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半調節性咬合器

【読み】
はんちょうせつせいこうごうき
【英語】
Semi-adjustable articulator
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
前方顆路と非作業側顆路の調節機構をもち、それらの顆路を直線で再現する咬合器。解剖的咬合器を調節機構によって分類するときの名称で、全調節性咬合器、非調節性咬合器などの用語とともに用いられる。GPT-6では、すべてのまたは一部の下顎運動の平均値または機械的同等値(計測値)を用いて顆路を模倣する器具、また歯列模型を両顎関節に対し位置づけることができる器具と定義され、ClassIII咬合器に分類されている。
【歴史】
最初の半調節性咬合器は、Walker(1896)によって開発されたフィオロジカル咬合器で、矢状顆路傾斜度の調節機構を備えていた。1908年、Gysiは矢状顆路傾斜度と矢状切歯路傾斜度を調節できるアダプタブル咬合器とウィッププンクト咬合器を開発し、これが本格的な半調節性咬合器の先駆となった。1914年、SchroderとRumpelは、顆頭間距離調節機構を備えたシュレーダー・ランペル咬合器を開発した。またWadsworthも1919年、顆頭間距離の調節機構を備えた咬合器を開発している。1921年、Hanauは、有名なモデルH咬合器を開発した。この咬合器は以後、スロット型顆路をもつコンダイラー型の半調節性咬合器の原型となり、1944年、モデルH咬合器を母体としたデンタータス咬合器が開発されている。Hanauはまた1923年、モデルH咬合器に顆頭間距離の調節機構を取りつけたハノー・キノスコープ咬合器を発表している。これまでの咬合器が非作業側と作業側の顆路を同じ顆路指導部で再現したのに対し、この咬合器では非作業側の顆路指導を咬合器の中央に分離させた2軸性機構を備えている。この機構は、のちに誕生する全調節性咬合器の不可欠の要素となった。
1927年、Gysiは矢状顆路傾斜度、水平側方顆路角、矢状切歯路傾斜度および水平側方切歯路角が調節できるトゥルーバイト咬合器を開発した。この咬合器は当時としてはもっとも調節性が優れ、半調節性咬合器の傑作のひとつに数えられている。1965年、Stuartは近代的なボックス型顆路をもつウィップミックス咬合器を開発した。アルコン型で操作性が優れているため、有歯顎用の半調節性咬合器として今日も広く使用されている。1973年、Guichetと保母は時を同じくして、イミディエイト・サイドシフトの調節機構をもつデナー・マークII咬合器とオクルーゾマチック咬合器とを開発した。1981年、保母は矢状顆路傾斜度、プログレッシブ・サイドシフトおよびイミディエイト・サイドシフトの調節機構を備えた半調節性咬合器、パナホビー咬合器をわが国に広く普及した。
現在市販されている半調節性咬合器には、パナホビー咬合器、デンタータス咬合器、デンタータスARP咬合器、ハノーH 2-O咬合器、ハノー・ワイドビュー咬合器、デナー・マークII咬合器、ウィップミックス咬合器、プロアーチII咬合器、パナデント咬合器、モジュラー咬合器、LL-85咬合器、モービルスペイシー咬合器、ハンディII咬合器、マルチキュレータ咬合器などがある。
【特徴】
現在市販されている半調節性咬合器の特徴を列挙すると、
1)チェックバイトにより咬合器の運動量が調節される。
2)顆路が直線によって再現される。
3)フェイスボウ・トランスファができ、器種によってはターミナル・ヒンジアキシスのトランスファが行なえる。
4)矢状顆路傾斜度、水平側方顆路角(ベネット角)、矢状切歯路傾斜度、前頭側方切歯路傾斜度がそれぞれ調節できる。そして、器種によってはイミディエイト・サイドシフトとプログレッシブ・サイドシフトの調節機構を備えている。
5)作業側顆路は特定の方向に向き、調節性をもたない。
6)一般に顆路間距離の調節機構はもたない。
【構造】
