パントグラフ
- 【読み】
- ぱんとぐらふ
- 【英語】
- Pantograph
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 下顎の境界運動を水平面と矢状面に連続的な経路として記録する口外描記装置。上下2つのフェイスボウを組み合わせた構造をもち、一方に描記針、他方に描記板を有し、下顎運動中に描記針により描記板上に運動経路が描かれる。GPT-6では、1)として平面図形を所望の倍率で描くために使う道具、2)として歯科では単数または複数の平面に下顎運動のグラフ状記録をするために使われる器具で、咬合器の調整のための情報を与える、と定義されている。1929年、McCollumにより開発された。1934年、McCollumはStuartの助けを借りパントグラフの測定値を精密に再現するために、全調節性咬合器(ナソスコープ)を開発している。パントグラフと全調節性咬合器の組み合わせにより、ナソロジーのオクルーザル・リコンストラクションの基礎が築かれた。
現在用いられている代表的な下顎運動測定法には、パントグラフ法、チェックバイト法、チュー・イン法があり、最近これに、電子的下顎運動計測法が加わった。チェックバイト法は顆路傾斜度を測定する方法で、顆路は直線に再現され、パントグラフ法のように運動経路全体を精密に計測することはできない。チュー・イン法は下顎の機能的な中間運動を記録する方法であるが、記録を直接的に観察できないことや、描記針が太いため精密な運動路が記録できないなど、パントグラフ法に及ばぬところがある。電子的下顎運動計測法は、切歯点の機能運動を3次元で記録するMKGが有名であるが、測定結果を利用して咬合器を調節することはできないため、主に診断用として用いられている。保母、高山(1982)は、3自由度で偏心運動中の顆頭を3次元的に計測する臨床用下顎運動計測装置(サイバーホビー・コンピュータ・パントグラフ)を開発した。その他6自由度の計測機能を有するものも開発されている。これらについては電子的下顎運動計測装置として別項をもうけた。パントグラフは機械式パントグラフとコンピュータ・パントグラフの2つがあるがここでは機械式パントグラフにつき説明する。
機械式パントグラフの利点を列挙すると、1)患者の顆路傾斜度はむろん、顆路の形状と発生のタイミングなど、境界運動の全容が測定できる。2)測定された運動顆路から下顎の機能状態、補綴の難易度、使用すべき咬合器の種類などを知ることができる。3)その測定結果を全調節性咬合器に再現することができ、これにより咬合の診断、治療計画の立案、補綴物の製作などの操作を行なうことができる。4)クラッチにより上下顎歯を離開した状態で顆路だけを独立させて記録することができる。
機械式パントグラフの欠点を列挙すると、1)開口状態で下顎運動を測定するため、不自然な影響を受ける(Kurth 1949、Sheppard 1958、Schweitzer 1962)。その影響は筋電図にも示され、下顎運動を支配する筋は開口状態でわずかに緊張する(Shanahan 1956、1962)。これに対し開口の程度が下顎の蝶番運動の範囲内であれば、その測定値に何ら変化はみられないという反論もある(McCollum、Stuart 1955、Granger 1954、Lucia 1961)。2)装置が重いため、下顎に負担が加わる。3)描記針が弾筆構造になっているため測定時に長さが変化し、描記板上に描かれた経路を立体的な座標に投影すると、実際の下顎運動の経路と異なったものとなり、経路上に示される移動距離は、生体の下顎運動の移動距離と一致しない。4)その他、境界内運動が測定できない。という意見もあるが、McCollumとStuart(1955)は境界運動を再現すれば、境界内運動は自動的に再現されると反論している。
【パントグラフの構造】
パントグラフは、次のものから構成されている。
1)上顎フレームと下顎フレーム
それぞれのフレームは、両瞳孔線に平行なクロスバーと正中矢状面に平行な左右のサイドアームとからなり、口唇の前方部と顆頭部に描記装置をもっている。
2)クラッチ
