関連キーワード

2024年1月号掲載

【特別企画】災害時の歯科の体制づくり これまでを振り返り、これからの課題を考える

※本記事は、「新聞クイント 2022年3月号」より抜粋して掲載。

 2011年3月に発生した東日本大震災後から10年が経過するなか、災害時の歯科保健医療体制はどのように構築されてきたのでしょうか。2021年9月に開催された第24回日本歯科医学会学術大会でも災害に関するシンポジウムが企画されたように、大規模災害の経験と教訓を生かすべく、災害時の歯科の果たすべき役割と災害支援に対する心構え、これからの課題などについてあらためて認識する必要があると思います。
 本欄では、災害歯科保健医療研究と歯科の体制づくりに携わる立場から中久木康一先生(東京医科歯科大学大学院救急災害医学分野)の司会・進行のもと、日本歯科医師会の佐藤 保先生(日本歯科医師会副会長)、岩手県歯科医師会の大黒英貴先生(岩手県歯科医師会専務理事)にもご協力いただき、災害時の歯科の体制づくりと歯科保健医療支援のあり方についてお話をうかがいました。(編集部)

日本歯科医学会シンポジウム 災害時の歯科対応を振り返る

中久木:2021年9月に開催された第24回日本歯科医学会学術大会の日本歯科医師会(以下、日歯)企画災害シンポジウム2「大規模災害時の対応」では、佐藤 保先生(日歯副会長)がモデレーターを務め、私と足立了平先生(ときわ病院歯科口腔外科部長)が指定発言としてコメントさせていただきました(図1)。足立先生には阪神・淡路大震災から新潟県中越沖地震、東日本大震災、熊本地震など、現在に至るまでの大規模災害における災害歯科保健の流れをはじめ、災害関連死を予防する口腔ケアの重要性や気づきなど、包括的な内容と今後の課題についてご提言いただきました。

図1 日歯企画シンポジウム2「大規模災害時の対応」の様子。

 また、シンポジストの1人であった細谷仁憲先生(宮城県歯科医師会会長)には、東日本大震災における宮城県歯科医師会の対応について発表していただきました。その中でもっとも特徴的なこととして、津波にともなう身元確認作業と避難所を中心とする歯科保健医療活動を同時に対応しなければならなかった現場の体験談や問題点、今後の課題などが示されました。
 本特別企画では、今後の災害時における歯科の体制づくりや課題の対応について、日歯、都道府県歯科医師会それぞれの立場から先生方にご意見をうかがいたいと思います。  まず、佐藤先生に日歯企画災害シンポジウムについて簡単に振り返っていただきたいと思います。

佐藤:中久木先生が先ほど述べられましたように、日本歯科医学会学術大会の日歯シンポジウムでは、災害における歯科の対応については、やはり足立先生を抜きには語れないということで、大会関係者の方に無理を言って人選も含めて調整していただきました。なぜなら1995年の阪神・淡路大震災で足立先生が取り組まれた災害支援活動をきっかけに、いわゆる災害時の歯科の役割について初めて発信されたといってもよいからです。足立先生は「災害関連死」という言葉が、実は歯科と大きく関連していたという当時の経験と教訓を生かすべく積極的に発信していただいており、「命を守る口腔ケア」として災害関連死を防ぐための歯科の役割や、仕組みづくりについてご提言いただきました。
 それから中久木先生は、岩手・宮城内陸地震(2008年)でお会いしてからさまざまな災害でご協力・ご助言いただいています。災害ごとに異なる対応についてどのように歯科がその役割を果たせるのかということ、当然地域医療の再興を目指すだけではなくて、社会に対してどれだけ地域が復興していくかという視点も必要でしたので、中久木先生にはそのような観点からもご発言いただきました。
 東日本大震災では、私自身も現地の情報収集のためにあちこち出向くも、がれきが散乱していて車が今にもパンクするのではないかと、ガソリン不足もありビクビクしながら現地の状況把握に努めました。また警察の要請に応えるための身元確認作業に、限られた会員で専念せざるを得ませんでした(図2)。そのようなかで、歯科保健医療活動に対応するためにはやはり連携が重要だったわけです。

図2 身元確認作業再確認研修会(2011年3月18日、岩手県歯科医師会館)。会員と歯学部医局員が一緒に参加した。

 これらの大きな経験が熊本地震(2016年)で生きたと思っています。災害歯科コーディネーターとして現地入りした中久木先生にもご助言いただいて、特に被災経験のある岩手県として、支援物資のロジスティックスの部分や会員支援相談など、事務局の経験が役に立つのではないかということで対応させていただきました。結果として、毎日さまざまな情報が目まぐるしく出てくるなかで、その経験を生かすことができ、地域の歯科医師会としても重要な役割を果たすことができました。また、それらの対応は平成30年7月豪雨(西日本豪雨災害)にもつなげることができたと思います。

