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ツインステージ法

【読み】
ついんすてーじほう
【英語】
Twin-Stage procedure
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
偏心運動時の臼歯離開咬合を主眼とする新補綴臨床術式。1995年、保母、高山により開発された。最新の実験的および理論的解析結果に基づき、咬合器上でそれぞれに2組の調節値を用い、臼歯部のワクシングと前歯部のワクシングを2段階で行なうだけで、顆路を測定せずに標準量の臼歯離開を発現させることを特長としている。
【基本コンセプト】
オクルーザル・リコンストラクションの術式は、中心位と咬頭嵌合位を一致させる作業(ポイント・セントリックの再現)と偏心運動時の臼歯離開咬合の付与とによって構成されている。そのうち、臼歯離開については、従来パントグラフと全調節性咬合器を用い生体の顆路を咬合器上に精密に再現することによって達成できるとされてきたが、その実効性ある実現は非常に困難であった。
一方、最近の電子的計測と運動学的解析により、臼歯離開の要因は顆路、切歯路、咬頭傾斜の3つからなることがわかった。そのうち従来生体に固有で一定不変とされてきた顆路には往路と帰路の相違などによるぶれがあり、臼歯離開への影響力も切歯路や咬頭傾斜に比べ約3分の1と比較的わずかなことが明らかになった。したがって第1の要因である顆路は従来、咬合の基準として重視され、パントグラフにより計測され、全調節性咬合器に再現されてきたが、これにより臼歯離開咬合(ミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョン)を実現しようという努力に実効が得られなかったのは当然であったといえる。第2の要因である切歯路も最近の電子的計測データによると、個体間のバラツキが大きく咬合の基準とはなりえない。第3の要因である咬頭傾斜については従来補綴臨床ではほとんど検討がなされなかった。しかし解剖的に咬頭形態を計測したデータ(関川ら 1983、Kanazawaら 1984)によると、非常にバラツキが少なく、ぶれのある顆路やバラツキのある切歯路に比べ約4倍の信頼度があることがわかった。以上を勘案し、補綴臨床において新しい咬合の基準とすべきなのは顆路や切歯路ではなく、発生学的観点からみてもバラツキが少ない咬頭傾斜角の標準値である、と結論した。
【ツインステージ法の要点】
ツインステージ法の臨床術式は、咬頭傾斜角の基準値をもとに咬合器を下顎運動の再現装置としてではなくシミュレータ(模擬装置)として用いることを特長としている。第1ステップでは咬合器を“条件1”に調節して臼歯部の咬頭形態をワクシングすることにより基準値の咬頭傾斜角を付与し、第2ステップでは咬合器を“条件2”に調節して前歯誘導を付与することによって標準的な臼歯離開量を発現させる2段階方式をとるところからこの名称がある。
臼歯咬頭傾斜の付与
1)“条件1”の調節値として、矢状顆路傾斜角度を25度、水平側方顆路角(ベネット角)を15度に調節する。また金属製切歯指導板の矢状傾斜角度を25度、側翼角を10度に調節する。ツインホビー咬合器ではこれらの数値は赤マークで印されている。
2)あらかじめ上顎作業模型の前歯部を可徹構造につくっておき、これを撤去して前歯誘導“なし”の状態とする。
3)偏心運動中に上下顎の臼歯が均一に接触滑走するように、臼歯部をワクシングし、バランスド・オクルージョンの咬合様式を模擬する。これにより標準値の咬頭傾斜角を備えた咬合面が得られる。
前歯誘導の付与
1)“条件2”の調節値として、矢状顆路傾斜度を40度、ベネット角をそのまま15度に調節する。金属製樋状切歯指導板の矢状傾斜度を45度に、側翼角を20度に調節する。ツインホビー咬合器ではこれらの数値は青マークで印されている。
2)作業模型に前歯部を装着して、前歯誘導“あり”の状態とする。