フレームを上下顎歯列に固定させるための器具で、上顎用と下顎用があり、クロスバーの正中部に連結される。上顎用クラッチは口蓋部中央にセントラルベアリング・プレートと呼ぶ彎曲した凹窩をもち、下顎用クラッチは中央にセントラルベアリング・スクリュー(ポイント)と呼ぶ金属性の突起をもっている。上下顎クラッチはセントラルベアリング・スクリューとセントラルベアリング・プレートの1点だけで接触するため、上下顎はわずかに離開され歯の接触をキャンセルした状態で下顎が保持されるようになっている。開口量はクラッチが衝突しない範囲で、できるだけ少ないほうがよく、通常3~5mmが適当である。セントラルベアリング・スクリューの先端は球形につくられ、偏心運動が円滑に行なえるようになっている。
クラッチは既製のものと各個に作製するものと2種類がある。既製のクラッチには、スチュアートのクラッチ(リファレンス・プレートと呼ばれる)やユニバーサル・クラッチのような金属製のものと、デナーのクラッチのようなプラスチック製のものとがある。前者はクラッチ内面にモデリング・コンパウンドを盛り、石膏模型上で歯列に適合させたあと、石膏あるいはインプレッション・ペーストで口腔内に固定する。後者は即時重合レジンをモールディングして製作する。各個に作製されるクラッチは、歯列模型上でワックスアップしたあと、アルミニウムで鋳造してつくる。この場合も、石膏またはユージノール・ペーストで口腔内に固定する。
3)描記針と描記板
描記針は前方垂直描記針が2本、後方垂直描記針が2本、後方水平描記針が2本の計6本あり、それぞれに対応して前方垂直描記板が2枚、後方水平描記板が2枚、後方垂直描記板が2枚の計6枚ある。弾筆構造になっており、ゴム圧、スプリング圧、マグネットの磁力などを利用して描記板に接触させる。スチュアートのパントグラフでは、アルコールで溶解した白色チョークの粉末を黒色の描記板上に塗布し、マグネットの磁力で描記針を描記板に引きつけながら、チョークの粉末を削り取りラインを描く。トレーシング完了後、ラインを保存するためにスコッチテープを貼りつける。デナーのパントグラフでは、描記板に貼られたレコード・ブランクと呼ぶ特殊な加工紙の上にゴムの圧力で描記貼りを押しつけながら、ラインを描かせる。ゴムの圧力は圧搾空気により解除される。ラインを保存するために、プロテクティブ・オーバーレイと呼ぶ透明なプラスチックを貼る。
4)バイス・グリップ
トレーシングの完了したパントグラフを中心位で固定する装置で、上下顎フレームのクロスバーに左右1本ずつ、計4本取りつける。X字状に交叉させ、石膏で固定する。デナーのパントグラフでは、上顎フレームのクロスバーに取りつけた2本のセントリック・ピンを前方水平描記板の外側にあるワックスウェルのなかに焼きこみ、中心位でパントグラフを固定する。ただしバイス・グリップに比べ保持する力が弱く、トランスファの際に、上下顎フレームが離れやすい欠点がある。
5)ヒンジアキシス・ピン
後方垂直描記板の内側に取りつけられたヒンジアキシスを指示するピン。パントグラフを咬合器にトランスファするとき、咬合器の開閉軸に一致させる。
6)前方基準点指示ピン
前方基準点を指示し、水平基準面を設定するためのピンで、パントグラフの前方部に取りつける。パントグラフを咬合器にトランスファするとき、パントグラフの垂直的位置を決定する。スチュアートのパントグラフではTバー、デナーのパントグラフではリファレンス・プレーン・サポートロッドと呼んでいる。
【パントグラフの種類】
パントグラフは、その構造によりトラッキングスタイラス・パントグラフとトラッキングテーブル・パントグラフの2種類に分けられる。トラッキングスタイラス・パントグラフは、後方描記針が下顎とともに移動する構造のパントグラフをいい、スチュアートのパントグラフがこれに属する。描かれるラインが生体の顆頭の動きと一致するため下顎運動を理解しやすいが、かさばり重い欠点がある。トラッキングテーブル・パントグラフは、後方描記板が下顎とともに移動する構造のパントグラフをいい、デナー・パントグラフがこれに属する。描かれるラインが実際の顆頭の動きと逆になり、下顎運動を理解しにくい欠点があるが、小型で軽量である。
【パントグラフの操作法】
パントグラフは、次の順序で操作する。まずクラッチを上下顎歯列に固定する。上下のクラッチはセントラルベアリング・スクリューとセントラルベアリング・プレートの1点だけで接触させ、偏心運動時にクラッチの他の部位が衝突しない程度に最小量開口させる。この状態で患者が術者の誘導どおり下顎を移動できるように、くり返しトレーニングする。下顎の誘導はパントグラフ・トレーシングの前準備のうちで、もっとも重要なステップである。トレーニングが完了したら、口腔外で組み立てておいたパントグラフをクラッチに連結する。パントグラフが取りつけられたら、以後患者には決して開口させてはならない。