中久木:大規模災害時における歯科界の対応として、被災地の歯科医療救護や被災者の歯科支援活動を迅速に効率良く行うことを目的に、日歯をはじめ都道府県歯科医師会(全国7地区歯科医師会)、日本歯科衛生士会、日本歯科技工士会、日本歯科医学会などで構成される災害歯科保健医療連絡協議会(以下、連絡協議会、図3、4)が東日本大震災後の2015年4月に設置され、年に数回開催されてきています。

図3 災害歯科保健医療連絡協議会(2015年4月設置)の 目的。

図4 発災時の人的派遣の流れ。

 東日本大震災後の体制づくりを振り返るなかで、被災県として岩手県歯科医師会の取り組みや仕組みづくりはとても参考になると思います。大黒先生、これまでの取り組みについてご紹介していただけますでしょうか。

東日本大震災後の体制づくり 災害時の歯科における対応

大黒:私の所属する岩手県歯科医師会は、日歯の北海道・東北ブロックとして、「日本歯科医師会災害時対策・警察歯科総合検討会議」に参画をさせていただいています。連絡協議会の設置後、日歯で毎年開催されている災害歯科保健医療体制研修会に参加する他、岩手県として東日本大震災の経験を次に生かすべく、10年間の活動記録をまとめた記録誌『東日本大震災から10年、あの日から明日へ~歯科医師には伝えたい言葉と役割がある~』を2021年6月に刊行させていただきました(図5)。

図5 岩手県歯科医師会が10 年間の活動記録をまとめた記録誌。

 本記録・検証集の編集委員長を務めた立場として、「支える」「伝える」「備える」の3つの視点から歯科医師会や会員らの取り組みを紹介させていただきました。公的機関ではない個人歯科診療所の被災・復旧には補助金などの支援は限られるため、歯科医師会の組織としての役割・対応が重要となります。本記録誌が今後の災害時における歯科支援活動ならびに人材育成に資するものとなれば幸いです。

中久木:佐藤先生、日歯としてはいかがですか。

佐藤:災害時の歯科対応としてさらなる徹底・充実を図る1つとして、これまで実施してきた災害歯科コーディネーター研修事業の検証が求められると思います。日歯が発表した「2040年を見据えた歯科ビジョン」にも記載されていますが、災害を経験した関係者が時間とともに減っていくなかで、リアルな体験も含めた関係職種と協働し、災害歯科保健医療に貢献できる人材(災害歯科コーディネーター)の育成が必要ですので、今後も継続する方針です。
 また、災害時の活動を迅速かつ安全に行うためには、災害対策基本法上の「指定公共機関」として位置づけられるように取り組み、歯科保健医療提供体制の基盤を強化することが必要となります。
 さらに、災害時における情報収集と発信体制を強化するためには、大規模災害時における事業継続計画(BCP)の策定も考えなければならないと思っています。

日本災害歯科支援チームの方向性 災害医療支援チームでの位置づけ

中久木:2016年の熊本地震ではJMAT(Japan Medical Association Team:日本医師会災害医療チーム)に歯科医師と歯科衛生士が参画しました。また、地域によっては歯科支援チームと協働で支援にあたりました。被災地の歯科保健医療のニーズを把握するためには、歯科のJMATへの参画は重要になるかと思います。
 現在、日歯で議論が進められているJDAT(Japan Dental Alliance Team:日本災害歯科支援チーム、図6)の方向性についてはいかがでしょうか。

図6 JDAT(Japan Dental Alliance Team:日本災害歯科支援チーム)の目的・趣旨。

佐藤:JDAT設置の議論は、連絡協議会の中でも関係省庁を含めて横断的に行ってきました。切り口はそれぞれ異なりますが、同じ視点をもっていて関係する団体が専門性をどう生かせるのかという議論ができる場は、間違いなく大切であったと思います。
 たとえば医療法では5疾病5事業の中に災害医療が含まれていて、そこで6年に1回改変があります。東日本大震災の時も同じでしたけれど、基本的に災害医療の原則はDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)の整備、それからEMIS(広域災害・救急医療情報システム)の整備、災害拠点病院の整備、この3本柱です。第6次医療法改正(2014年)の時に初めて歯科医師が議論の中に入りました。その後の第7次、第8次の議論の中では、歯科医師は入っていませんでした。医療法改正の中ではさまざまな財政支援や制度の議論が中心で医療については議論されていませんので、連絡協議会のような会議の中で横断的に議論する必要があると思います。

