ブラキシズム
- 【読み】
- ぶらきしずむ
- 【英語】
- Bruxism
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 口腔本来の機能と関係なく、空口状態で上下歯を持続的に噛いしばったり、すり合わせたり、また、間歇的に噛み合わせたりする習癖。
ブラキシズムに対する見解は諸家によって異なり、睡眠中に生じるものに限定するか、あるいは覚醒時に生じるものを含めるかなど、さまざまな意見がある。ブラキシズムは必ずしも病的な状態ではなく、生理的な必要性から生じるとするものも多い。1960年ごろより中枢の関与に注目が集まっているが古くは局所因子が重視された。Shore(1959)は、ブラキシズムは安定した咬合を得るために、障害となっている不調和を無意識のうちに取り除こうとする動作であると説明している。Guichet(1973)も、ブラキシズムは咬合の不調和によって下顎が長時間異常に偏位させられ、筋が激疲労した際に、筋内に蓄積された老廃物を排出しようとする現象であると述べている。
Krough-Poulson(1976)は、ヒトは筋を無意識のうちにいろいろ運動させ、無目的に上下顎歯を接触させることがあるが、そうした現象が必ずしも病的な状態を引き起こすとは限らないので、病的なブラキシズムと、病的でないブラキシズムを区別する必要があると説明している。精神的なストレスなどによって、全般的な身体の活動性が向上すると、下顎拳上筋のトーヌスが上昇する。そして、クレンチングなどが起こり咬合接触圧が増大する。このような状態が長時間つづくと病的なブラキシズムが発症しやすくなる。このときには、症状として拳上筋の活動性の上昇、無目的な歯の接触時間の延長、あるいは咬合接触面積の拡大の3つのうちの1つ以上の要素が現われると述べている。
ブラキシズムは、グラインディング(grinding)、クレンチング(clenching)、タッピング(tapping)の3つに分類される(石川 1973)。グラインディングは睡眠中に上下の歯をすり合わせる習癖で、上下顎歯は持続的に強く噛み合わされ、下顎は無意識のうちに、前方、側方または後方へ滑走する。偏心性ブラキシズム(eccentric bruxism)とも呼ばれ(Ramfjord 1966)、歯周組織に異常な側方圧を持続的に加えるため為害作用が大きい。また上下顎歯のすり合わせによりキリキリした音を発し、しばしば咬耗の原因となる。クレンチングは睡眠中、覚醒時を問わず上下顎歯を強く噛みしめる習癖で、下顎の偏心運動をほとんどともなわない。中心性ブラキシズム(centric bruxism)とも呼ばれ(Ramfjord 1966)、垂直的な強い咬合圧で持続的に加わり、顎関節や早期接触歯の歯周組織などに多大の損傷を与えやすい。グラインディングと異なり音をともなわない。タッピングは上下顎歯をカチカチ噛み合わせる習癖で、発現頻度は低く、その起こり方が間歇的で、さらにクレンチングのように強い咬合力が加わらないため、為害作用は少ないとされている。
ブラキシズムの原因には、局所的因子、全身的因子、精神的因子があり、1970年代には咬合の不調和に起因する局所的因子が重視されていた。Ramfjord(1961)は、サルに咬合の高い充填物を充填して、人工的にブラキシズムを引き起こす実験を行ない、早期接触がブラキシズムの発生と密接に関連することを報告している。石川(1966)も過高なインレーをヒトに実験的に装着したところ、被験者の全員がブラキシズムを自覚し、3日後にはインレーの咬合面に著しい咬耗がみられたと報告している。早期接触の他に、歯、歯髄、歯根膜、顎関節、筋など顎口腔系の局所に発生する異和感や疼痛、不適合な義歯など咬合の不調和を惹起するすべての因子がブラキシズムの要因となるとされている。全身的因子には胃腸障害、甲状腺機能の亢進、鼻腔や咽頭腔の感染、および職業的に歯を噛いしばる習慣、その他、膀胱からの刺激、栄養障害、筋の疲労などがある。そして精神的因子には緊張、欲求不満、悲しみ、怒り、恐怖、心配などがある。Ramfjord(1966)は、ブラキシズムは下顎の筋群の緊張と密接に関係し、こうした筋緊張は感情、精神的ストレスおよび咬合の不調和などによって強められ、これらの相乗作用がブラキシズムを発生させると述べ精神的因子の重要性を強調し、1980年代からはとくに中枢の問題が重要視されている。
ブラキシズムは、常に局所的因子と全身あるいは精神的因子とが組み合わさって起こり、しかも、それらは相互に影響しあって悪循環するといわれる。河村(1966)は、ブラキシズムの真の原因やその出現機構などについては十分にわかっていないが、何らかの刺激が口腔から中枢にいき、ある特定の中枢の機能状態のときに反射的な“歯ぎしり”を誘発してくるものと理解すべきであると述べている。Ramfjord(1966)は、ブラキシズムが筋群の緊張の増大によって惹起されることを知り、それらの緊張増大の神経筋機構を調べた結果、錘運動系を通じての中枢神経系の影響と咀嚼系の機能不調和によって惹起される末梢の各種固有受容体や知覚神経終末からの神経インパルスとが関与していると述べている。
ブラキシズムは顎口腔系に好ましくない影響を与え、Lundeen(1969)によれば、生理的な状態で使われたときの1日あたりの上下顎歯の接触時間は約4分~10分で、その際に加わる荷重は1cm2あたり1.4~3kg程度である。これに対し、ブラキシズムによって生じる1日あたりの上下歯の接触時間は最大4時間に及び、その際に加わる荷重も1cm2あたり20kgを越える。加わる力の方向も異なり、生理的な場合には垂直的であるが、非生理的な場合には水平的となる。そのためブラキシズムが起こると歯の動揺、歯根膜腔の拡大、歯槽骨の吸収などが起こる。またブラキシズムによって咬耗が引き起こされると、歯の知覚過敏、辺縁隆線の消失、咬合高径の現像などが惹起される。
生理的な状態では、筋は主として等張性または伸張性に収縮するが、ブラキシズムのような非生理的な状態では筋は等尺性に収縮するため、過度に疲労し、機能障害や疼痛を招くことがある。生理的な状態では下顎は3級のテコとなり、歯に加わる負担を軽度にとどめている。しかし、ブラキシズムが起こると早期接触歯を支点に下顎は2級または1級のテコを発現させ、歯や顎関節に多大の負担を加える。そのため、長期間にわたってブラキシズムが行なわれると、下顎窩内における下顎頭の位置が変化し、顎口腔系に悪影響を及ぼすようになる。
ブラキシズムへの対応としては、オクルーザル・スプリント、自己暗示法などがある。オクルーザル・スプリントは臼歯部歯列の咬合面を連続的に被覆する可撤性のプレートで、バイト・ガードとも呼ばれる。これを装着することにより歯質の摩耗を減少させることができる。米国では咬合の是正は根治療法とは考えられていない。咬合治療の長期予後については疑問がなげかけられている。自己暗示法やその他の全身的あるいは精神的要因の治療はそれぞれの専門医にゆだねなければならない。