電子的下顎運動計測装置
- 【読み】
- でんしてきかがくうんどうけいそくそうち
- 【英語】
- Electronic measuring apparatus of the mandibular movement
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 電子工学技術を用いて、下顎運動を計測する装置。従来から使われてきたチェックバイト法、機械式パントグラフ法、マルチフラッシュ法、ストロボ法、X線写真法、X線映画法などに比べ計測精度が優れ、また筋電図などと同時記録できるため、最近とくに注目されている。上顎歯列に対する下顎歯列のあらゆる位置における測定点(標点)の運動軌跡を記録でき、とくに通常の測定では困難とされてきた習慣運動を計測する能力をもっている。測定点の変位を電気信号に変換するセンサ(感知素子)の種類により分類され、種類によりその消長に差があるが、開発年代順にあげると次のようになる。
【コンデンサ法】
これは下顎に取りつけられた測定点の動きを3平面の運動に分解したあと、各平面上の運動をコンデンサの容量変化に変換して電子的に計測する方法である。三浦らによって1956年に開発された。しかし、補綴学的に応用するにはやや不備な点があったため、大石(1962)によってアーム型の下顎運動分解器に改良された。運動範囲10mm以内では、0.1mm以下の精度をもつといわれる。根本(1962)は、この下顎運動分解器を用いて、有歯顎および無歯顎の下顎切歯点における運動範囲菱形柱の精密な3次元計測を行なった。また藍(1962)は、この装置を用いて咀嚼運動の解析を行ない、多くの成果をあげている。川口(1968)はこの装置のトランスデューサを差動変圧器に変えてさらに計測精度を高め、測定範囲±4mmで0.05mm以下の精度をもつ計測装置をつくった。川口はこの装置を用い、習慣的閉口運動や嚥下時の咀嚼運動を研究している。コンデンサ法は優れた精度をもっているが、装置全体が大型となり、また上下顎歯列に副木様のクラッチを装着しなければならないため、測定用の金属桿が口腔外に突き出し、咀嚼や嚥下などの自然な運動が妨げられる欠点がある。また上顎部が動揺すると計測精度が低下するといった欠点も指摘されている。
【光電素子法】
これは下顎上に設定した測定点に点光源を取りつけ、その動きを上顎に取りつけた光電素子で検出する方法である。この方法は三谷ら(1961)によってはじめて採用された。三谷らはフォト・トランジスタにより光量変化を検出して電気信号に変換する方法を用いたが、頭部の固定が不要で、口腔内に特別な器具を挿入する必要がないといった利点を備えていたものの、下顎の運動量が大きくなると精度が劣り、暗室内で操作する必要があり、またトランジスタが温度変化に鋭敏であるという欠点があった。
保母、高山(1982)は、3自由度で偏心運動中の顆路を3次元的に計測する臨床用下顎運動計測装置(サイバーホビー・コンピュータ・パントグラフ)を開発し、患者の前歯部に取りつけるセンサ機構にはじめてCCD光電素子を採用した。CCD光電素子charge coupled deviceは外部制御による自発性の走査機能をもった光電素子で、本装置では14mmの長さの一線上に1,024個の素子が配列された微細構造を有している。このコンピュータ・パントグラフは下顎に固定された測定点におかれた点光源に高輝度キセノン・ランプを用い、その発光を3本の光ファイバで三方向に放射し、それぞれに対向して上顎に固定されたセンサ部に配列された3本の1次元(線状)CCD光電素子で検出してくる。高輝度光源を用いているため暗室内計測の必要がなく、また走査受光方式のため温度変化の影響を受けずに信頼度の高い計測が可能になった。
ごく最近になって研究および診断用に3次元6自由度の計測能力をもつ電子的下顎運動計測装置が次々に開発され、市販が開始されている。そのうちの1つトライメットTrimetでは3台1組のリニアCCDカメラ(1次元光電素子)を被験者の左右に各1組配置しており、またナソヘキサグラフgnathohexagraphでは被験者から数メートル離れた測定台の上下に面状CCDカメラ(2次元光電素子)各1台を配置している。いずれも測定点としては複数のLED light emmiting diode(発光ダイオード)を用い、計測装置本体はコンピュータを内蔵してシステム化されている。光電素子法は、光の遠距離到達性を利用しているため、高輝度光源を用いればかなり離れた距離からの非接触計測が可能である。また光の直進性とCCD光電素子の等間隔微細配置構造を併用しているため、精度補正の必要なしに高線形性(高リニアリティ)かつ高信頼性の計測が可能である。ただし離れた位置からの計測を、上顎を固定することなく行なうには、上顎の動揺の影響をキャンセルするため、上顎にも下顎と同様のセンサ機構を取りつけてそこから得られるデータにより補正演算を行なわなければならない。
【磁気素子法】
これは患者の前歯部に取りつけた小型、軽量のマグネットまたは磁気コイルの動きによる磁界の変化を磁気感応素子で3方向からとらえて3次元的に計測する方法である。代表的な装置にJankelson(1975)により開発されたマンディブラ・キネジオグラフ(MKG)がある。他の電子的下顎運動計測装置が大型で、実験用または研究用としての性格を帯びているのに対し、マンディブラ・キネジオグラフは臨床的に簡単に使用できるようにコンパクトにまとめられている。切歯点の動きを計測して、患者の咀嚼運動のパターン(チューイング・サイクル)や下顎運動の異常を発見するために用いられる。切歯点の運動の計測のみを行ない3次元6自由度の計測をすることはできないが、最近マンディブラ・キネジオグラフは筋電計electromyographと合体され、コンピュータ診断機能を強化したK-6Iダイアグノスティック・システムとして市販され広く臨床に用いられている。同種の装置にシロナソアナライザー、バイオパック・システムがある。標点に小型マグネットを用いるマンディブラ・キネジオグラフ方式は、口腔内にクラッチなどの大きな器具を挿入する必要がなく、咀嚼運動が容易に行なえるという利点がある。