中久木:私のイメージとして、“JMATの歯科”はあくまでも病院歯科に近い位置づけです。普段の病院歯科と歯科診療所の役割分担・連携として考えるならば、JMATとJDATの両方あるほうが効率的ではないかと考えています。歯科診療所が被害を受けた場合、JDATのような歯科チームは必要ですが、歯科診療所は被害なく医療体制だけ必要となれば“JMATの歯科”だけでよいでしょう。もちろんそれら単独で必要となる場合の災害は少ないですし、実際熊本地震の時は両方必要とされました。結果的に両方があってうまく連携に結び付いたわけですが、JMATに限らず多職種連携チームにこだわりすぎるというのもすごく難しくなると思っています。やはり、実際はそれぞれの職種のチームが現場で連携するというスタイルの方が現実的ではないでしょうか。ただそうすると、それぞれの職能における縦割りの省庁がかかわってくるので、現場の連携が非常に難しくなり、チーム構成が変わるたびに新たな連携づくりが始まることになります。そこで共通の様式や方法論が歯科支援でも必要であると考え、その仕組みを整備してきました。

佐藤:JMATは「指定公共機関」の指定を受けた日本医師会の組織として傷害保険なども含めすべて整備されていて、それは国が補填することになっています。「必要なメンバーを派遣する」という意味で間違いなくJMATの存在意義は大きいですよね。

大黒:JDATが歯科医療チームとしてJMATのような形でチームを組む場合、どのような形・構成になるのかは気になりますね。派遣まで1週間ほど余裕がある場合は人員のアレンジや対応ができますが、東日本大震災の時は事前の連絡もなく当日支援にこられた方や他団体、歯科医師会以外の団体もいました。したがって災害の種類や被災状況の多様性からも、あまりガチガチに最初からチーム編成を決めてしまうと行動が制限されるのではないかと危惧しています。

佐藤:先ほどの厚生労働省の話でいえば、3つのスキームで動く医療計画に関しては基本的に同じですが、DMATの動きに関しては私たちには報告されないので把握することはできません。それは厚生労働省がどのような役割を果たしてきたのかという議論を煮詰めていくならば、やはり医療法改正をはじめ、その議論の場で持ち出していかなければ難しいです。
 現在はコロナ禍で感染症対策の問題の優先度が高くなってきているので、医療計画の見直しに関しても6か月間感染予防のヒアリングです。さまざまな災害でも今回のような感染予防の話は出てくるかもしれませんが、やはり縦割りは縦割りで、感染症部会の意見を取りまとめて、おそらく医療計画に反映されるような動きはあるでしょう。在宅医療は事業ではなく国全体としてやらなければいけないスキームですが、災害が事業だということは、都道府県が最終的に医療計画を立てていくという位置づけです。現実には都道府県ごとになり、それを3年ごとに見直し、中間見直しも含めて大きな改革という話になると思います。

災害支援にかかわるチームづくり キーパーソンとつながる大切さ

中久木:災害時の連携について、今後10年くらいは経験された方々同士のつながりだけで対応できるでしょうが、経験された方々がいるうちに仕組みとして体制化しておかなければ、その連携すら続かなくなってしまうのではないかと心配してしまいます。
 最後に、災害支援にかかわるチームづくりについて、日歯、岩手県歯科医師会それぞれの立場からご意見をいただいてまとめにしたいと思います。

大黒:これまでの経験をふまえたうえで、災害に対してのチームづくりについては2つあると思います。
 1つめは、普段の行政と連携するうえでキーパーソンとつながることがとても重要です。災害支援や受援などに関してもすぐに行動できるということは、地域包括ケアの延長が災害支援ですから、災害に特化して何かするというような話ではないというのが大前提であると考えています。
 2つめとしては、今議論されているJDATを含めたチーム派遣ということを考えた場合、東日本大震災の時もそうでしたが、災害の規模によって状況の把握など必ずしもすぐに対応できない場合があります。先遣隊チーム(他県や隣県も含む)は情報収集においてとても重要視されるわけですが、全員に要求するものではないと思っています。そこが支援に入る際の大事な要素ではないでしょうか。

佐藤:東日本大震災以降、歯科界として一致団結し、歯科の果たすべき役割を発信できたことは間違いないでしょう。これからも日歯の考え方だけではなく、各都道府県歯科医師会、大学歯学部・私立歯科大学、病院歯科団体など関係する組織が一堂に会して歯科の1つの窓口として、まとまった意見を出すことが求められると思います。

中久木:JDATの今後にも注目したいと思いますし、日歯会員だけでなく歯科医療にかかわるすべての歯科医療従事者のハブ機能としての仕組みづくりができればと考えています。災害歯科保健医療は、結局のところ地域歯科保健医療のつなぎの連続ですし、それをいかに平時に「ふつう」にできるかにすぎませんので。本日はありがとうございました。

※「指定公共機関」とは、災害対策基本法第2条第5号に基づき、公共的機関および公益的事業を営む法人のうち、防災行政上重要な役割を有するものとして内閣総理大臣が指定している機関を指す。日本赤十字社や日本医師会などが指定されている。