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発音

【読み】
はつおん
【英語】
Phonation
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
肺から送り出された空気によって声帯が振動し、口腔、鼻腔にある共鳴器が働いて音声を発すること。発音のうち、声門より上部の諸器官の働きによって語音を形成することを構音と呼ぶ。音声学などでは調音という。構音障害とは話し言葉の特定の語音について習慣的に誤って発音することをいう。語音を置換したり、省略したり、ひずんだりするもので、器質的異常による構音障害と、器質的異常が認められず構音の技術が未発達なことが原因の機能的構音障害がある。音声は咽頭や口腔、鼻腔などの器官を通って外へ出るとき、口唇や舌、歯などによって目的とする語音を形成する。発音に関与する器官は調音点と調音体に分けられる。調音点は、咽頭、喉頭、口蓋、歯肉、歯、上唇など発音時にその形態をほとんど変えることのできないものをいう。調音体は、声帯、口蓋垂、舌、下口唇などをいい、発音時にその形態を変えるものをいう。発音に関与する器官のうち、共鳴に関係する部分を付属管腔といい、咽頭、口腔、鼻腔がこれに相当する。音声が言語として形成され、表現されるためには2つの大切な生理学的過程を経る。その1つは他人の言葉を受容し理解することであり、もう1つはそれに対して言語を形成し言葉として表現することである(河村 1966)。前者は、聴覚性言語中枢で言語として理解される過程である。後者は、大脳の各下位運動ニューロンに伝達する過程で、これには運動性言語中枢が関係しているが、小脳や迷路あるいは筋からの求心性インパルスによっても調節を受ける。
舌と口蓋の調音状態を知る方法として、パラトグラム(口蓋図)がある。これらは、口蓋あるいは舌に墨汁やタルク末を塗布し、発音時の口蓋と舌の接触部位を知る方法がある。また、パラトグラムを電気的に連続した記録として計測できるダイナミック・パラトグラフィーがある。これは測定用の人工口蓋床に電極を取りつけ、これを口腔外におかれた増幅器に接続し、舌が電極と接触する状態をレコーダーに記録するものである。この他、音声の性状を調べる方法として声音スペクトルによる分析法、語音明瞭度試検法などがある。歯科補綴と発音障害は、とくに前歯部の欠損の補綴や義歯装着時に問題となる。
言語音には声をともなう有声音と声をともなわない無声音がある。また、音声は母音と子音に区別される。母音は発音するときに付属管腔をはじめから終わりまで解放して、呼気流の口腔内通過を妨げないようにしたときに出される語音である。子音は呼気流が舌や歯、口唇によってさまざまに変化を受けたときに生ずる語音である。単独の母音の調音時には、下顎は舌、口蓋、口唇などにより協調して母音に固有な調音活動を行なう。母音は従来、補綴学的意義が少ないとされてきたが、関根(1959)は、母音の音色を主として規定する調音時の口腔容積と下顎位との間には密接な相関関係があり、また、適正な母音の調音には、舌、口蓋および口唇などの調音運動に対して、下顎は協調的な調音運動を必要とする、として母音の調音時の下顎の位置や運動の補綴学的意義を認めている。母音のうち、[a]がもっとも開口量が大きく、ついで[o]、[e]、[i]、[w]の順に開口量が小さくなる。なお、上顎義歯の後縁の決定の際、母音[a]を連続して発声させ、硬口蓋の動かない部分と可動性の軟口蓋の部分の境界線(Ah-line)をみつけ、この線を基準として義歯の後縁を決定する。母音をパラトグラムでみると、母音の発声時に舌が口蓋に接するのは[i]と[e]だけで、[a]、[w]、[o]は接触しない(森田 1967)。
子音は声帯の振動をともなう有声子音と、これをともなわない無声子音に分けられる。また、その調音する部位によって両唇音、唇歯音、歯音、歯茎音、口蓋音および声門音に分けられ、調音方法によって破裂音、摩擦音、破壊音、通鼻音および弾音に分類される(覚道1976)。両唇音は上下の口唇によってつくられる語音で[p]、[b]、[m]、[f]、[w]がある。このうち、[p]と[b]は破裂音であり、[m]は通鼻音、[f]と[w]は摩擦音である。これらは調音の主体をなすものが口唇であるため、子音のなかでもっとも下顎運動の影響を受けにくいといわれている(関根 1959)。しかし、口唇の位置は前歯によって影響を受けるため、前歯の前後的な位置および咬合高径の適否がこれらの発音に影響する。また、[m]の発音時は安静位に近いといわれている(山懸 1976)。唇歯音は下口唇と歯との間で調音され、[f]と[v]がある。[f]の有声音が[v]である。これらは標準日本語にはない。この子音の発音には、上顎前歯が主に関与するため、補綴学的に重要な子音とされている。Pound(1966)は、[f]の発音位によって上顎前歯の前後的、上下的な位置を上顎前歯排列の基準として用いている。しかし、上顎前歯の排列は審美的な調和を必要とするため、発音だけでは求めることができない。歯音は上下顎の前歯によって調音される語音で[s]、[z]、[ts]、[dz]がある。これらのうち、[s]発音位は、従来から補綴学的意義が大きいとされ、咬合採得や蝋義歯試適などに利用されてきた。
歯音のうちで、とくに[s]の発音時の下顎位は安定性があるとされ、この発音位を利用して咬合採得をする方法が数多く紹介されている。Silvermanは、[s]発音時に上下顎はもっとも近づき、このとき示される上下顎の間隙をクローゼスト・スピーキング・スペース(closest speaking space )と呼んでいる。またPoundは、[s]発音時に下顎の切端はもっとも上方で、もっとも前方に位置し、このとき下顎の前歯の切端は、上顎前歯のわずか舌側で下方におかれ、そこに約1mmの垂直的および水平的な空隙が現われることをみつけた。そして、この発音位を利用して、総義歯の下顎前歯の位置を決める方法を開発している。
→構音