3)前方運動では上下顎切歯が、側方運動では作業側上下顎犬歯が、それぞれ接触滑走するように上顎前歯の口蓋面をワクシングする。これにより理想的な前歯誘導と標準量の臼歯離開が得られる。ちなみにツインステージ法における臼歯離開量の標準値は、前方運動で1.0mm、側方運動の非作業側で1.0mm、作業側で0.5mmである。
【臨床評価テスト結果】
条件1により咬合器上で臼歯部歯列をワクシングして臼歯の咬頭形態を付与した後、条件2に咬合器を調節したときに発現する臼歯離開量をリーフゲージを用いて測定するin vitro testを行なった。その結果、リーフ・ゲージ1枚の厚さ(0.1mm)以下の許容誤差範囲内で標準的な臼歯離開量が発現することがわかった。さらに咬合器上で製作した補綴物を患者の口腔内に装着し、口腔内で発現する臼歯離開量をリーフ・ゲージで測定し、咬合器上で発現した臼歯離開量と比較するin vivo testを行なったところ、両者はふたたびリーフ・ゲージ1枚の厚さ(0.1mm)の許容誤差範囲内でほぼ完全に合致した。
GysiやMcCollumの時代には顆路の計測装置としては描記用フェイスボウや機械式パントグラフしかなかったので、下顎運動と咬合の関連を科学的に把握するまでに至らず、実効性のある臨床術式に結びつけられなかったのはやむをえなかったと考えられる。ちなみにGysiが軸学説に用いたトレーシング法を利用した場合、条件1と2の調節値を得るためには3000~4000枚のトレーシングが必要であり、人間の限界を越える作業が要求される。今日ではコンピュータ・エレクトロニクスの発達により3次元6自由度計測の可能な電子的下顎運動計測装置が開発され、さらに物理学に基づく下顎運動の理論式(数学モデル)が導き出され、偏心運動時の咬合の態様を解明する数学的ツールが整備された。そのため研究の精度が飛躍的に向上したのは当然のなりゆきといえる。こうして、顆路を測定することなしに咬頭傾斜角で代表される天然歯の咬頭形態を咬合の基準とするツインステージ法が開発された。この臨床術式の実効性は臨床評価テストにより確認されており、しかも日常臨床の場で容易に実行可能であるという点で画期的である。
【考察】
従来パントグラフと全調節性咬合器を用い可及的に咬合再現の精度を高めたつもりでも、咬合器上で歯冠補綴物を製作した後、これを口腔内に移した場合、完全に機能しないというのが通念であった。しかしツインステージ法を用いた場合の咬合器上と口腔内を比較した評価ではきわめて良好な結果が得られている。
ツインステージ法では、顆路の計測を一切行なわないにもかかわらず、口腔内で所期の臼歯離開量を付与できる。顆路の臼歯離開量への影響は従来考えられていたよりもはるかに小さいことがわかったが、咬合器上に設定した調節値と生体上の顆路は異なるはずなので、その相違が咬合器上と口腔内の臼歯離開量の相違となって表れるのではないかと考えられる。それにもかかわらず臨床評価テストで両者の間に顕著な相違が認められないということは、顆路の臼歯離開量への影響が小さいというよりも、上記のテストに関する限りその影響がほとんどなく、顆路は咬合器上に設定した値に制御されたと考えるのが妥当であろう。
顆路には往路と帰路の相違で象徴されるぶれがあることが明らかにされている。また作業側顆路の矢状面内偏位が側方切歯路(ニュートラル・ライン)によりガイドされ、ベネット運動とイミディエイト・サイドシフトがともに制御される可能性も示唆されている。これらの新知見はすべて顎関節内に存在する軟組織構造に由来する緩みに結びつけることにより説明できる。このことは下顎三角の後方2頂点の位置がある範囲内でフレキシブルなことを意味している。
下顎三角の代わりに前歯誘導面内に下顎をガイドする小さな三角が存在したとしよう。偏心運動中に接触滑走する前歯部に三角を形成する3つの接触点があれば、臼歯は偏心運動中に離開するため前歯部の三角の各頂点の運動路によって下顎運動が制御される可能性がある。その結果として顆路も影響されるのではないかと考えられる。