半調節性咬合器はその構造により、コンダイラー型とアルコン型とに分類される。コンダイラー型とは、下顎フレームに顆路指導部を備え、顆頭球(コンダイル)を上顎フレームに有するものをいい、デンタータス咬合器、ハノーH2-O咬合器などがこれに属する。アルコン型とは、上顎フレームに顆路指導部を有し、下顎フレームに顆頭球を備えたものをいい、生体の顎関節と同じような構造をもっている。今日の近代的な有歯顎用の半調節性咬合器はすべてこの形式に統一されている。理論的には、両者の再現性にはほとんど差がないといわれている(長谷川 1971)、がこれは垂直顎間距離が変化しない場合のことである。アルコン型咬合器のハウジングは上顎に固定されているので、上顎模型に対する咬合平面と矢状顆路傾斜度の関係は不変である。一方コンダイラー型咬合器の顆路は下顎に取りつけられているため、咬合器が開閉すると、それにともなって上顎模型に対する咬合平面と矢状顆路傾斜度の関係も変化する。下顎は開閉運動に関係するから、その下顎に顆路を固定すれば、矢状顆路傾斜度の関係は咬合器の開閉運動によって直接影響を受けることになる。しかしセントリックの保持に関しては、上顎フレームと下顎フレームが連結しているコンダイラー型咬合器が有利である。現在では、再現性に優れるアルコン型咬合器を有歯顎用に用い、セントリックの保持が確実なコンダイラー型咬合器を無歯顎用に用いるのが一般的な傾向である。
【矢状前方顆路の再現機構】
前方運動中の顆頭の運動経路の矢状面投影を矢状前方顆路という。半調節性咬合器の矢状前方顆路再現機構には、ボックス型とスロット型の2種類があり、矢状前方顆路は普通直線的に再現され、その傾斜度はハウジングまたはスロットを傾けることにより調節できるようになっている。しかし生体の矢状前方顆路は下に向かって凸の彎曲をもっている。Aull(1965)によると矢状前方顆路が直線を示したのはわずか8%で、残りの92%は彎曲形状を示しその円弧の直径の最小値は約10mm(34%)であった。従来ナソロジーでは、全調節性咬合器を用いこの彎曲を再現するのが理想とされ、プラスチック性のエミネンシアを何種類か用意してパントグラフ・トレーシングに合わせてさし変えたり、削合するといった努力がはらわれてきた。
最近の電子的研究においても矢状前方顆路が下に向かって凸の彎曲形状を示すという知見については変わりはないが、このような彎曲形状が顕著に現われるのは5~10mmの長さのトレーシングを描いたときで、われわれが計測するのは上下顎歯が対向関係にある中心位から2~3mmの範囲である。この長さでは顆路はほとんど直線状になる。このことは彎曲形状の円弧の直径が10mm(最小値)、孤の長さが3mmのとき、円弧状トレーシングとその直線近似との間に生じる誤差が±5度にすぎないことからもうなずけるであろう。したがって、咬合器の矢状前方顆路は直線的で十分であり、彎曲形状の必要はない。すなわち、この意味では全調節性咬合器を用いて顆路の彎曲形状を再現する必要はなく、直線的な顆路をもつ半調節性咬合器で十分である、という結論が得られた。
【非作業側顆路の再現機構】
側方運動中に非作業側の顆頭は前下内方に移動するが、このときの運動路を矢状面に投影したものを矢状側方顆路、水平面に投影したものを水平側方顆路と呼んでいる。
1)矢状側方顆路
半調節性咬合器では矢状側方顆路の調節機構は矢状前方顆路と同じ機構で共用させている。生体における矢状前方顆路と矢状側方顆路の傾斜度の差はフィッシャー角と呼ばれ、その平均は5度とされてきた。そのため全調節性咬合器では矢状前方顆路と矢状側方顆路は個別に調節できるようになっているが、半調節性咬合器では機構が同じにつくられているため、フィッシャー角の再現ができない。最近の電子的研究(中野 1976、西ら 1989、保母 1992)による矢状顆路傾斜度の計測データ間にみられる水平基準面の相違を補正して比較検討した結果、矢状顆路傾斜度は前方運動と側方運動のいずれにおいても平均約40度(アキシス平面基準)で、フィッシャー角の算術的平均値はほぼゼロ(-0.1度)であるという新しい知見が得られた。このような結末になった理由は、従来用いられていた機械式パントグラフによる測定では顆頭の外側におかれた描記板上でトレーシングが行なわれていたため、前方顆路よりも側方顆路のほうが経路が長く、傾斜も大きめに描かれる傾向があったためと考えられる。ちなみにアキシス平面とは、トランスバース・ホリゾンタルアキシスと上顎右切歯切端から眼窩下縁中点に向かい43mmの点を含む水平基準面をいう。