次にトレーシングを行なう。まず中心位を描記する。2~3回下顎を前後に移動させ顆頭を中心位へ誘導し、描記針が描記板上の同一点を指示することを確認する。ついで、右側方運動を2回、左側方運動を2回、前方運動を1回、計5回のトレーシングを行なう。パントグラフでは、側方運動は境界運動が描記されるためダブル・チェック、またはトリプル・チェックが可能となるが、前方運動は境界内運動であるため、常に同一経路を通るとは限らない。そのため計測は1回のみとする。トレーシングが終了したら、下顎を再度中心位へ誘導し、描記板上で確認した後に、パントグラフをバイス・グリップなどを用いて固定する。
指示ピンで前方基準点を記録した後、パントグラフをクラッチとともに一塊として口腔外へ取り出し、後方基準点と前方基準点を基準として咬合器にトランスファする。この操作はフェイスボウ・トランスファと同じ要領で行なう。パントグラフが咬合器に取りつけられたら、バイス・グリップを外し、上下顎フレームを自由に動くようにさせ、咬合器の運動量を調節する。
【パントグラフの記録線の解読】
パントグラフで描記されるラインは、後方垂直描記板(左右)の2組、後方水平描記板(左右)2組、および前方水平描記板(左右)の2組の計6組になる。後方描記板には顆頭の動きが描かれるが、顆頭の運動方向や量は作業側と非作業側とで異なるから、描記板には、作業側の運動路と非作業側の運動路がまとめて描記される。しかし前方描記板では、左右の区別はあまり顕著に現われず、描記板には同じような形をしたゴシック・アーチが描かれる。
後方と、前方の描記板に描かれるラインは、左右対称的なので、6枚の描記板のラインのうち、片側の3つの描記板上のラインが基本図形を示す。描記板上に描かれたラインは、1つの点と、そこから出発する異なる彎曲をもった3つの線分から構成されている。1つの点とは下顎運動の出発点で、中心位と一致する。3つの線分とは、それぞれ前方運動時、側方運動時の非作業側と作業側で描かれる運動経路である。以下に、各描記板に描かれるラインがもつ意義について触れる。
後方垂直描記板に描かれるラインは、偏心運動時の顆頭の働きを矢状面に描記したものである。点C、線分CP、線分CBおよび線分CWからなる。点Cは中心位を示し、パントグラフを撤去するときに、上下顎フレームを中心位で固定する場合や、咬合器へパントグラフをトランスファするとき、さらに咬合器の運動量の調節中、完了後などに中心位が正確に保持されていることを確認するときに役立つ、線分CPは前方運動時の矢状顆路で、点Cから下方に凸の緩やかな孤を描く。その性状は下顎窩の隆起の形態によって決定される。直線的なものから、直径10mm(3/8inch)の円弧に近いものまで、さまざまな彎曲を示し、個人差が大きい。Aull(1965)は、この線分が直線を示したものは、50症例中わずか8%で、さらに同一人でも左右で異なることが多いと報告している。
この線分が水平基準面となす角度が矢状前方顆路傾斜度で、その大小が切歯路傾斜度とあいまって臼歯の咬頭傾斜に影響を与える。この傾斜が大きいとき、つまり、線分CPが急な傾斜をもって下方へ向かうときは上下顎臼歯の咬頭は離開しやすい。逆に傾斜度が小さいとき、つまり、線分CPが緩やかな傾斜をもって下方へ向かうときは、上下顎臼歯の咬頭は離開しにくくなり、臼歯の咬頭干渉が起こりやすい。この線分がなだらかな円弧を描くときは、咬合器の調節は比較的簡単で、彎曲の程度に合わせた既製のエミネンシアを挿入するだけで十分なことが多い。一方、線分が複雑な場合は、咬合器の調節は困難になり、エミネンシアを削合したり、即時重合レジンを添加して、彎曲を再現しなければならない。
線分CBは側方運動時の非作業側の矢状側方顆路で、点Cから前下方へ向かう下に凸な緩やかな円弧を描く。普通、線分CPより下方に位置し、その経路は長い。この線分が水平基準面となす角度が矢状側方顆路傾斜度で、矢状前方顆路傾斜度よりも大きい。両者の角度的な差はフィッシャー角と呼ばれ、平均5度といわれてきたが、最近の電子的計測により顆頭中心では平均約0度で差のないことがわかっている。非作業側の咬頭干渉があるような症例では、咬頭干渉を避けるため線分CBが著しく下降することがあり、フィッシャー角は大きな角度を示す。稀に線分CBが線分CPより上方に位置することもあり、この場合はフィッシャー角は負の値を示す。
