骨切り術
- 【読み】
- ほねきりじゅつ
- 【英語】
- Osteotomy
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 上顎と下顎の解剖学的な位置異常を骨を切って是正する外科手術。顎外科矯正手術または顎外科矯正術orthognathic surgeryともいう。GPT-6では、osteotomyを骨の外科的切断、orthognathic surgeryを上顎または下顎の全部または部分の外科的再配置、と異なった表現で定義しているが、わが国では同義に用いられている。以下、鶴木(1979、81、95)の記述をもとに概説することとする。
鶴木は骨切り術を、顎骨位置の修正および咬合の改善を目的として、顎骨および歯槽部の骨切りを行ない、骨切り骨片を頭蓋に対して正しい位置に再配置し、同時に咬合と顎関節とを正しい関係にする手術と定義している。骨切り術は、骨の連続部を切り離して、骨切りされた骨片を新たに想定した理想的な位置へ移動し、再び十分な骨の連続性が保たれるように確実な固定を行なうことである。このように顎顔面骨格の異常を修正したあと、必要に応じて軟組織の修正が加えられ、咬合および顔面美の改善が行なわれる。顎骨を動かす手術には、下顎に行なわれる下顎枝矢状分割法、上顎に行なわれるLe Fort I型骨切り術、および上下顎に行なわれる全上下顎同時移動術(Le Fort I型骨切り術と下顎枝矢状分割法の併用)がある。
【下顎枝矢状分割法】
1955年、Obwegeserによりはじめて下顎前突症の修正に施行され、わが国には1969年、高橋により導入施行された。下顎枝部を矢状に分割するもので、下顎歯列弓を含む下顎骨骨体部を任意の方向に移動させることが可能である。上行枝を縦に分割するので、神経を傷つけないようにすることが手術の重要なポイントになる。本法の大きな特徴は咬合と顎関節の関係を調節できることで、適応症は広く、骨切り術のなかでもっとも重要なものである。
適応症
1)下顎前突症(反対咬合)。
2)下顎後退症(遠心咬合)。
3)下顎非対称症(交叉咬合)。
4)開咬症。
5)上下顎に及ぶ変形症:全上下顎同時移動術を施行する場合。
6)咬合と顎関節の異常:中心位と咬頭嵌合位の著しい不一致状態。多くは顎関節症を呈する。
7)咬合高径の回復;補綴的治療にあたり、咬合高径の確保が必要な場合。
(Le Fort I型骨切り術)
1)歴史
これは、最近まで失敗したら患者の生命をおとす危険な手術であった。骨切り術の歴史的発展過程をみると、文献的には、アメリカのHullihennにはじまり、2回の世界大戦によってもたらされた多数の顎顔面戦傷患者の治療経験、20世紀後半における全身麻酔療法の進歩普及、抗生物質の出現などを背景に発達してきた。顎変形症の修正手術はきわめて多岐にわたっているが、そのなかでもLe Fort I型骨切り術は適応範囲がきわめて広いため、近年臨床において頻繁に用いられており、重要な手術法のひとつとなっている。Le Fort I型骨切り術は、両側第1大臼歯間の齦頬移行部切開のもとに上顎骨を開放し、上顎洞前壁、鼻腔側壁、鼻中隔などを切り離して、骨切り部より下方の上顎骨を完全に遊離可動性とし、理想的な咬合状態が得られるように骨片を前後、上下、左右に移動して固定するものである。ちなみに、Le Fortの分類は、解剖的に骨の菲薄な部分や骨縫合に沿って生ずることの多い骨折線の分類で、I型、II型、およびIII型があるが、そのうち上述のLe Fort I型が骨切り術に広く応用されている。
Le Fort I型骨切り術が安全な手術法として確立されるまでには、今世紀初頭以来、多くの試行錯誤があった。Le Fort I型骨切り術はHelbing(1910)を創始者とするが、その後Wassmund(1927)、Axhausen(1934、36)、Schuchart(1942)、GilliesおよびMillard(1957)らにより、種々の改良が行なわれたあと、チューリッヒ大学のObwegeser(1962、64、65、69)によりはじめて安全な術式として完成された。それまでの術式は、いずれも骨片が顎間固定のみで維持され、筋力への影響についてはまったく考慮されなかったため、術後のあともどりが少なくなかった。Obwegeserは、上顎前方移動術に際してLe Fort I型骨切り手術後、骨片のあともどりを防止するため、上顎結節と翼状突起との間に腸骨より採取した腸骨骨片をおいてこれを金属線縫合で固定する術式を確立した。このObwegeserによるLe Fort I型骨切り術は安定した予後が得られるため、現在もっとも一般的な方法として普及している。
2)適応症
骨切り術においては、前後または上下に何mm顎骨を動かせるかが大きなポイントになる。本法の適応となる変形と上顎骨切り骨片の移動方向および最大可動距離を示す。
(1)上顎後退症:非口蓋裂患者では上顎骨の前方移動距離は最大15mm程度である。
(2)唇顎口蓋裂患者にみられる上顎後退症と小上顎症の合併:前方移動と上顎歯列弓拡大は口蓋部瘢痕と大口蓋動脈の血行状態により制限される。前方移動は最大10mm程度である。
(3)上顎左右非対称(左右方向の回転)、
(4)鋏状咬合(上顎歯列弓幅径の縮小)、
(5)上下顎に及ぶ顎顔面変形症で全上下顎同時移動手術(Le FortI型骨切り術と下顎枝矢状分割法の併用)を行なう場合。
(1)長顔症(上方移動):5mm以上の上方移動には下鼻用介一部切除術が必要。
(2)短顔症(下方移動)、
(3)咬合平面異常(複合方向)、
(4)著しい下顎前突症(前方移動)、
(6)軽度の上顎前突症に対して上顎結節の骨削去を行なえば上顎骨切り骨片を2~3mm後退させることが可能である。この他、良好な咬合関係を得るため上下顎歯列弓幅径を一致させる場合、および義歯作製のため顎間関係を改善する場合などにも本法は適応する。
(骨切り術の患者に与える影響)
腫脹の消退は術後1週で70%~80%、術後10~12週で100%となる。術後入院中に患者は鏡をもち顔貌、咬合をみて過ごすのが普通で自然に笑みがこぼれはじめる。術後、患者は明るくなり、女性では化粧をし、明るい衣服をまとうようになり、精神心理的改善が明らかである。このような改善を良導するため、術後1週ごろにsmile exerciseを行なう。よい笑顔は1)口角が上がる、2)左右対称、3)上顎前歯はみえ、下顎前歯はみえない、4)眼は涼しげに開ける、5)笑顔は持続する、などである。笑顔の意義として、人間関係をよくすることと患者の内部環境、とくに免疫系の賦活化(とくにKiller T cellへの影響)を説明する。こうして骨切り術を機として患者の心身は大きく変化する。