この他、磁気素子法に属するものには中沢(1973)の下顎運動分解装置、坂東ら(1991)の磁界検出素子を使用した装置などがある。坂東らは上下顎用に6個の磁気コイルを組み合わせた1次コイル組み立てと3個の磁気コイルを組み合わせた2次コイルの組み立ての2組によって構成されたセンサ機構を用いた、口腔内6自由度顎運動測定器(FZ-K)を試作し、引き続きその性能向上と応用に関する研究を行なっている(坂東1995)。ちなみに坂東らはその計測方式を磁気位相空間方式と呼んでいるが、磁気位相空間という用語は電子工学用語にはないので、これはこの方式の固有名称と解すべきである。
磁気素子法は非接触計測が可能であるが、計測に利用する磁界が本質的に非線形性であるため、広い範囲の厳密な計測ではその補正を行なう必要があることが多い。また地磁気の影響を受けやすいため、その影響をキャンセルするために上顎に下顎と同様のセンサ機構を取りつけて、そこから得られるデータにより補正演算を行なわなければならない場合がある。
最近市販が開始された研究および診断用3次元6自由度の計測能力をもつ電子的下顎運動測定装置にMM-JI-E松風顎運動測定器がある。磁気素子法に属し、上下顎フェイスボウの左右に2組の磁気応用センサ(リニアエンコーダ)と2組の光センサ(ロータリエンコーダ)を配置している。磁気素子法でありながら機構上線形性(リニアリィティ)に優れ、センサ自体が地磁気の影響をまったく受けないという特長を有している。
【ストレイン・ゲージ法】
これは下顎運動によって、左右の外耳道前壁に加わる顆頭の圧力の変化を、ストレイン・ゲージで測定し、電気抵抗の変化を記録計に表示させる方法である。1975年に太田によって開発された。この方式は直接顆頭の動きをとらえることができるというユニークな特徴をもっている。従来の下顎運動計測装置の標点は主に前歯部におかれていたが、この装置では外耳道という解剖的に顎関節に近接したところに測定点がおかれている。そのため顎関節の機能異常の診断に効果を発揮するのではないかと期待された。しかし外耳道から顆頭の圧力変化を触知するときに、靱帯などが介在するため圧力が正しく伝わるか疑問であり、また顆頭が前方に移動して外耳道前壁から遠ざかった場合に、圧力がとらえにくいことなど、問題が残されている。これに似た形式をもつものにBrenman(1968)の外耳道の容積変化から顆頭の運動を測定する装置がある。
【導電性被膜板法】
導電性被膜板は方形で、表面が導電性の被膜で覆われ、各辺に多数の電極を配置した構成になっている。保母、望月(1982、Hobo、Mochizuki 1983)は、導電性被膜板3枚をコの字型に組み立てた上顎センサと3本の弾筆をT字型に組み立てた下顎センサからなるセンサ機構をコンピュータと連結した3次元6自由度の研究用電子的下顎運動計測装置を開発した。患者の前歯部の前面に取りつけたセンサ機構から偏心運動中に出力される各導電性被膜板上の弾筆の2次元的位置データ(計6自由度)がコンピュータ内でデータ処理される。この計測システムを用いて、保母(1982)は上下顎歯非接触滑走中の平均作業側顆路がトランスバース・ホリゾンタルアキシス上をまっすぐ外側方に向かうことを見い出し、ベネット運動に関する新しい知見を得た。また同じ装置を用いて保母、高山(1995)は、レジン製の人工前歯誘導により作業側顆路を制御する実験を行ない、前歯誘導により作業側顆路を制御できることを確認するとともに、顆路には往路と帰路の相違によるぶれがあるという新しい知見を得た。
Slavicekら(1987)は、Mack(1981)が開発したメカニカル・アキシオグラフの上顎フレームの左右のサイドアームに取りつけた矢状面描記板を導電性被膜板と交換し、下顎フレームの左右のサイドアームに取りつけられたスタイラス(弾筆)を1本から2本に増やした。そして左右の矢状描記板上を接触滑走する各2本のスタイラスの2次元的位置と各スタイラスが出入する動きを電子的に検出する機構を備え、3次元6自由度の下顎運動計測を可能にした。Slavicekらは、このように改造したメカニカル・アキシオグラフと新たに開発したコンピュータ・ソフト(CADIAX)を統合することにより、コンピュータ・アキシオグラフを開発している。さらに順次誘導咬合を中核コンセプトとしてコンピュータ・アキシオグラフとSAM咬合器を組み合わせることにより、オーストリアン・ナソロジーの補綴術式が構築されている。保母らの研究用電子的下顎運動計測装置とコンピュータ・アキシオグラフとでは導電性被膜板の配置箇所が、前者では前歯部の前面、後者では顎関節部の左右側面と異なっているが、3次元6自由度の計測は測定点の位置にかかわりなく可能なので、両者は導電性被膜板をセンサ機構に用いるという点で共通している。
ここにあげた電子的下顎運動計測装置は、いずれも下顎運動の正確な計測を目的としたものであるが、Messerman(1967)が開発した下顎運動再現装置は文字どおり患者に下顎運動を行なわせながら、リアルタイムに再現装置上で模型に下顎運動を再現させるシステムであった。この発想を延長すると、患者に下顎運動を行なわせながらリアルタイムに咬合器を動かし、咬合の診断を行なったり補綴物の製作を行なうといったCAD/CAMシステムのイメージが浮かぶがそのようなシステムはいまだ実現していない。