線分CWは側方運動時の作業側の矢状顆路で、点Cから後方へ上に凸な円弧を描く。これはベネット運動の上下的な方向を示し、垂直面における咬合面形態、たとえば咬頭の高さ、傾斜、窩の深さなどに大きな影響を与えるため重視されている。線分CWが下方に向かうときは、作業側の顆頭が外下方に働くことを示し、上下顎臼歯は離開しやすいので、咬頭は高くつくることができる。逆に、線分CWが上に向かうときは作業側顆頭が外上方に動くことを示し、上下顎臼歯は離開しにくくなるので、咬頭は低くつくらねばならない。この線分の彎曲の程度もさまざまで、彎曲をもつものもあれば、直線に近いものもある。これは反対側(非作業側)の側方顆路の影響によるとされ、線分が緩やかな傾斜をもつ、なだらかな円弧や直線に近い円弧をもつ場合は、下顎の再度シフトの量が小さく、そのため咬頭は高くつくることができる。線分が傾斜の急な、彎曲の強い円弧の場合は、再度シフトの量が大きく、そのため咬頭は低くつくらねばならない。線分CWは咬合器ではエミネンシアの上壁と後壁により再現される。線分が上方に向かうときにはエミネンシアの角度を急にする。反対に、線分が下方に向かうときはエミネンシアの角度を緩やかにする。線分の長さは後壁の角度に関係し、線分が長いときはエミネンシアを後方へ回転させ、後方への角度を増す。反対に、線分が短いときはエミネンシアを前方へ回転させ、後方への角度を減じる。
後方水平描記板に描かれるラインは、偏心運動時の顆頭の働きを水平面に描記したものである。点C′、線分C′P′、線分C′B′、および線分C′W′からなる。点C′は下顎が中心位にあるときの顆頭の外側点の水平的位置を示し、後方垂直描記上の点Cと同時的に対応関係をもち、その意義も同じである。
線分C′P′は前方運動時の水平顆路で、点C′から前方に向かって矢状面とほぼ平行に描かれる。この線は診断上さほど重要な意義をもたないが、咬合器の運動量を調節するときに、前方運動路を誘導するためのラインとして役立つ。線分C′B′は側方運動時の非作業側の水平側方顆路で、点C′から前内方へ向かうやや強く彎曲した円弧を描く。線分C′P′より内側に位置し、その経路は長い。この線分は2つの性質の異なったラインに分解できる。その1つは点C′から離れた直後に発生する正中方向へのずれで、これはイミディエイト・サイドシフトである。他の1つはその後に発生する作業側の顆頭を中心とする回転運動の円弧で、プログレッシブ・サイドシフトである。多くは直線的で正中矢状面に対し平均7.5度前後の角度をなし、ほとんど一定している。この線分の個人差は、運動の初期に示されるイミディエイト・サイドシフトの量によって現われる(Lundeen 1973)といわれてきた。しかし最近の電子的計測結果から顆頭中心で計測した場合プログレッシブ・サイドシフトの角度は12.8度でイミディエイト・サイドシフトとともに個人差が大きいことがわかった。
イミディエイト・サイドシフトは点C′すなわち中心位に近いところで発生するため、臼歯部咬合面に与える影響は大きい。線分C′B′がC′付近で内側へ強く彎曲して描かれる場合は、イミディエイト・サイドシフトの量が大きいことを示し、側方運動中に下顎が水平移動する量が大きくなるため、臼歯の中央溝の幅を広げ、咬頭を低くする必要がある。線分CB″が内側へ彎曲せず、直線的に描かれる場合は、イミディエイト・サイドシフトの量が小さいことを意味し、臼歯の中央溝の幅は狭くなり、咬頭を高くつくることができる。よい咬合をもつ若いヒトでは、一般にイミディエイト・サイドシフトの量は小さいといわれ、そのため線分C′B′は直線的に描かれることが多い。一方、咬頭干渉をもつような症例ではイミディエイト・サイドシフトの量が増し、とくに非作業側の咬頭干渉のために筋や顎関節に機能障害をもつような症例では、イミディエイト・サイドシフトの量が大きく、線分C′B′の形状も複雑になることが多い。線分C′B′は咬合器のベネットガイドウィングによって再現される。イミディエイト・サイドシフトのあるものや線分の形状が複雑なものではガイドウィングの壁面を削合して彎曲を再現する必要がある。
