側方切歯路角
- 【読み】
- そくほうせつしろかく
- 【英語】
- Angle of lateral incisal path
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- ⇒水平側方切歯路角
側方切歯路を水平面に投影したときに左右の切歯路がなす角度。側方切歯路角ともいう。左右の側方切歯路を水平面に投影したときに描かれる屋根状の図形はGysiによりゴシック・アーチと名づけられた。その頂点はアペックスまたはアローポイントと呼ばれる。水平側方切歯路角はゴシック・アーチの展開角として知られている。個人差が多く、Gysi(1929)がゴッシク・アーチ・トレーサを用いて計測した結果によれば、その角度は100~140度の間に分布し、平均120度である。しかし電子的計測による水平側方切歯路角の平均値は150.3度(中野 1976)または142.6度(西ら 1992)で、Gysiがゴシック・アーチ展開角を計測した値(平均120度)より20~30度大きい結果が得られている。この相違は、ゴシック・アーチ・トレーシングでは標点(描記針)が水平面(描記板)上を滑走し、上顎犬歯の口蓋面上を下顎犬歯の尖頭が滑走する上下顎接触条件下の下顎運動と相違するためである。両者の頂点(アペックス)は一致する。電子的計測による水平側方切歯路角の平均値は約150度で、前頭側方切歯路傾斜度の平均値は約31度である(中野 1976)。両者の値を用いて、左右の側方切歯路が3次元的につくる実角を三角法により算出すると115度となり、Gysiがゴシック・アーチの展開角を計測した値(平均120度)に近い値が得られる。ゴシック・アーチ・トレーシングの場合には計測値が実角なので、この結果は実角どうしの間では顕著な相違を生じないことを示している。ゴシック・アーチはほぼ左右対称であることが多いが、一般的にはそうとは限らない。下顎運動の計測または解析の際には左右を区別するため、左または右の側方切歯路の水平面投影と正中面のなす角を水平側方切路角と呼ぶことがある。これはいわばゴシック・アーチ展開角の半角ということになる。
Gysi(1927)はゴシック・アーチを切歯指導板上に再現するため、水平側方切歯路角の調節機構をトゥルーバイト咬合器の平面型切歯指導板上に取りつけた。しかし上記の説明からわかるように、切歯指導板が平面であると側方運動中の垂直顎間距離の調節ができないため、この機構は合理性のあるものではなかった。Gysi(1949)は晩年になってFischerの提案を取り入れ、正中を境にして2つに折れた樋状切歯指導板を取りつけたギージー・フィッシャー咬合器を試作している。一般に咬合器の切歯指導板には、水平側方切歯路角の調節機構は取りつけられていない。これは咬合器の運動の自由度のうち、切歯指導板には垂直顆間距離の調節機能だけしか残されていないからである。参考のため、半調節性咬合器における側方運動を例にとり詳細な運動学的説明を加えると、運動の6自由度のうち、矢状顆路傾斜度と水平側方顆路角(ベネット角)の調節機構により非作業側の顆頭球の2つの自由度が制御され、作業側顆路がトランスバース・ホリゾンタルアキシス上を真横に向かうようにする機構により作業側顆頭球の前後方向と上下方向の2つの自由度が制約されるので、残る運動の自由度は側方旋回の回転角(または側方顆路長)と蝶番回転の回転角の2つだけになる。前者は咬合器を側方運動させるときの運動量で、後者が側方運動中の垂直顎間距離の調節にあてられる。したがって切歯指導板に水平側方切歯路角の調節機構は必要ではない。ちなみに、切歯指導板の調節機能が垂直顎間距離の調節に限られるからといって、それがただちに切歯指導板の影響力を軽んじてよいという結論につながるものではない。それとは逆に、切歯指導板の垂直顎間距離調節機能は上下方向に作用するので、直接的に臼歯離開量に影響し、その結果として切歯指導板の臼歯離開量への影響力は顆路指導機構のそれの2~4倍に達する。最近の下顎運動理論は、側方運動中の咬合器の切歯指導板の垂直顎間距離の調節作用と側方旋回の間のタイミングにより臼歯離開量が制御され、そのため切歯指導板の形状は樋状でなければならないことを教えている。
⇒切歯路