こうしてフィッシャー角の平均値は5度からゼロに修正されたので、平均的には前方運動と側方運動とで矢状顆路傾斜度を区別する必要がなくなった。ただし、個体ごとの計測結果においてはフィッシャー角はプラスかマイナスかの値を示すことが多く、その点でファジーな部分が残るが、1)フィッシャー角は矢状顆路の往路と帰路の差より小さく、かつ2)顆路の臼歯離開量への影響は非常に小さい、という2つの理由から咬合器の矢状顆路傾斜度に前方運動と側方運動の差を付与する必要はない、と考えられる。したがって、矢状側方顆路と矢状前方顆路を同じ機構で調節する半調節性咬合器で十分である、と結論された。
2)水平側方顆路
半調節性咬合器の水平側方顆路は水平側方顆路角(ベネット角)により調節される。ボックス型のベネット角はハウジングの内壁を内側へ傾斜させることにより調節し、スロット型ではコンダイラー・ポストを水平面内で回転させることにより調節する。スロット型のベネット角調節機構は、水平側方顆路と関連づけて定義することが難しいため、一般的ではない。ちなみに、ボックス型ではベネット角の調節機構が矢状顆路傾斜度の調節によりハウジングとともに傾くため、ベネット角の実角が水平面に投影された定義どおりの値と異なる値になることは注記に値する。
側方運動の開始直後に非作業側の顆頭がトランスバース・ホリゾンタルアキシス上を正中方向へ向かう部分をイミディエイト・サイドシフト、その後に作業側の顆頭の回転と外側移動につれて出現する前内方へ向かう部分をプログレッシブ・サイドシフトと呼ぶ。水平側方顆路が正中となす角はベネット角と呼ばれ、その平均はGysi(1929)により13.9度とされてきた。Lundeen(1973)が顆頭間距離220mmの位置に固定したプラスチック製のブロックにエアタービンで側方運動時の軌跡を掘りこませたところ、プログレッシブ・サイドシフト角はほとんど7.5度に一定し、イミディエイト・サイドシフトにだけ個人差が認められたと報告した。しかし保母(1982)が3次元6自由度の電子的下顎運動計測装置を用い顆頭中心(顆頭間距離110mm)、の運動軌跡を計測したところ、その平均値は12.8度となり、個人差が認められた。このように値が相違したのは、Lundeenの測定点が生体の解剖的顆頭中心から外側に離れた位置にあったため、定義値の約3分の2の値に計測された結果である。
水平側方顆路を咬合器上に再現する方法には次の3つがある。
(1)側方運動の回転中心は顆頭の後外側方にあり、水平側方顆路に立てた法線が、この回転中心を通過するように設定すればよいというGysiの軸学説に基づき、非作業側顆路が咬合面に及ぼす影響は軽微で、臨床的にはほとんど問題にならないから、水平側方顆路は平均的に与えれば十分であるという考え方。この説に従えば、ベネット角は平均値を用いればよいということになる。ちなみにGysi(1927)はトゥルーバイト咬合器のベネット・ディグリー・プレートを通常2.5目盛りに合わせるようすすめており、これによって再現されるベネット角は約15度になる。軸学説とはまったく関係ないが、Hanauが提案したL=H/8+12(L:ベネット角、H:矢状前方顆路傾斜度)という公式により、矢状前方顆路傾斜度からベネット角を算出する方法もこの分類に属し、ベネット角は15度前後に算出される。
(2)非作業側顆路が咬合面に与える影響は大であるから、可能な限り正確に咬合器上に再現しなければならないとする考え方。非作業側の咬頭干渉を避けるのが常識とされるようになって以来、有歯顎の理想的な補綴術式としては、この考え方がもっとも支持者が多い。顆路はパントグラフで計測され、全調節性咬合器上に再現することになる。このような考え方はMcCollumにより紹介されたが、彼はナソスコープ咬合器のベネット・ガイド・ウィングの内壁を顆路の彎曲に合わせて削合する方法を考案している。また再現性を高めるために、水平側方顆路の調節機構と作業側か路の調節機構を分離させた2軸性機構を採用している。その結果、作業側顆路の影響を受けることなく、イミディエイト・サイドシフトとプログレッシブ・サイドシフトが精密に調節できるようになった。
