矯正治療における抜歯
- 【読み】
- きょうせいちりょうにおけるばっし
- 【英語】
- orthodontic treatment extraction
- 【辞典・辞典種類】
- 歯科矯正学事典
- 【詳細】
- 矯正治療における永久歯の抜去の問題はかつてのアングル(Angle, E.H.)(否定論者)とケース(Case, C.S.)(賛成論者)の対立に示されるように矯正学界での論争の焦点であった.19世紀の末から20世紀の初めにかけて,アングルの咬合主体論即非抜歯主義が主流となって抜歯禁忌とされ,正常咬合を樹立することによって顎は発育するものと考えられていた.同時代のケースは顔との調和という立場から抜歯を必要とすることがあると主張し,アングルと反対の立場をとっていたが主流には勝てなかった.しかし,1923年ごろからルンドストローム(Lundstrom)は歯槽基底論(apical base theory)を唱えて,矯正治療によって歯槽基底すなわち顎の基底は改造することができないし,この顎基底が小さいときには抜歯をしなければ咬合は安定せず,“後戻り”は避けられないと主張した.このことから,アングル派の人でさえ,しだいに非抜歯論に疑問を抱くようになった.また,顔のタイプ(pattern)は個体に特有なもので,これを無視して画一的な顔のタイプや咬合を確立しても無理があるとの理由から,抜歯を必要とする場合のあることを考える人も現れた.そして,ツイード(Tweed)やベッグ(Begg)らが抜歯派に転向していき,アングルの非抜歯論ほ矯正学の進歩につれて,次第にその影がうすくなっていった.最近では,治療の対象となる症例に対して十分な診査を行い,より客観的根拠に立って抜歯が行われるようになった.すなわち,顎や歯の大きさを判定する模型分析法,脳頭蓋に対する顔,顔の中における顎の形態,歯の植立状態などを検討する頭部X線規格写真による症例分析法などが行われ,矯正治療における抜歯がより科学的立場で行われるようになり,矯正の抜歯は便宜抜歯から必要抜歯という考えになってきた.しかし,抜歯すべきか否かについては,とくにボーダーラインとよばれる症例において矯正歯科医の意見が抜歯と非抜歯に別れる場合もあることが現状である.
1.抜歯の意義
1)目的(Tweedによる):(1)顔貌線の均衡と調和,(2)治療後の咬合の安定,(3)健康な口腔組織,(4)能率的な咀嚼機構
2.適応症
1)大きさの問題:(1)歯と顎の大きさとの不調和の場合(ディスクレパンシーケース);これには歯が大きすぎる場合と,顎が小さすぎる場合とがある.結果として叢生,前突などが起こる.顎が小さいという場合でも,顎の幅が狭いものや長径が短いという場合がある,(2)上下顎の歯の大きさの不調和の場合,(3)欠如歯があるために,咬合に不調和をきたす場合.
2)顎関係の異常:(1)上下顎前突,(2)上下顎基底のズレ(近遠心的の異常).
3)歯の近心転位による不正咬合:(1)近心転位を遠心に移動することができないか,不利な場合がある.
さらに,基本的な抜歯部位の判定基準としては,(1)arch length discrepancyの大きさ,(2)anchorage value,(3)growth tendency,(4)soft tissue analysis,(5)organized occlusionsをあげることができるが,具体的には臨床上arch length discrepancyの大きさにより決定されることが多い.
3.抜歯の部位
1)乳歯の抜歯:(1)晩期残存の乳歯;咬合異常の原因となる晩期残存に対しては抜歯を行うか,場合によっては第二乳臼歯の近心面(遠心面の場合もある)を削合して誘導する,(2)機能的障害の原因歯,(3)連続抜去法.
2)永久歯の抜歯(矯正治療のため抜去される部位):(1)上下顎第一小臼歯(最も頻度が高い),(2)上下顎第二小臼歯,(3)下顎切歯,(4)上顎側切歯,(5)上下顎第三大臼歯,(6)上顎第二大臼歯,(7)上下顎第一大臼歯,(8)上下顎犬歯.
3)過剰歯などの抜歯:(1)埋伏過剰歯は抜歯の適応となることが多い,(2)上顎正中過剰歯は正中離開の原因となるため抜歯される.
→抜歯論,抜歯基準