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前方基準点

【読み】
ぜんぽうきじゅんてん
【英語】
Anterior reference point
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
フェイスボウ・トランスファに使用されるリファレンスポイントのひとつ。眼下部や鼻稜部など、顔面前方部に設定される。後方基準点とともに水平基準面を決定し、頭蓋と上顎歯列の垂直的位置関係を咬合器に移すために用いられる。歴史的には、頭蓋研究のためのフランクフルト平面が左側の眼窩下点を前方基準点を前方基準点としたのにならい左側を用いることが多かったが、歯科医は主に患者の右側から施術するため、最近では右側顔面上に前方基準点を設定することが多い。前方基準点を適切な位置に設定することにより、上顎模型を咬合器の上下顎フレーム間の中間の位置に取りつけることができる。咬合器の顆路は常に上顎模型に対して一定となる。そのため同じ基準点を使って歯列模型をトランスファすれば、歯列模型を取りつけるたびに咬合器の運動量を調節しなくてもよいことになる。前方基準点に眼窩下点を用いたときの水平基準面をフランクフルト平面と呼び、鼻翼の下縁を用いたときの水平基準面をカンペル平面(補綴学的平面)と呼んでいる。これら2つの水平基準面の角度差は、後方基準点を外耳道下縁にしたとき約12度程度となる(保母ら 1993)ので、前方顆路傾斜度がフランクフルト平面に対して40度であるとき、カンペル平面に対する角度は28度となる。
水平基準面は前方基準点と左右の後方基準点が一定であれば、常に同一の平面となる。フランクフルト平面の後方基準点は外耳道上縁(ポリオン)であり、カンペル平面の後方基準点は外耳道下縁であるため、前方基準点の相違とあいまって、傾きの相違を生じることになる。トランスバース・ホリゾンタルアキシスを後方基準点とする水平基準面には2種類あり、1つは前方基準点を眼窩下点(オルビターレ)におくものでアキシス・オービタル平面といわれている。この平面はフランクフルト平面に対し約3度上方に向いている。もう1つは前方基準点を上顎中切歯切端から肉眼角に向かい43mmの点にとったものでGuichetにより提案されたが、保母ら(1995)によりアキシス平面と名づけられている。アキシス平面はフランクフルト平面に対し約8度前傾している。
後方基準点の決定法には目測法と実測法があり、目測法により後方基準面を求めた場合は、その精度は劣る。そこで正確に水平基準面を設定したい場合は、実測法により後方基準点を求めなければならない。前方基準点の設定法は、研究者により異なるし、咬合器の機種によってもその指示する部位が異なっている。もっとも簡単なのは、咬合器の顆頭球の中心点と下顎フレームまでの距離の1/2を、患者の上顎中切歯の切端から上方に求め、その位置を前方基準点とする方法である。この方法を用いれば、歯列模型を咬合器の上下顎フレームの中間の位置に取りつけることができる。
Snowのフェイスボウは、左右の後方基準点と上顎歯列との位置関係を決定した最初のフェイスボウとして、歴史的に評価されているが、彼のフェイスボウには前方基準点を指示する機構はついていない。最初に前方基準点の概念を確立したのはWadsworthで、1919年に発表されたワッズワース咬合器には、T‐アタッチメントと呼ぶ装置がついている。この横棒を眼耳平面とカンペル平面の2等分線に合わせることにより、歯列模型を咬合器の垂直的基準点に一致させることができる。WadsworthのT‐アタッチメントによって、はじめてフェイスボウの機能に垂直的な要素が加えられ、これは前方基準点の概念の先駆となった。
Hanauの後期のフェイスボウには、Beyron(1942)の指導により眼窩下点を指示するためのオービタル・ポインタが取りつけられ、これを咬合器にトランスファするために、モデルH2-0咬合器の上顎フレームにオービタル・インディケータがついている。この方法はその後各種の咬合器に受けつがれ、上顎模型を咬合器に装着するときに、眼窩下点を前方基準点としてフランクフルト平面を用いる方法が一般化するようになった。しかし眼窩下部の皮膚は可動性で再現性に乏しいため、これを水平移動して比較的可動性の少ない鼻稜部に前方基準点を設定する方法が広く用いられるようになった。
1955年にStuartの考案したウイップミックス咬合器のフェイスボウにはナジオン・リレータと呼ぶ器具が備えられ、これを鼻根に適合させることにより、眼窩下点とほぼ同じ高さに水平基準面が簡単にしかも素早く設定されるようになっている。このフェイスボウの特徴は、トランスファの操作を簡素化したことであるが、同時に欠点もある。それはナジオン・リレータを固定するバーに、咬合器の上顎フレームを支えさせるため、上顎フレームと下顎フレームが平行にならないまま、上顎模型を取りつける点である。上顎模型が取りつけられたあと、上顎フレームは下顎フレームと平行になるように調節できるが、後方基準点を目測法で求めた場合は咬合器は生体と異なった軸を中心として開閉するから、上顎模型を固着したときと、フェイスボウを外して咬合器の垂直フレーム間距離を調節した状態では、上顎模型と開閉軸の関係に誤差を生じる。ちなみに後方基準点を実測した場合は、このことは問題にならない。
1962年にGuichetの開発したデナー咬合器のフェイスボウでは、WadsworthとStuartの考え方を受けつぎながら上述の欠点を補うため、前方基準点の指示桿(リファレンスプレーン・サポートロッド)を、咬合器の上顎フレームのおかれている作業台と同じ平面におき、上顎フレームの高さは切歯指導桿により維持するようになっている。この方法だと、上下顎フレームを平行に保ったまま上顎模型を取りつけることができるから、目測法で後方基準点を求めても、誤差を生ずることはない。
⇒水平基準面