専門情報検索 お試し版

不正咬合による障害

【読み】
ふせいこうごうによるしょうがい
【英語】
impediment by malocclusion
【辞典・辞典種類】
歯科矯正学事典
【詳細】
 矯正治療によってどのような効果がもたされるかということを明確に把握するためには,不正咬合によって引き起こされるいろいろな障害に関する知識をもつことがきわめて大切である.不正咬合による障害は,高橋によれば生理的障害と心理的障害の2つに大別される.しかし,最近病理的障害をも加えるようになった.これは,不正咬合によってある病変が引き起こされ,その病変がさらに新たな不正咬合を惹起するというものである.
1)生理的・病理的障害
(1)咀嚼機能障害:高度な不正咬合や異常な咬合は上下顎の咬合接触面積が解剖学的に正しい咬合をもつ個体よりも減少するので,その程度により咀嚼能率が低下するといわれている.とくに真性下顎前突,開咬,オーバージェットの著しい上顎前突および交叉咬合などが影響を受けやすいといわれている.マンリー(Manly)によれば咀嚼能率は6歳から10歳まで年齢とともに上昇し,その後は一時減少する.そして,14歳に至ると再び高くなるという.
(2)歯槽突起や顎骨の成長障害:顎骨は遺伝的要因と咀嚼運動の影響を受けながら成長する.たとえば,乳歯咬合や混合歯列咬合の時期に切歯の反対咬合が存在する場合,上顎切歯部の歯槽突起や顎間骨(切歯骨)の成長に影響を及ぼす.また,交叉咬合では顎の非対称性成長を,過蓋咬合では下顎の前方成長抑制をきたすこともある.
(3)発音の障害:上顎前突,正中離開,上顎前歯の先天的欠如,下顎遠心咬合,下顎前突および開咬などの場合正常な子音の発声に何らかの悪影響を及ばすと考えられている.前歯部開咬患者では歯擦音〔s,z〕の発音が影響を受け〔s〕が〔θ〕,〔z〕が〔θ〕となるリスピング(lisping)がみられる.下顎遠心咬合患者では,著しい上顎前歯の唇側転位を伴っている患者では口唇の緊張度を欠いているために〔p,b,m〕のような二唇音(bilabialsound)の発音に影響を受ける.反対咬合患者では口唇や舌の運動がかなり制限されるので狭母音〔i〕,両唇音〔p,b〕,歯音〔s,z〕,歯茎音〔t,d〕などを正しく発音することが困難である.口蓋裂患者では,口腔と鼻腔間の閉鎖が不完全なため発音に際して鼻に抜ける鼻音化が生ずる.
(4)齲蝕発生の誘因:不正咬合によって両隣在歯の接触点が失われたような場合,あるいは前歯に叢生が存在する場合では自浄作用が十分に行われず,また刷掃もしにくいので歯が不潔となりやすく,齲蝕発生の誘因となる.齲蝕によって歯冠崩壊や歯の喪失が生じると,両隣在歯や対咬歯との接触が完全に失われて不正咬合をさらに増悪させることになる.
(5)歯周疾患の誘因:口腔清掃が十分に行われにくい部位では,歯垢や歯石がたまりやすく歯肉炎からさらに高度な歯周疾患を起こす危険性がある.また,上顎切歯の前突により口唇の閉鎖が妨げられると,歯肉が乾燥して炎症を引き起こしやすくなる.さらに過蓋咬合で下顎切歯が上顎口蓋歯肉に強く噛みこんでいる場合さらに生じやすくなる.両隣在歯との接触関係が不良な場合,食片の圧入により歯周疾患を誘発する.また早期接触する歯に過度な咬合力が加わると外傷性咬合の状態となり歯周疾患を生じ,逆に開咬の場合まったく咬合力を受けないので,廃用歯となり歯周疾患を誘発する原因となりやすい.
(6)外傷受傷の誘因:上顎前歯の過度な唇側傾斜や反対咬合状態にある下顎切歯は,転倒や衝突などで歯を破折することがある.また,打撲によって口腔粘膜も損傷を受けやすく,不正位置にあった歯が別の位置に移動したり骨内に圧入されたりすることもある.
(7)補綴作業を困難にする障害:歯の高度な位置異常,歯間空隙,喪失歯および傾斜歯などがあると,理想的な補綴物の製作は困難となる.これは審美的,機能的にも好ましくなく無理にブリッジなどの補綴物を装着すると過度な咬合圧が加わり歯周組織に負担をかけることになる.
(8)顎関節の障害:顎の閉鎖時に不正咬合の種類によっては,早期接触や咬頭干渉により顎を異常方向に誘導することがある.このような状態が長期間続くような場合,顎関節に障害を起こすことがある.また,著しい過蓋咬合が顎関節の違和感や疼痛を訴えることもある.
(9)筋機能異常:筋肉の異常な形態および行動型が不正咬合の成立に関与する場合がある.また逆に不正咬合が筋の形態や行動に影響を与えることもある.たとえば,開咬の患者では開咬部に舌を突出(タングスラスト:tongue thrust)して異常な燕下運動を行ったり,上顎前突の患者ではしばしば咬唇癖がみられ不正咬合を増悪している.
(10)歯根吸収の誘因:萌出余地不足のため埋伏した永久歯が隣在歯の歯根を吸収することもある.
2)心理的障害:不正咬合により起こる心理的障害は,不正咬合を意識し過ぎて劣等感すなわちひけめが強まり,すべてに控えめな態度をとったり,消極的になり友人などとの付き合いも避け社会に対する適応性をも失うようになる.心理的障害を取り除くことは,生理的障害を除去することに勝るとも劣らぬ医療行為である.すなわち,矯正治療はよく噛めるようにすることとともに悩みを取り除くことにも大きな意義を有しているのである.