(3)チェックバイト法により水平側方顆路を再現する方法。上記2者の中間に位置する。代表的なのは上述したLundeenの知見に基づきプログレッシブ・サイドシフト角を7.5度に固定し、イミディエイト・サイドシフトで調節する方法(7.5度法)である。上述したようにこの7.5度は妥当な値ではなかったので、保母(保母ら 1984、Hobo 1986)は、プログレッシブ・サイドシフト角とイミディエイト・サイドシフトの間に弱いながら相関のあることを利用して、チェックバイト法により求めたベネット角から前2者を求める方法(IPB法)を提案している。再現方法による近似精度を比較するため、水平面上で水平側方顆路、中心位を通る矢状面および中心位から2mm離れた前頭面の3者によって囲まれる梯形の面積を算出して比較した。その結果、コンピュータ・パントグラフを用いて計測した真値を1としたとき、IPB法、7.5度法、ベネット角法による梯形面積の算出値はそれぞれ1.13、1.39、0.46となり、IPB法による再現精度がもっとも高いことがわかった(保母ら 1984)。
パントグラフ計測時のように上下顎歯列にクラッチを装着した上下顎歯の非接触条件下では、ベネット角の計測値は最大50度近くに達する(保母 1982)のに対し、上下顎歯を接触滑走させた場合では、ベネット角の計測値は最大24度にしかならない(中野 1976)。このようにベネット角は計測条件(クラッチか歯の接触か)により大きく異なるため、精密に計測しても歯の咬合が修正されれば変化する可能性がある。そのためこれを個々に計測しても期待するような効果が得られるか疑問である。上下顎接触滑走条件下のベネット角の平均値に標準偏差値を加えた値は17度である。そしてベネット角が17度から上下顎歯接触滑走条件下の最大値24度の間に分布するのは全体のわずか16%にすぎない。したがって、正常者の天然歯列における標準的なベネット角としては15度が適切で、これを咬合器の調節値として用いるのがよいと判断される。15度という値は咬合器のベネット角調節目盛りが5度刻みになっていることから選んだ値である。この値は期せずしてGysiやHanauの推奨した値と一致する。
【作業側顆路の再現機構】
アルコン型半調節咬合器の作業側顆路はハウジングの後壁の誘導により、顆頭間軸上を真横に向かうため、調節性を有していない。従来、作業側の運動はベネット運動と呼ばれていたが、最近この用語は不適切用語となり、代わってラテロトゥルージョンと呼ばれるようになった(GPT-5 1987)。生体のベネット運動は個体ごとに顆頭間軸から前後または上下方向にぶれるので、全調節性咬合器ではそれを再現することが金科玉条とされてきた。しかし最近の電子的計測結果によると、平均作業側顆路はトランスバース・ホリゾンタルアキシス上を真横に外側方に向かい、矢状面内にぶれを生じない(保母 1982、84、84)。この事実は、健康な顎関節にとってこのような方向に作業側顆頭が移動するのがもっとも自然であることを示唆している。一方下顎運動理論によると、作業側顆路と側方切歯路の間には強い相関がある。作業側顆路がトランスバース・ホリゾンタルアキシス上を真横に向かうように算出した側方切歯路の理想値をニュートラル・ラインという。3次元6自由度の下顎運動計測データを解析したところ、側方切歯路がニュートラル・ラインから外れると、作業側顆路がトランスバース・ホリゾンタルアキシスから矢状面内にぶれる傾向があることがわかった(Hobo、Takayama 1989)。これを裏づけるため、口腔内にニュートラル・ラインに沿ったレジン製ガイドテーブルを装着して作業側顆路を制御したところ、作業側顆路の矢状面内偏位(ぶれ)が平均4分の1に減少した。
以上のような事実から、作業側顆路のぶれは不良な前歯誘導によってもたらされ、もし患者の作業側顆路のぶれを咬合器上に精密に再現して前歯の補綴を行なった場合、それは不良なものになるおそれがある。そのため従来ナソロジーでいわれてきたように作業側顆路の矢状面内偏位を無理して実測し、咬合器上に再現する必要はなく、むしろ作業側顆路がトランスバース・ホリゾンタルアキシス上を真横に向かうように咬合器を調節して切歯路を形成するほうが生理的な前歯誘導を備えた補綴物が得られるという見解に達した。
もしこの見解が誤っていないとすると、従来の定説と相違するが、全調節性咬合器ではなく、作業側顆路がトランスバース・ホリゾンタルアキシス上を真横に向かうような半調節咬合器を“正しく”使うことにより、作業側顆路と調和する生理的な前歯部の補綴が可能になるということになる。
