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咀嚼筋

【読み】
そしゃくきん
【英語】
Masticatory muscle
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
頭蓋の側面や顔面にある4つの強大な筋。咬筋、側頭筋、内側翼突筋、外側翼突筋がこれに属する。すべて頭蓋から起始して下顎骨に停止する。これらの筋は、下後骨を中心に左右対称的に存在し、主に咀嚼運動に関与するため、咀嚼筋と呼ばれている。咀嚼筋は圧痛検査部位のなかで重要な位置を占めている。咀嚼筋の定義については不統一が存在し、日本の解剖学分野においては、咬筋、側頭筋、内側翼突筋、外側翼突筋の4筋を咀嚼筋としている(上條 1966)。米国においては各分野の間に不統一が認められる。解剖学者DuBrul(1988)によれば、jaw musclesの項で、歴史的に咬筋、側頭筋、内側翼突筋、外側翼突筋の4筋は咀嚼筋と呼ばれてきたが、実際の下顎運動には下顎を下制する筋も必要なので誤解を招きやすいと述べ、jaw musclesをsupramandibular musclesとinframandibular musclesに分け、前者には上記4筋からなり、後者は顎二腹筋、オトガイ舌骨筋、顎舌骨筋、茎突舌骨筋からなり、このうち茎突舌骨筋のみは下顎運動に直接的には関係しないが、間接的に関係すると述べている。口腔解剖学の教科書の改訂者Ash(1984)はmasticatory musclesとして、外側翼突筋、咬筋、内側翼突筋、側頭筋、顎二腹筋、オトガイ舌骨筋の6筋をあげ解説している。一方、GPT-6ではmasticatory musclesとして側頭筋、咬筋の浅部および深部、内側翼突筋の3筋のみを記載し、挙上筋をみよと記載されている。AshとRamfjord(1995)は、masticatory musclesとして咬筋、側頭筋、内側翼突筋、外側翼突筋、顎二腹筋、顎舌骨筋の6筋をあげ解説している。同じく米国で広く咬合と顎関節症の基礎教育に使用されている。Okeson(1995)は、muscles of masticationとして、咬筋、側頭筋、内側翼突筋、外側翼突筋、顎二腹筋の5筋をあげ解説している。さらに、OPG-3では、masticatory musclesとして、咬筋、内側翼突筋、側頭筋、顎二腹筋、下外側翼突筋、上外側翼突筋の6筋を記載しているが、最後の2者は通常は外側翼突筋下頭および上頭とされているので、これらを外側翼突筋としてまとめれば5筋ともいえる。このように咀嚼筋の定義には種々の見解があるものの、全体的には下顎に停止する筋の多くを含むようになっている。前記の4筋は発生学的には、いずれも第1鰓弓筋に由来し、内側咀嚼筋と外側咀嚼筋および顎関節の3つの筋原基から、全咀嚼筋が分化する。咀嚼筋はそれぞれの作用に適した構造をもっている。
咬筋は顎骨弓の下縁から起こり、そのまま下方に下がって下顎枝外面の広範な部位に停止する筋で、咀嚼筋中もっとも表層にあり、また最強の筋である。これは浅部と深部とからなり、浅部は幅広い平行四辺形に近い形態をもち、やや斜めに下後方に走行し、深部は扇形で、まっすぐ下走している。咬筋は下顎骨を挙上するために働くが、深部は下顎骨を後上方へ後退させるためにも働く。
側頭筋は、側頭線に囲まれた側頭窩の広範囲な部分から起こり、下方に向かうに従って集合し、その下端は下顎骨筋突起に停止している。側頭筋は扇形で前部筋束、中部筋束および後部筋束からなっている。これらの筋束はそれぞれその走行方向が異なっている。前部筋束は上下方向に走るため、収縮すると下顎を上方に引きあげ、中部筋束は後方にやや斜めに走るため、下顎を後上方に引き、後部筋束は前後方向に走るが、停止直前で下方に向かうため、中部筋束と同様に、下顎を後方へ引く働きをする。側頭筋全体としては、下顎を吊りあげ下顎の位置を微妙に調節している。
内側翼突筋は、蝶形骨翼状突起にある翼突窩より起こり、後下方に向いて下顎枝内面下顎角付近に停止する。形態は長方形で比較的厚い。下顎枝をはさんで咬筋と相対し、筋束が上方に走っているので、収縮すると咬筋と同様に下顎を挙上する働きをする。
外側翼突筋は上頭と下頭からなる二頭筋で、上頭は蝶形骨大翼の側頭下面および側頭下稜より起こり、下頭は蝶形骨翼状突起外側板の外面および上顎結節より起こる。これらの筋はほぼ水平方向に走り後方に向かうに従って一体となり、下顎骨関節突起の下顎頸にある翼突筋窩に停止する。左右の外側翼突筋が収縮すると下顎は前進し、一側だけが収縮すると下顎は側方へ移動する。
咀嚼筋に分布する神経は、いずれも三叉神経、下顎神経枝より起こる。咬筋神経は下顎神経を出て前下方に向かい、下顎切痕を通って下顎枝外面から咬筋に分布する。深側頭神経は外側翼突筋を越えて上方に向かい、前、中、後の3枝に分かれ、前深側頭神経は側頭筋前方筋束に、中深側頭神経は側頭筋中部筋束に、後深側頭神経は側頭筋後部筋束に、それぞれ分布している。内側翼突神経は下顎神経を出て前下方に向かい、内側翼突筋に分布する。外側翼突筋神経は下顎神経を出て前方に向かい、外側翼突筋に分布している。咀嚼筋を支配する三叉神経は、その末端に感覚受容体をもち咀嚼筋活動は神経筋機構によって巧みにコントロールされている。咀嚼筋には、筋紡錘とゴルジ腱受容体があり、筋紡錘は筋の伸張反射に関与し、ゴルジ腱受容体は閉口緊張の反射的調整に関係している。
すべての顎運動において、各々の咀嚼筋が単独で働くことはなく、咀嚼筋群の協調作用によって機能する。そのメカニズムは複雑で、筋の走行や起始停止を理解しただけでは不十分であり、神経筋系の生理学的な解明がなされない限り、咀嚼筋相互の正しい役割りを述べることは困難といえよう。