専門情報検索 お試し版

咀嚼周期

【読み】
そしゃくしゅうき
【英語】
Chewing cycle
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
⇒チューイング・サイクル 
咀嚼運動中の下顎の全運動経路。咀嚼周期または咀嚼サイクルと訳されている。咀嚼運動路ともいう。その経路や所要時間には個人差があり、咀嚼する食品の性状によっても異なる。GPT-6では、咀嚼サイクルmasticatory cycleと呼称が変わり、食物の咀嚼中に生ずる下顎運動の3次元表示と定義されている。通常、切歯点の経路で表示される。切歯点によって前頭面に描かれる経路は、普通、やや作業側に片寄った上方に尖形の涙滴状の形態になる。食品が大きいときはチューイング・サイクルも大きくなり、1ストロークに要する時間も長い。食品が粉砕されて小さくなると、チューイング・サイクルは小さくなり、ストロークに要する時間も短くなる。同じストロークのうちでも開口運動の開始直後では、速度は速く、最大開口位に近づくと遅くなる。そして閉口運動に移行すると再び速くなる。Gillings(1973)は、有歯顎者の1回のサイクルに要する時間は、平均0.82秒と報告している。義歯装着者や咬合異常者のチューイング・サイクルは、不正形であったり、定型性に欠けることが多い。
チューイング・サイクルは下顎の機能運動を知るうえで重要な意味をもつため、古くから研究されてきた。1912年Zsigmondyはチューイング・サイクルを調べ、3相からなる咀嚼運動相を発表した。これは下顎が咀嚼運動を営むときに咬頭嵌合位から下方へやや作業側よりに開口し(第1相)、開口位から徐々に側方へ偏位し(第2相)、再び咬頭嵌合位へもどる(第3相)という、ほぼ三角形の運動経路である。その後Gysi(1929)は、Zsigmondyの第3相に相当する閉口路の終末付近で歯が接触滑走し、咬頭嵌合位へ移動するという、4相説を示した。中沢(1939)は、Gysiのいう第4相で咬頭嵌合位にもどった運動が、さらに反対側まで延長することがある、として5相説を打ち出した。Murphy(1965)は、正常なチューイング・サイクルを、準備相、食塊接触相、咀嚼相、歯の接触相、食物臼歯相、咬頭嵌合位の6相に分けている。これらの咀嚼運動相は、チューイング・サイクルの正常型として広く一般に認められている。
近年チューイング・サイクルの研究は、とくに機能的に意義のある咀嚼運動路の終末位近くが問題とされ、咀嚼運動時の上下顎歯の接触関係の有無や、空口時の側方滑走運動との関係などが調べられている。これらは臨床的に外傷性咬合、歯周疾患、顎関節症などと密接な関係をもち、下顎運動が咬合面に及ぼす影響を調べるうえで重要な意義をもっている。
1953年、Jankelsonは、X線を利用して咀嚼運動と咬合面接触との関係を調べ、咀嚼時に上下顎歯は接触しないという見解を発表した。古川(1946)、辛島ら(1960)も咀嚼時の歯の滑走の存在に疑問を投げかけている。これに対し、藍(1962)、Graf、Zander(1963)、石川(1967)、Glickman(1969)らは、反対の立場をとっている。このように咀嚼運動中の歯の接触の有無についてはさまざまな論争が展開されているが、現在では咀嚼運動中の歯の接触を認める意見が支配的である。とくに藍は、咀嚼運動の閉口路の終末では、空口時の側方滑走運動路の一部に類似した運動経路をとることを示し、咀嚼運動の終末が歯の咬頭斜面によってガイドされる、と結論している。このことは下顎の機能運動に咬合面の果たす役割りが大きいことを示唆している。
チューイング・サイクルは咀嚼する食物の種類により異なったものとなる。柔らかくてガムのような粘りのあるものを噛むときはチューイング・サイクルの様相が異なり、個人によって通常のパターンを示すタイプと、咬頭嵌合位から第・相に入る前にいったん歯の接触滑走をともなう反対側への偏位(第・相)を示し、その後に第・相にもどるタイプとに分かれる(小林 1991)。前者のタイプをチョッピング・タイプ、後者をグラインディング・タイプという。
小林ら(志賀ら 1987、Shigaら 1988、小林 1991)は、咀嚼運動自動分析システムを用いてチューイング・サイクルと咬合様式の関連を調べ、側方運動時の咬合型が明らかに犬歯誘導である被験者群とグループ・ファンクションである被験者群を比較し、咀嚼経路(サイクル)、咀嚼リズム、筋活動のいずれの観点からも犬歯誘導群のほうがグループ・ファンクション群よりも安定している、と結論している。