線分C′W′は側方運動時の作業側の水平顆路で、点C′から後方へ外方に凸な円弧として描かれる。ベネット運動の水平的な方向を示し、水平面における咬合面形態、たとえば隆線と溝の方向などに影響を与える。線分C′W′が直外方よりも前方に向かうときは作業側の顆頭が外前方に動くことを示し、上顎臼歯の隆線と溝は近心へ寄せ、下顎臼歯の隆線と溝は遠心へ寄せてつくらなければならない。線分C′W′が直外方よりも後方に向かうときは、作業側の顆頭が外後方に動くことを示し、上顎臼歯の隆線と溝は遠心へ寄せ、下顎臼歯の隆線と溝は近心へ寄せてつくらなければならない。この線分の彎曲の程度や性状もさまざまで、円に近い彎曲をもつものもあれば、比較的まっすぐで直線に近いものもある。これは反対側(非作業側)の側方顆路、ことにイミディエイト・サイドシフトの影響によるところが大きいとされている。線分C′W′が外方へ彎曲する程度が強いほど、イミディエイト・サイドシフトの影響が大きいことを示し、この場合は臼歯の中央溝の幅を拡げ、咬頭を低くつくらなければならない。逆に外方へ向かって彎曲する程度が少なく、直線に近づくにつれ、イミディエイト・サイドシフトの影響が小さいことを示し、この場合は臼歯の中央溝の幅を狭くし、咬頭を高くつくることができる。この線分は反対側(非作業側)の水平側方顆路を咬合器に再現したときのダブル・チェックにも用いられる。
前方水平描記板に描かれるラインは、前方中央部の点C″、これより左右に伸びる線分C″B″と線分C″W″からなるゴシック・アーチ、およびゴシック・アーチの頂点C″から後方へ伸びる線分C″P″から構成される。点C″は後方描記板に描かれた点C、C′と同時的な対応関係をもっている。線分C″B″は側方運動時の非作業側の運動経路で、点C″から外後方へ向かって直線的に描かれる。この線分は、反対側(作業側)の顆頭を中心として描かれるなだらかな円弧で、その方向は主として生体の顆頭間距離に影響される。この線分が外後方へ向かうときは、回転中心は外側寄りにあり、顆頭間距離は大きくなる。一方、外前方へ向かうときは、回転中心は内側寄りにあり、顆頭間距離は小さい。このラインは咬合器の顆頭間距離と側方運動時の回転中心の決定に役立つ。描記針が線分C″B″の内側を通るときは咬合器の回転中心を内側に向けるか、顆頭間距離を減少させる。描記針が線分C″B″の外側を通るときは、咬合器の回転中心を外側に向けるか、顆頭間距離を増大させる。線分C″B″は非作業側の運動経路だから、運動の初期にイミディエイト・サイドシフトの影響を受けることがある。イミディエイト・サイドシフトの量が大きければ、点C″から離れた直後に真横に走る線が描かれ、その後に外後方へ向かって斜め方向に線が描かれる。
線分C″W″は側方運動時における作業側の運動経路で、点C″からほとんど真横へ向かって直線的に描かれる。線分C″B″とは反対の方向に向かい、線分C″P″とほぼ直角をなす。同側の作業側顆頭を中心とする側方運動によって描かれた円弧で、その方向は作業側顆頭の運動方向と関連しているが、その特徴が後方描記板ほど明確に現われていないため、診断上の価値は少ない。しかし咬合器を調節する際に、反対側の前方描記板上に描かれた線分C′B′と、この線分C″W″とが側方運動時に同時的な対応関係をもつことを調べ、また顆頭間距離を調節するときのダブル・チェックとして用いることが多い。線分C″P″は前方運動時の運動経路を示す。このラインは境界内運動により描かれるため、変化に富み、複雑に屈曲することが多い。このラインは再現性が低く、診断上の意義も明確ではない。この線は咬合器を調節するときに前方運動路を誘導するのに使用される。
【パントグラフの今後】
機械式パントグラフは開発当時としては非常に精密な計測機器であったが、顆路の計測を主眼としたため上下顎歯非接触型で、下顎三角の前方の1頂点を欠くため、その計測能力には4つの自由度しかない。3次元空間内で下顎三角の各頂点はそれぞれ2つずつの運動の自由度をもっている。したがって下顎の3次元運動を完全に計測するには合計6つの自由度を計測する能力が必要である。下顎三角の前方の1頂点が担当する前歯誘導が咬合に対して顆路誘導以上の作用効果をもっていることが十分認識されるようになった現在、今後のパントグラフにとって6自由度の計測能力は欠くべからざるものとなった。このような6自由度の運動を計測し、結果をデータ処理し、出力を解析するにはパントグラフのエレクトロニクス化とコンピュータ化が不可欠である。したがって今後はこれらの条件を具備したコンピュータ・パントグラフの時代となるであろう。
→電子的下顎運動計測装置