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セントリック・スライド

【読み】
せんとりっく・すらいど
【英語】
Centric slide
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
中心位からいずれかの方向に下顎がわずかにずれること。GPT-4(1977)では、中心位にある下顎の早期咬合接触点から咬頭嵌合位へのずれと定義されていたが、GPT-6(1994)では不適切用語とすべきとなっている。Solnit(1988)は、下顎は靭帯や筋によって懸垂された骨なので、咬合干渉があるとセントリック・スライドのかたちで偏位しやすい、と述べている。中心位の早期接触は、顎関節症の発生と密接な関係をもつとして重視されてきた。咬合と顎関節症との関連については見解が分かれており、関連があるとする意見とないとする意見が相半ばしているという最近の調査結果もある。しかし中心位と咬頭嵌合位が相違することが生理的に好ましくないという点については一般に合意されている、といってよい。
中心位と咬頭嵌合位がずれると、早期接触を生じる。Posselt(1952)は最後退位(旧定義における中心位)と咬頭嵌合位との差を調べ、両者が一致していたのは12%で、残りの88%には1.25±1.0mmのずれが検出されたと報告している。Schuyler(1959)は、安静位から咬頭嵌合位に至る習慣的な閉口路は最後退位の約1mm前方に存在すると述べ、両者の間に前後的に長さをもたせるロング・セントリックを提唱した。Ramfjord、Ash(1971)は神経生理学的立場から、最後退位と咬頭嵌合位との間に0.5~0.8mmの自由域が必要であるという見解を主張した。Dawson(1974)は、強く噛みしめたときと弱く噛んだときの咬合位の間に前後的に0.2mmの差が認められたことから、これと同じ量の自由域を顆頭位に与える必要があるとし、フリーダム・イン・セントリックの考えを提唱した。
その後Dawson(1989)は側方運動時のイミディエイト・サイドシフトに配慮し、セントリックの側方にも自由域を拡大すべきだとし、ワイド・セントリックを提唱した。イミディエイト・サイドシフトの大きさはその有無を含めて個体間でバラツキがあり、同一個体でも術者が強い力を加えてガイドしない限り再現性に乏しいが、最近の上下顎歯接触滑走条件下の電子的計測によっても確かにその存在は認められている。これを咬合面の形態に反映させようとする場合には、対合歯の窩に噛みこんだ咬頭頂が作業側に向けてイミディエイト・サイドシフト量だけ移動できるように対合歯の窩の側壁を削合して隙間(セントリック・スライド)をつくらなければならない。しかしこの削合はなかなか難しいうえ、本来ずれがあってはならないセントリックに水平方向のずれを人為的につくってしまうという矛盾があり、大事なセントリック・ストップまで削ってしまうおそれがあった。
中心位の定義が最後退位から前上方位に修正された(GPT-5 1987)一方で、最後退位と咬頭嵌合位の間の前後的ずれもPosselt(1952)による平均1.25mmからSchuyler(1959)による1.0mm、Ramfjord、Ashの0.5~0.8mm(1971)、Dawson(1974)の0.2mmへとせばめられている。イミディエイト・サイドシフトについても、前歯誘導による作業側顆路への影響を調べた臨床実験において、イミディエイト・サイドシフトが消滅した症例が認められ、前歯誘導が作業側顆路だけでなく非作業側顆路全体を制御しうる可能性が示唆された。イミディエイト・サイドシフトは顎関節内の軟組織の弛緩(ゆるみ)による下顎運動のぶれの一種と考えられる(Lee 1982)ので、補綴物製作の際にわざわざ無視をして咬合器上にイミディエイト・サイドシフトを再現し、歯列部のセントリックにセントリック・スライドをつくる必要はないのではないかと考えられている(保母、高山 1995)