以上述べたように調節性咬合器の具備すべき要件を逐一検討してきたが、期せずして、咬合器の選択にあたっては全調節性咬合器ではなく、半調節性咬合器を選択すべきであるという総合的結論が得られた(保母、高山 1995)。
【切歯路の再現機構】
切歯路は咬合器の下顎フレームの前方にある切歯指導板と切歯指導桿により再現される。切歯路は前歯誘導の機能を下顎三角の前方頂点(切歯点)の運動軌跡で代表させ、定量化したものである。従来、下顎運動の誘導要素として顆路が重視された反面、前歯誘導の機能が解明されていなかったため、全調節性咬合器であると半調節性咬合器であるとを問わず、切歯指導板の具体的な使用方法は明示されることがなかった。そのため切歯路の再現機構には全調節性咬合器と半調節咬合器の間に明確な区分が存在しない。
半調節性咬合器の切歯指導板にはプラスチック製のものと金属製で調節機構を備えたものの2種類がある。プラスチック製のものは平面型で、その上にレジンを凹陥状に築盛して各個調製する。各個調製された凹陥部が上顎前歯の口蓋面の形状に似ているので、従来この方法は再現性が高いと考えられていた。しかしこの凹陥形状は切歯指導桿の先端が半球状であるために生じる包絡面で、再現性とは関係がない。金属性の調節性切歯指導板には平面型と樋型がある。前者は矢状傾斜度の調節機構を備え、矢状切歯路傾斜度が調節できる。この機構はGysi(1908)がアダプタブル咬合器に取りつけたのが最初である。後者は矢状傾斜度と側翼角の調節機構を備え、矢状切歯路傾斜度と前頭側方切歯路傾斜度の調節ができる。樋状切歯指導板をはじめて発案したのもGysi(1949)で、この機構をトゥルーバイト咬合器に取りつけたギージー・フィッシャー咬合器を試作した。しかしそれ以来今日まで、下顎三角の前方頂点を指導する切歯指導板の調節には明確な指針が提示されず、単に上下顎歯列模型の垂直顎間距離を保って石膏模型の破損を防止する目的で用いられたため、市販の咬合器の樋状切歯指導板には調節目盛りを付していないものや、明確な根拠なしに矢状傾斜度や側翼角を固定したものが多い。
1)直線か曲線か
切歯指導板の形状には直線的なものと曲線的なものとの2種類がある。側方切歯路を電子的下顎運動計測装置により計測すると、水平側方切歯路だけでなく、側方切歯路の前頭面投影もちょうど矢印の頭部のように屋根状の形を呈し、正常咬合者では偏心運動中に上下顎歯が接触滑走する咬頭嵌合位から2~3mmの範囲ではほとんど直線状になる。このことは電子的下顎運動計測装置を用いなくても、水平面投影についてならば、ゴシック・アーチ・トレーサを用いれば誰でも視覚的に確かめることができる。したがって、切歯指導桿の先端が半球状の場合は上述したように凹陥部はドーム状になるか、もし尖った形状の場合は、切歯指導桿先端の運動軌跡は直線的な屋根状になる。以上から咬合器の切歯指導板は直線的な形状でさしつかえないと結論される。
2)平面型か樋型か
咬頭嵌合位から2~3mmの範囲で切歯路が直線性を有することは上述した。この範囲は、ポッセルトの図形と通称される切歯点の境界運動範囲菱形柱の上面において、咬頭嵌合位から半径2~3mmの部分に現われる凸型の三角ピラミッドに相当する部分である。その三角ピラミッドの稜線の水平面投影や前頭面投影がそれぞれゴシック・アーチの水平側方切歯路角と前頭側方切歯路傾斜度をつくる。そしてこの凸型三角ピラミッドを裏返したのが切歯指導板のあるべき形状、すなわち樋型ということになる。
このようにGysi、Fischerが試作した樋状形状は、切歯指導板のもっとも合理的な姿で、その形状が直線的なため調節値が定義しやすいという特長も備えている。樋状切歯指導板は、中心溝の左右に2枚の側翼がちょうど航空機のフラップのように取りつけられており、中心溝の傾き角と側翼のあおり角が調節可能になっている。前者を切歯指導板の矢状傾斜度、後者を側翼角と呼んでいる。それぞれの機能を切歯路と対応づけると、切歯指導板の矢状傾斜度が矢状前方切歯路傾斜度に、側翼角が前頭側方切歯路傾斜度に対応し、それぞれを制御することになる。また両者を上顎前歯舌面の形状と対応させると、前者は上顎切歯舌面の矢状傾斜に、後者は上顎犬歯舌面の前頭傾斜に対応している。