非作業側咬頭干渉
- 【読み】
- ひさぎょうがわこうとうかんしょう
- 【英語】
- Nonworking side interference
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 下顎の側方運動時に非作業側に発現する上下顎臼歯の咬頭干渉。GPT-6では、非作業側の対向する咬合面間の望ましくない接触と定義されている。犬歯誘導の不足に起因し、一般に上顎臼歯舌側咬頭と下顎臼歯の頬側咬頭との間で発現する。Krogh-Poulsen(1968)、Posselt(1962)、関(1968)、Shore(1967、76)、中村(1976)、Dawson(1974)らは、顎関節症患者にみられる咬合異常症状として、非作業側咬頭干渉がその主なものであることをあげている。
Dawson(1989)は、非作業側咬頭干渉は、歯周組織にねじれ性の強い応力(ストレス)を作用させるため、もっとも破壊的な干渉のひとつと考え、次の理由をあげている。
1)支点としての顆頭に近いため、咬合ストレスが増加する。2)応力の向きが咬頭斜面にほとんど垂直に作用するため咬合ストレスが増加する。3)非作業側咬頭干渉による力の向きが、臼歯に捻転または回転を起こさせる傾向をもっている。4)非作業側靭帯による顆頭の保持力が弱いため、歯ぎしりによりわずかな干渉でも強力な咬合ストレスを生じやすい。以上を要約してDawsonは、下顎臼歯が舌側に動くとき(非作業側になったとき)それらの歯は上顎臼歯と接触すべきでないとしている。
河野ら(1988)は、顎関節症患者のうち、非作業側咬頭干渉を咬合調整により削除することによって症状の治癒をみた20症例につき、側方運動中の作業側および非作業側の咬合接触状態を調査している。その結果に基づき、非作業側咬頭干渉の発現要因として、1)天然歯列において矢状方向の咬合彎曲(スピーの彎曲)が急な場合、2)歯列内臼歯部に生じた欠損部位を長期間放置したため、対合歯の挺出や隣接歯の近心傾斜を生じた後に、補綴処置が行なわれた場合、3)犬歯の低位唇側転位や小臼歯の頬舌側転位が天然歯列の前方に存在し、それにともない生じた歯間空隙のために後方臼歯群が近心傾斜した場合の3つをあげ、これらの要因によって後方歯の矢状有効咬頭傾斜角が急になると臼歯離開量が減少し、矢状有効咬頭傾斜角が対合歯の矢状咬頭路傾斜度より大きく(急に)なると非作業側咬頭干渉を生じる、という内容の知見を述べている。
皆木ら(Minagiら1990)は、犬歯尖頭咬合位において噛みしめを行なった場合にのみ発現する非作業側第1または第2大臼歯の咬合接触を平衡側(非作業側)防護接触と呼び、噛みしめをともなわない側方運動時に作業側の咬合接触と同時に発現する咬合接触すなわち通常の非作業側咬頭干渉と区別したうえで、異なる非作業側咬合接触状態(各側)と顎関節雑音との関連について行なった疫学的調査結果を報告している。それによると、1)非作業側防護接触が認められる側においては、年齢にかかわりなく顎関節雑音の発生率は低く、2)非作業側咬合接触が完全に欠如している側においては、年齢にほぼ比例して顎関節雑音の発生率が上昇するのに対し、3)通常の非作業側咬頭干渉が認められる側においては、顎関節雑音の発生率が比較的高かった。これらから、皆木は理想的な非作業側の咬合接触様式は平衡側(非作業側)防護接触であることが示唆されたとしている。
前世紀に総義歯の咬合として発案されたバランスド・オクルージョンは両側性平衡咬合とも呼ばれ、作業側の咬頭と同時に非作業側の咬頭が接触する咬合で、それぞれクロス・トゥース・バランスおよびクロス・アーチ・バランスと呼ばれるが、今世紀のはじめには有歯顎者の理想咬合とみなされるようになり、McCollumの時代にもそれが継承されていた。
D’Amico(1958)は、下顎が偏心位に位置し非作業側で対合歯と機能的に接触する場合に、上顎大臼歯の舌側咬頭は下顎大臼歯の頬側咬頭の横走隆線と咬頭頂付近で接触し、対合歯に加えられる力の方向は下顎歯の長軸とは斜めに向き対合歯の咬合面に垂直になる、と述べ、偏心運動中のこのような非作用側咬頭干渉を含む臼歯部の干渉による為害作用を予防するため犬歯誘導により臼歯離開させる咬合様式を提唱した。
Schuyler(1961)も非作業側咬頭干渉は歯周組織の外傷や顎関節の機能障害を誘発する原因になるので、有歯顎には絶対に付与すべきでないと主張し、偏心運動時に作業側の上下顎全歯の頬側咬頭を接触させる一方で、作業側の舌側咬頭どうしの接触(クロス・トゥース・バランス)と非作業側の上顎舌側咬頭と下顎頬側咬頭との接触(クロス・アーチ・バランス)を取り除き、臼歯を離開させるグループ・ファンクションド・オクルージョンの咬合様式を提唱した。この咬合様式は、犬歯を含む作業側の全歯を接触滑走させて咬合力を分散させることを目的とするものであった。
グループ・ファンクションド・オクルージョンの定義はGPT-5(1987)から側方運動時に作業側の(犬歯を含む)上下顎2歯以上が咬合接触する関係と修正され、それにともない呼称もグループ・ファンクションと変更された。しかし、非作業側の咬頭干渉を禁忌とするSchuylerの指摘は現在でも有効である。
StuartとStallard(1960)は、1940年代になってバランスド・オクルージョンを与えたオーラル・リハビリテイションの症例の大半が失敗に終わったことを知り、このような咬合が果たして理想咬合といえるか疑問を抱くようになった。Stallardは65~70歳という高齢にもかかわらず、ほとんど咬耗のない歯をもつヒトが散見され、そういう理想的な咬合をもつヒトの口腔内を診査したところ、側方運動中に臼歯部歯列は接触せず、逆に咬頭嵌合位では前歯が接触せず臼歯部歯列だけで垂直方向への加重を負担していることを知った。これは偏心運動中には前歯が臼歯を保護し、咬頭嵌合位では臼歯が前歯を保護するという相互関係をもつことを意味しており、この知見がStallard、Stuart(1963)によるミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンの咬合様式へと発展した。
以上の経緯で今日、非作業側咬頭干渉は有歯顎者には望ましくないとする考え方が定着し、それを避けるために咬合面の形態に配慮を加えるとともに、犬歯誘導を含む前歯誘導を重視する考え方が浸透している。
→バランシング・プロテクション