ベネット角
- 【読み】
- べねっとかく
- 【英語】
- Bennett angle
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- →水平側方顆路角
側方運動中に非作業側の顆頭の示す運動路が、水平面で正中矢状面となす角度。側方顆路角ともいう。水平側方顆路角の意義を最初に言及したのはBennettとされ、水平側方顆路角を別名ベネット角と呼んでいる。しかし側方運動時に非作業側の顆頭が前(下)内方へ動くことは、Bennett以前にBalkwillなどによって発見されているので、Bennettはこの角の真の発見者ではない。水平側方顆路角は、下顎の運動を導く大切な運動要素のひとつとされ、解剖的咬合器にはその指導機構や調節装置が与えられている。
Gysiは水平側方顆路角の平均値が13.9度であることをみつけ、彼のアダプタブル咬合器にその調節機構を取りつけた。しかし、その後にGysiが発表した軸学説では、水平側方顆路角の大小は人工歯の咬合面の形態にほとんど影響しないことになっている。そのためGysiは、咬合器の水平側方顆路角は平均値に固定しておけばよいと述べている。これは当時の補綴臨床が主に総義歯を対象としたものであったため、義歯床の不適合、機能中の沈下など、さまざまな因子が入り、このような結論が出されたものと考えられる。この考えは、Hanauにも影響を与え、彼はハノー・モデルH咬合器の水平側方顆路角を算出するのに、L=H/8+12(L:側方顆路角、H:矢状顆路傾斜度)という公式を使っている。この方法も結局、水平側方顆路角を平均値的な数値におさえる手段といえよう。
Lundeen(1973)は、Leeのパントグラフを使って側方運動を調べ、水平側方顆路が正中となす角は7.5度でほとんど一定し、個人差の認められるのは側方運動がはじまった直後に現われるイミディエイト・サイドシフトの量であると述べている。そのため従来、水平側方顆路角と考えられていたのは、中心位と側方顆路の彎曲の外側を結ぶ直線が正中となす角度であって、その計測値は実際の水平側方顆路とは異なったものになる。この研究により、一時水平側方顆路角の咬合学的意義は薄れ、代わりにイミディエイト・サイドシフトが重視されるようになった。これは後に保母により訂正され、電子的計測により非作業側の顆頭中心に測定点をおくと水平側方顆路は平均12.8度となり、Lundeenの報告した値の約1.5倍になることがわかった(保母 1982)。Lundeenの値が小さくなり、個人差の認められなかったのは機械式パントグラフの描記針が顆頭中心の外方にあるため誤って計測されたためと思われる。
電子的に計測する場合、水平側方顆路角は、水平側方顆路上の任意の1点と起点(中心位または咬頭嵌合位)を結んだ線と矢状面がなす角と定義できる。保母ら(1984、86)は上記の任意の1点を、非作業側顆頭が前後的に5mm移動した点に設定し、水平側方顆路角を定義している。Gysi(1929)は水平側方顆路角の平均は13.9度と報告しているが、最近の電子的計測データ(中野 1976、保母 1982、西ら 1992)では、その算術平均は15.1度となっている。パントグラフ計測時のように上下顎歯列にクラッチを装着した上下顎歯の非接触状態では、水平側方顆路角の計測値は最大50度近くに達する(保母ら 1982)のに対し、上下顎歯を接触滑走させた条件下では、水平側方顆路角の計測値は最大24度にしかならない(中野 1976)。このように水平側方顆路角は計測条件によって大きく異なるため、精密に計測しても咬合が修正されれば変化するおそれがある。そのためこれを個々に計測しても期待するような効果が得られるか疑問である。コンピュータ・パントグラフを用いたくり返し測定結果によると、水平側方顆路の再現性は非常に低く、被験者ごとに運動のつど種々の経路をとることがわかった(保母 1996)。
GPT-6には、lateral condylar inclination(側方顆路傾斜度)という項があり、顆頭の運動路が水平面内で正中面(前後運動)となす角度および前頭面内で水平面(上下運動)となす角(ラテロトゥルージョンをみよ)、と定義されている。この定義は運動学的にきわめて不正確かつ不明瞭で、非作業側か作業側かの区別もつかない。しいて解釈すれば、前半はラテロプロトゥルージョンまたはラテロリトゥルージョンと矢状面のなす角、後半はラテロサートゥルージョンまたはラテロディトゥルージョンと水平面のなす角を意味するものともとれるが、他の項目の記述とのバランスがとれない。したがって、GPT-6において、顆路関連用語の定義に混乱がみられる例のひとつとして紹介するにとどめることとする。
アルコン型咬合器の水平側方顆路角調節機構は普通フォッサ・ボックスとともに回転するためその水平側方顆路角は実角に調節されるから、水平面上で定義された水平側方顆路角の値を用いるときには、(厳密には)補正式を用いて調節値を矢状側方顆路傾斜度ごとに補正しなければならない。矢状側方顆路傾斜度をαL、水平面上で定義された水平側方顆路角をβLとしたとき、水平側方顆路角の実角は、arctan(tanαL×cosβL)である。