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トランスレイション

【読み】
とらんすれいしょん
【英語】
Translation
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
3次元空間内における剛体の運動の平行移動成分を表す運動学用語、並進ともいう。物理学の中の力学には物体の運動を対象とした運動学という分野があり、その基本定理のひとつに“3次元空間内における剛体のいかなる運動も、その剛体上に定めた任意の1点の3次元変位とその点を回転中心とした3次元回転(計6自由度)で表すことができる(オイラEulerの定理)”と述べられている。この定理をいい変えると、“3次元空間内における剛体のいかなる運動も、その剛体上に定めた任意の1点の3次元変位ベクトルとその点を回転中心とした3次元回転ベクトルで表される”となる。ここで回転ベクトルを除外して考えると、剛体上の1点の変位ベクトルはそのまま剛体(全体)の平行移動に他ならないから、上記の定理は“3次元空間内における剛体のいかなる運動も、3次元平行移動成分と3次元回転成分で構成される”と単純にいい変えることができる。ただしこの場合、平行移動ベクトルは回転中心の変位ベクトルに等しい。運動学におけるトランスレイションは上述の意味における平行移動成分をいう。通常下顎は純粋な平行移動を行なわないので、本事典でただ単に平行移動というときは、平行移動成分を意味するものとする。
GPT-6ではtranslationを、“剛体上の任意の2点を通る直線が運動の出発点における位置と常に平行であるような剛体の運動。滑走運動sliding or gliding motionと記述してもよい”、と定義している。この定義の前文は平行移動を意味しているが、上述のように通常下顎は純粋な平行移動を行なわないので、十分な記述とはいえない。滑走運動の用語については後述するが、上記の定義によるとGPT-6では滑走運動を平行移動と同義語あつかいしていることになる。
河野(1968)は、下顎の矢状面内境界運動に対応して顆頭部の特定点が上下的に約0.7mmの帯状の範囲に限局されるループ状の運動軌跡を描くことを見い出し、左右の顆頭上に現われるこの特定点を結ぶ軸を全運動軸と名づけた。この発見に基づき石原(1972)はその著「臨床家のためのオクルージョン」のなかではじめて“下顎がある点を中心としたtranslationとrotationからなり立っている”という表現を用いた。河野の発見は矢状面内の2次元運動についてのものなので、上述した運動学の基本定理を2次元に書き直すと、“2次元平面内の剛体のいかなる運動もその剛体上に定めた任意の1点の2次元変位とその点を回転中心とした1次元回転で表すことができる”となる。石原の記述はこの基本定理にほぼ対応している。
しかし河野の発見の大きな特徴は、基本定理の“任意点”の中から下顎運動特有の“特定点(3次元的には特定軸)”を選んだ結果、その特定点の運動軌跡が下顎窩に対し円板とともに“滑走”する顆頭の運動を反映している点にある。それによって、石原の記述と運動学の定理の合致にみられるように矢状面内の下顎運動の合理的な記述が可能になるとともに、ぶれの問題を別にすれば現存する咬合器の基本設計の妥当性を裏づけるという成果も得られた。ちなみに保母(保母 1982、Hobo 83、84、84)により前頭面内および水平面内で下顎の側方運動に対応して発見された運動学的顆頭中心は、同様の観点から全運動軸の3次元への拡張といえる。保母、高山(1995)は、運動学的顆頭中心を通る“側方旋回軸”を提案し、全運動軸と合わせ側方運動における2つの特定軸を定義している。
トランスレイションは平行移動の他に移動または滑走と訳されている。GPT-6でtranslationをsliding motionと同義語あつかいしていることは上述した。顆頭の運動を下顎窩に対し円板とともに滑走すると表現するのは妥当であろう。しかしそれだけのために下顎全体の平行移動成分を滑走運動と表現するのは誤解を招きやすいと考えられる。一方下顎の前方運動や側方運動を上下顎歯を接触滑走させながら計測することが多い。ここでいう接触滑走はいわば計測条件であるが、GPT-6の定義内容や上下顎クラッチを用いた滑走などとの混同による誤解を避けるため、本事典では省略用語としての前方滑走運動と側方滑走運動に限定し、独立用語としての滑走運動は使用をできるだけ控えることとした。
→平行移動と回転