下顎(骨)の成長
- 【読み】
- かがく(こつ)のせいちょう
- 【英語】
- growth of mandible
- 【辞典・辞典種類】
- 歯科矯正学事典
- 【詳細】
- 下顎骨は一対の第一鰓弓と頬骨弓に由来する.この結合部は生後1年で骨化する.下顎骨は水平成分である下顎骨体領域と垂直成分である下顎枝領域に分けることができる.下顎体は後方は下顎角から,前方はオトガイ結合部までの領域である.下顎枝の上方部は下顎頭と筋突起に分かれて広がっている.筋突起は骨であるが下顎頭は関節窩と対応し,顎関節を構成する要素であり,基本的には長管骨の骨端板に類似し,軟骨である.下顎頭の硝子様軟骨は厚い線維性の結合組織に被われており,添加性の成長によってその厚さを増すという特徴がある.出生時より成人に至るまで下顎骨はその全体の大きさの増加に伴い前下方に成長する.実際は下顎枝後縁での骨の添加ならびに前縁での骨吸収,歯槽突起辺縁上への骨添加ならびに下顎頭での軟骨性ならびに添加性の成長により下顎骨自体は後上方に成長していく.これによって歯槽突起は前後径が増して大臼歯の萌出余地が得られる.下顎骨の幅径の増加は下顎骨の頬側における骨添加と舌側における骨吸収とによる下顎骨体の側方への改造機転によって起こる.下顎の成長は10歳ごろまでは比較的安定した増加を示すが,思春期に急激なスパートがみられる.その時期は12~13歳ごろである.また,下顎頭の軟骨性の成長は20歳くらいまで継続するといわれ,特殊な場合(例:アクロメガリー)には再び活動を始めるといわれる.関節部の成長が阻害されると下顎の発育は著しく冒され,いわゆる鳥貌(bird face)になる.
【下顎骨における成長発育】
1)下顎頭(下顎関節突起)(condyleならびにcondylar neck):下顎頭は次の2つの機構によって下顎の成長に関与する.
(1)軟骨細胞の増殖による間質性成長を示す軟骨性骨形成
(2)添加性成長:両様式による成長の結果,下顎頭の垂直方向の移動が起こる.下顎頭は後上方に突出した位置をとるため後上方へ移動する.また,下顎頭は前頭断でみるとV字形をしており,エンロー(Enlow)のV原理によるとこの領域で起こる細胞変化は理論的に予測できる.すなわち成長方向から離れている外面では骨の吸収がある.V字形の中間の部分はV字の広い方向に向かって移動するので下顎頭の位置は絶えず変化する.このように下顎頭は比較的安定した頭蓋底とは向かい合っていないため後上方へ移動するが,この後上方への成長は結果的に抵抗のほとんどない前下方の移動となる.つまり下顎頭は成長の中心であるとの見方がある.しかし,現在では下顎がその成長過程で何らかの因子(functional matrix)により前下方に移動するにつれて,下顎頭と下顎窩の解剖学的関係を維持するために下顎頭での軟骨形成ならびに添加成長が起きるにすぎない,すなわち下顎頭は成長の場(growth site)であるが,成長の中心(growth center)ではないと考えられている.
2)筋突起(coronoid process):筋突起は舌側皮質の骨膜性の添加と骨内膜性の吸収と頬側面の反対側後方の骨膜性の吸収と骨内膜性の添加により,舌側方向へ成長する.
(1)筋突起内側面:上方,後方,内方と三方向に面しているので成長はあらゆる方向で同時に起こる.形態変化に従って筋突起は上側方に向かって動き,突起間の水平距離を増加させ,上方部分での下顎の幅を広くする.
(2)筋突起下部:筋突起の成長による形態変化に従って,下部の広い部分は次第にもっと狭い基底部に位置的変化し,必要な幅の縮小は表面での選択的な添加と吸収によってなされる.また,舌側での吸収と唇頬側への添加により唇頬側に移動していく.
(3)筋突起基底部:連続的な舌側への骨の添加によってより内方へ位置するようになる.筋突起の先端は離れるように移動するので,衝突起の基底面は必然的に内側に位置変化し,筋突起の下の下顎枝に変化する.
3)下顎枝(ramus):筋突起や下顎頭部を含めた上方の部分を除いて下顎枝の大部分ほ成長期間を通じて頬側方向に移動する.
(1)下顎枝全体:前縁部の吸収,後縁部の添加により後方へ移動し,下顎骨体の大きさと歯列弓空隙が増加する.
(2)下顎枝上方部:外面の吸収,内面への添加により上内方へ移動する.また,内側に動く上方の部分では骨内膜性の骨により構成される(骨膜性吸収と骨内膜性添加).
(3)下顎枝下方部:下顎枝の最も基底部付近の唇側皮質は骨膜性の添加と骨内膜性の吸収の結果として骨膜性の骨によって構成される.
(4)下顎枝と下顎体部の境界付近:後方に成長する下顎枝は新しい骨に直接置き換えられる.この領域では骨の舌側表面の骨膜性の骨添加によって下顎体や歯列弓に沿った方向により舌側移動する.
(5)下顎枝下縁:骨の添加により下方へ成長する.下顎角付近で下顎枝の舌面に伸びていく.
(6)下顎孔:下顎枝における骨の吸収と添加の組み合わせによって後方へ位置づけられていく.
4)下顎体(mandibular body):下顎体はその成長期間を通じて長さと幅の両方で成長する.下顎体は下顎枝が後方に移動し,位置的変化をすることにより長さを増す.下顎体と下顎枝の境界部は下顎枝の一部が直接下顎体に変わっていく.この変換により歯槽突起を支持している下顎体は長く平坦となり内側に移動していく.下顎体は長くなると同時に歯列弓の延長上に沿って移動していき,これに従い下顎歯列弓は舌側に移動していくにつれ長さを増し平坦になる.この伸長した領域の舌側への骨添加は下顎臼後三角部の下縁にのみ限定される.臼後三角の下の下顎体は内方に移動しかつ骨体は唇側に移動してアンダーカットを生ずる.
(1)下顎体内面:小臼歯部より前方部分:骨の添加により内側へ移動し,表面はそのため骨膜性の骨によって構成される.小臼歯部より後方部分:上方舌側部分で大臼歯を残りの歯列弓上にのせ支持するために内側移動し,下方舌側部分では唇側に移動する.
(2)下顎体外面:骨の添加により外側へ移動する(犬歯間付近を除く).
5)オトガイ部(chin):オトガイ隆起は骨の添加と吸収の組み合わせ,つまりオトガイ基底部と先端に骨膜性の骨の添加が行われることにより突出してくる.これに対してオトガイ隆起の上方の犬歯間歯槽付近は骨の吸収により内方に移動する.このようにしてオトガイ部は特徴づけられていく.
(1)オトガイ基底部,歯根尖付近:骨の添加により突出する.
(2)オトガイ隆起上方歯槽付近(前歯部唇面):骨の吸収により内側に移動する.
6)歯槽突起:歯の萌出に伴う歯槽突起への骨添加により下顎骨の高さが増大する.
→エンローのV原理,鼻上顎複合体の成長発育