もしそうであるならば、顎関節の軟組織構造の許容範囲においてのことであるが、評価テストでは“条件1”により咬合器を標準的な顆路の値(40度)に調節して前歯誘導を構築しているので、それを口腔内に挿入すれば、患者の顆路はガイドされて咬合器の調節値の近傍(約40度)に落ちつき、その結果、0.1mmの精度で臼歯離開が発現するということは十分考えられる。咬合器上と口腔内における臼歯離開量の比較結果が非常によく一致するということは、この考察の妥当性を示唆しているように思われる。結論として、臨床評価テストにおいて咬合器上in vitroと口腔内in vivoの結果がよく一致したことは、ツインステージ法の信頼度が予想以上に高いことを示している。
前歯誘導により顆路を制御できるという実験的事実は、咬合を変えると顆路がタイムラグをともなうことなく“瞬時(リアルタイム)に”変わることを意味している。いい変えると、顆路が原因で咬合が結果ではなく、“咬合が原因で顆路は結果”と考えるべきであろう。これは咬合が不良であれば顆路がそれに反応して不良になることを意味しており、その結果がベネット運動の矢状面内偏位やイミディエイト・サイドシフトの発現といった好ましからざる結果を招くと思われる。
したがって、現在患者に発現している顆路は、現在患者が備えている咬合状態によりもたらされたものであり、もしその咬合状態が不良な場合は顆路を精密に咬合器上に再現しても、それによってつくり出されるのは不良な咬合状態でしかないことになる。このように考えていくと、補綴物を製作するときは患者の顆路をいったんクリアし、万人に共通する新しい基準に従って咬合器の運動を調節し、補綴物の咬合を構築することが重要である。そして咬合器を調節する際に、仮の姿ともいえる患者の現状の顆路を反映させるべきではないということになる。
ヒトの理想咬合像は、臼歯離開咬合としてすでに確立された通念となっている。ツインステージ法を用い、咬合器の顆路と切歯指導板を理想的な状態に調節したとしよう。その咬合器上で咬合を付与すれば、理想的な臼歯離開咬合を備えた補綴物ができあがる。そしてそれを患者の口腔内に装着すれば、顆路に無理を生じないから顆路は理想的に制御され、顎口腔系は生理的な状態に保持されるはずである。
【咬合器の調節値の補正‐水平基準面の異なる場合】
ツインステージ法における咬合器の調節値(条件1、2)は、アキシス平面を基準とした値である。ちなみにアキシス平面とは、トランスバース・ホリゾンタルアキシスと上顎右切歯端から眼窩下縁中点に向かい43mmの点を含む水平基準面をいう。咬合学に関する文献には種々な水平基準面が用いられており、咬合器のマニュアルにもメーカーにより異なる水平基準面が指定されている。従来それらの水平基準面間の関係は明確にされていなかった。しかし基準とする水平基準面が異なると、たとえば生体上の矢状顆路傾斜度や矢状切歯顆路傾斜度の文献データをそのまま比較することはできないし、異なる咬合器上で得られた標準的な矢状顆路傾斜度や切歯指導板の矢状傾斜度の調節値を他の咬合器に適用することもできない。上條(1966)がまとめた日本人の解剖学的データを用い、各種の水平基準面の定義に基づいた作図的解析により、6つの水平基準面のフランクフルト平面に対する傾きを算出した。この結果を用いると、基準とした水平基準面の異なるデータ間の補正が可能になる(高山、保母1993)。
歯科医学でよく用いられる水平基準面としてフランクフルト平面、アキシス・オービタル平面、カンペル平面、軸鼻翼平面の5つを選び、それらを基準とした咬合器にツインステージ法を適用する場合の補正値は表に示すとおりである。なお小数点以下は四捨五入した。ちなみに、前頭面上では水平基準面は常に正中面と直交している。そのため、前頭面投影上における傾斜角度値に対する水平基準面の傾きの影響は非常にわずかで、その誤差は傾き角度が5度のとき0.4%、10度のとき1.5%、20度のとき6.0%にすぎない。したがって、前頭切歯路傾斜度の計測値やツインステージ法における切歯指導板の側翼角調節値は異なる水平基準面を基準とした場合にも補正する必要がない。
→水平基準面