上顎前歯舌面の凹型ドーム形状と樋状切歯指導板の形状が相違するのは、前者が下顎前歯唇面の凸型ドーム形状の包絡面であるのに対し、後者は尖頭状につくられた切歯指導桿先端のガイド面であるためである。いうまでもなく切歯指導桿の先端は下顎切歯の切端や下顎犬歯の尖頭と位置が違うから切歯指導板の矢状傾斜度や側翼角の調節値の設定にはその補正が必要になる。また側翼角は前頭面内の角度ではなく、さらにその作用に矢状傾斜度の調節値も加わるので、その換算も必要になる。いずれも保母、高山の下顎運動理論式(高山 1987、93、Takayama、Hobo 1989、保母、高山 1995)に基づいたコンピュータ演算により算出が可能である。
【精度】
全調節性咬合器は操作が煩雑で、高価なため、優れた再現性をもつわりには一般に普及しなかった。この点、半調節性咬合器は実用性に富んでいるため広く使われている。理論計算により側方運動時に、顆路と顔形寸法それぞれの値が第1大臼歯の咬合面に与える影響の度合の相対比較を行なった。その結果によると、臼歯咬合面における咬合調節量0.09mm3に相当する矢状顆路傾斜度の変化量は3度、同じくプログレッシブ・サイドシフトは6度、イミディエイト・サイドシフトは0.1mm、顆頭間距離は10mm、顔形寸法前後径は13mm、同上下径は4mmとなった(保母、高山1983)。以上の数字は前提条件によっても変わるのでおおよその目安であるが、たとえば、イミディエイト・サイドシフトを0.1mm以下の誤差で測定することをせず、プログレッシブ・サイドシフトを6度以下の誤差で測定しても無意味であることを表している。また、顆頭間距離などの顔形寸法値の誤差は、一般に信じられているほど下顎運動に対して影響力をもたない。各要素の変動範囲を考慮に入れて測定の相対的重要度を%表示したところ、矢状顆路傾斜度38%、プログレッシブ・サイドシフト9%、イミディエイト・サイドシフト38%、顆頭間距離7%、顔形寸法前後径5%、同上下径3%であることがわかった。このデータから日常の補綴作業では、半調節性咬合器で十分なことがわかる。ちなみに、イミディエイト・サイドシフト調節機構の必要性については最近になって疑問とする見解が投げかけられている(保母ら 1995)。
【意義】
3次元6自由度の電子的計測と下顎運動の理論式(数学モデル)に基づいた理論的解析による最近の研究により、臼歯離開の要因は顆路、切歯路、咬頭傾斜の3つからなることが示され、さらに臼歯離開のメカニズムが解明された。また顆路と切歯路と咬頭傾斜角の第2大臼歯における臼歯離開量への影響率をおおよその比で示すと、前方運動において1:2:2、側方運動の非作業側において1:3:3、作業側において1:4:4になることがわかった。この結果は、切歯路より顆路を重視してきた従来の考え方を逆転し、顆路よりも切歯路と咬頭傾斜角を重視しなければならないことを示している。さらに咬合の基準という観点から3者の計測データの信頼度を検討したところ、顆路には個体ごとにぶれがあり、切歯路には個体間にバラツキがあって、咬頭傾斜角は顆路や切歯路に比べ約4倍の信頼度があることが明らかとなった。これらの知見は咬合器の調節においては顆路よりも切歯路を2~4倍重視しなければならないこと、および補綴臨床において咬合の基準とすべきなのは、顆路や切歯路ではなく、咬頭傾斜角の基準値である、ということを示している。そして顆路の影響力が小さく、かつぶれがあるということから、臨床の場で顆路を計測することの必然性が疑問視されるに至った。
従来、全調節性咬合器と半調節性咬合器は、顆路の再現における調節性の優劣によって区分されてきた。そして咬合器上でつくられる補綴物の良否は、使用される咬合器の調節性の優劣により左右されると考えられてきた。しかし以上述べてきたように、最近の知見を総合すると、1)補綴物の製作には、全調節性咬合器よりも半調節性咬合器を使用すべきであるという見解が有力となった。また2)顆路調節機構よりも切歯指導機構の重要性が浮き彫りになってきた。さらに3)従来重視されてきた顆路の計測の必要性が臨床の場では薄れてきた。これらにより、咬合器を全調節性と半調節性に区分することの意義を再検討すべき段階に達したのではないか、と考えられる。
→顆路、ツインステージ法