソレータ咬合器、シミュレータ咬合器、保母のサイバーホビー咬合器などがあるが、その原型をナソスコープ咬合器においているため、構造的にはいずれも類似したものになっている。ここで特筆したいのは、これらの全調節性咬合器が、過去の咬合器のように空想的な幾何学的作図を基準として設計されたものではなく、あくまで患者の実測値をもとにして、これに順応するように製作されている点である。そのため全調節性咬合器は、過去に開発された他のいかなる咬合器よりも精密に下顎運動を再現することができる。
全調節性咬合器の操作手段は器種によって多少異なるが、次の順序で行なわれるのが普通である。1)ターミナル・ヒンジアキシスの測定、2)パントグラフによる顆路の測定、3)咬合器の運動量の調節、4)フェイスボウ・トランスファ、5)切歯指導板の調節。
全調節性咬合器に共通する特徴をあげると次のようになる。
【特徴】
1)全調節性咬合器の顆路指導機構はすべてアルコン型である。過去に普及した咬合器の多くはコンダイラー型で、その関節部と顆頭球の位置関係が生体と逆になっていた。全調節性咬合器では、生体の顎関節と同じように、上顎フレームに顆路指導機構があり、下顎フレームに顆頭球がつき、アルコン型になっている。コンダイラー型咬合器の場合は、その顆路指導機構が下顎フレームにつけられているため、咬合器の調節を終えた後、垂直顎間距離を変えると顆路傾斜度が狂う欠点があった。アルコン型咬合器の顆路指導機構は上顎フレームに取りつけられているため、調節後に咬合器の垂直顎間距離を変えても、顆路傾斜度は変化しない。このような意味から精密さが要求される全調節性咬合器はアルコン型でなければならない。
2)全調節性咬合器では顆路は曲線で再現できる。Aull(1965)によれば、前方顆路が直線を示すのはわずか8%で、92%は曲線の顆路をもっていた。全調節性咬合器の顆路はパントグラフによって調節されるため、顆路を曲線で再現できるような機構を咬合器がもたない限り、患者の測定値を咬合器上に忠実に再現させることはできない。そのため全調節性咬合器は顆路を曲線で再現できるような機構を備えている。普通、矢状顆路の曲線はさまざまな彎曲をもった顆路指導板から選び、水平側方顆路は顆路指導板を削って合わせる。半調節性咬合器の顆路指導機構は直線で構成されているため、曲線の顆路をもつ症例では誤差を生ずる。またチェックバイト法は、下顎運動の出発点と顆路上の1点を直線的に結び、その角度を求める方法だから、誤差は避けられない。この点においても全調節性咬合器は優れている。
3)全調節性咬合器は作業側の顆路調節機構を備えている。側方運動中に作業側の顆頭は外側方へずれ、いわゆるベネット運動を営む。この運動は1mm前後のきわめてわずかなものであるが、食物を咀嚼する作業側で発生するため咬合面の形態に大きな影響を与える。その運動方向も、水平、前側方、後側方、上側方、下側方と個人差が多い。ベネット運動を再現するためには、パントグラフの使用は必須であり、咬合器の作業側顆路にも高い調節性が要求される。半調節性咬合器では、この運動路は平均値に固定され各個調節はできない。そのためベネット運動の正確な再現は全調節性咬合器にのみ可能である。
4)全調節性咬合器は原則として、作業側顆路調節機構と非作業側顆路調節機構を分離した2軸性機構をもっている。従来の調節性咬合器の多くが、片側に1つずつの関節しかもたなかったのに対し全調節性咬合器は、作業側と非作業側の側方顆路が分離され、それぞれの顆路が独立して再現される2軸性調節機構を備えているものが多い。一対の関節しかもたない咬合器では、作業側の顆路指導と非作業側の顆路指導の両方を1つの関節内で再現しなければならない。そのため、先に決定した顆路がもう一方の顆路の調節中に影響を受けて狂う欠点がある。これを避けるため全調節性咬合器には原則として2軸性機構が与えられている。
5)全調節性咬合器は顆頭間距離調節機構をもっている。顆頭間距離の大小は側方運動時のゴシック・アーチの展開角に影響を及ぼし、また水平的なベネット運動にも関係する。そのため咬合器の顆頭間距離は、自由に調節されるのが好ましい。全調節性咬合器はすべて顆頭間距離の調節機構を備えている。この機構により、側方運動時の回転軸が決められ、作業側顆路の補助調節機構としても役立つ。半調節性咬合器で顆頭間距離調節機構を備えているものは少ない。
【構造】
全調節性咬合器はボール・スロット型の顆路指導機構をもつものと、ボックス型の顆路指導部をもつものと2種類に分けられる。ボール・スロット型の顆路指導機構をもつ全調節性咬合器には、ナソスコープ咬合器、ナソレータ咬合器、シミュレータ咬合器などのマッカラム型咬合器がある。ボール・スロット型の顆路指導機構は、生体の顎関節の機能を機械的に表現したものである。下顎フレームの顆頭球のシャフトは、3次元的に動くようにつくられ、これに上顎フレームのスロットが適合する。顆頭球はこのスロット中で回転滑走し、開閉運動と偏心運動を営む。
一方、ボックス型の顆路指導部をもつ全調節性咬合器には、スチュアート咬合器、デナーD5A咬合器、サイバーホビー咬合器などがある。ボックス型の顆路指導部は、生体の顎関節の機構を形態的に類似させたもので、上顎フレームにあるハウジングの内部に下顎フレームの顆頭球がおさまるようになっている。ハウジングの内壁の形態と角度を変化させることにより、回転と滑走の運動を調節する。
スロット型とボックス型では、患者の下顎運動を再現するときに多少の差異を生ずる。ボックス型では顆頭球がハウジングの内壁から自由に離れるから、生体の顎関節内で発生する亜脱臼のような過激な顆頭の動きを精密に再現することができる。しかしスロット型では顆頭球の動きがスロットによって規制されるため、顆頭球が関節面から離れることができない。その代わりスロット型の顆路指導機構はボックス型のものに比べセントリックの再現が確実であり、また偏心運動時に設定した軌道をそれることがない。一般にボール・スロット型の全調節性咬合器は無歯顎にバランスド・オクルージョンを与える場合に適し、ボックス型の全調節性咬合器は有歯顎でミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンを与える場合に向いているといえよう。
【精度】
全調節性咬合器は、これまでに開発された咬合器中でもっとも精密に下顎運動を再現し、オーラル・リハビリテイションを可能にし、歯科界に1つの時代を築いた。反面、操作法が複雑で、技術的にも熟練を要し、高価なため一般に普及しにくかったという短所もある。機械的技法(パントグラフ)で下顎運動を再現する方法はMcCollumによって完成され、この方法に頼る限り、マッカラム型を越える咬合器は誕生しないであろうと考えられてきた。サイバーホビー咬合器はエレクトロニクスの技術を駆使した、コンピュータ・パントグラフのためにつくられたものでMcCollumの方法とは一線を画すものである。その精度は機械的技法をはるかに越えている。しかし顆路そのものが、それほどに高い計測精度に耐えられるような再現性の高いものであるかという新しい疑問を生じてきており、全調節性咬合器の歯科的用途は再考されなければならない段階にきている。