2022年11月21日掲載
酒友―Spirits Friendly―(第3話)
第3話:Dr. John W. McLean
イギリス歯科医師会会長も務めた歯科におけるカリスマ的人物の一人
イギリス歯科医師会会長も務めた歯科におけるカリスマ的人物の一人
Dr. John W. McLean(1925-2009 以下、マクリーン)は前回ふれたように、アルミナス・ポーセレンの生みの親であり、また白金箔焼付ポーセレンの研究者として『マクリーンの歯科陶材学〔第1巻〕』(日本語版、1980年、クインテッセンス出版・絶版)がある。Dr.マクリーンの前に爵位を付けて、Sir Dr.マクリーンとよばれていた。そのせいかどうかはわからぬが、第一印象は硬かった。東京での講演の後、大阪、京都と帯同するのかと思うと、少し気が滅入った。
夕食の席で「何をお飲みになりますか」と尋ねると、「お酒」との返答であった。次いで辛口の熱燗とともに、早口の英語が始まった。幸いなことに奥様がご一緒されていたので、私の方に話題が振られることはそう多くはなかったが、何せ早口である。「これは受け答えに苦労するな」と思ったら早速、「海老は鳴くか」ときた。この人の話には流れがなく、突然思いもよらない問いがくる。そこでやっと気がついたのだが、鉄板焼きの海老が跳ねていた。このことかと思い「海老は鳴きません」と答えると、「そうだ」と言って、奥様の顔を見た。「でも、痛い痛いと跳ねているではないですか……」。ここでやっと三人の話が咬み合ってきた。
Sir Dr.マクリーンが、どうだと言わんばかりに私に答えを促すので「海老には神経がないので鳴いたりはしません」と答えると、「そうだ、そのとおりだ」と言って、奥様の皿に分けられた海老まで自分で食してしまった。奥様はまた「鳴いているのと、食べる食べないのとは別問題です」と言って、別の海老を一皿注文された。
このやりとりの間、Sir Dr.マクリーンは日本酒「剣菱」の熱燗を三本、悠然と飲み干していた。さらに二本を追加するのを見て、「身体は細いがなかなかの酒豪だな」と思われた。
その後何本か飲み終わり、お開きかなと思った頃、紙袋から一本のウィスキーを取り出して「佐々木、ウィスキーにするなら今後はこれにしろ」と、グレンフィディックの15年ものを渡された。グレンフィディックは力強く、余韻が豊かであると聞かされていたが、Sir Dr.マクリーンのまさに人柄が表れたような贈り物であった。
後日、招かれてヒースロー空港に降り立った。出迎えてくれたのは、なんと歯科補綴学分野の権威の1人で『アタッチメントの臨床応用〔第1巻〕』(日本語版、1985年、クインテッセンス出版・絶版)の著者、Dr. Harold W. Preiskel(以下、プライスケル)であった。無論Dr. プライスケルには数回お会いしていて面識はあったが、ここでお会いできるとは一寸も思わぬことであった。Dr. プライスケルは当時流行のアタッチメント補綴の第一人者だったので申し訳なく思ったのだが、その彼を「走り」に使うDr. マクリーンのすごさにあらためて感じ入ったものである。
Sir Dr.マクリーンのデンタルオフィスはロンドンの中心部にあり、何ともトラディショナルな構えであった。オフィスをどう思うかと聞かれて「クラシックなオフィスですねぇ」と答えると「一高、それはお世辞にならない。エレガントと言いなさい。日本の誰かに私のオフィスのことを聞かれたら、それが正解だから」ときた。
それからイギリス伝統のパブに行った。日本の居酒屋を思わせるスタンドバーで、数杯小ジョッキを重ねた。二、三種類のビールを飲んだが、どうにも本場ビールが日本のビールよりすぐれているようには思えなかった。
その時、急にDr.マクリーンが「ロンドンにはパブが何種類かあるが、大きく分けるとビールパブとジンパブの二種類だ。今飲んでいるところはビールパブだから、次はジンパブだ」と得意気に語り、そして「ジンパブの方が高級だ」とのたまった。ビールストリート(ビール街)とジンレーン(ジン横丁)、私は初めて聞く言葉であった。ビールとイギリスが誇る「ドライジン」などをいろいろ味わったが、どうも今一つ感心しなかった。今思うと、おつまみがなかったことがその原因のような気がしている。
なお、Dr. John W. McLeanの功績は以下を参照いただきたい(英文サイト)。
https://www.nature.com/articles/sj.bdj.2009.729
夕食の席で「何をお飲みになりますか」と尋ねると、「お酒」との返答であった。次いで辛口の熱燗とともに、早口の英語が始まった。幸いなことに奥様がご一緒されていたので、私の方に話題が振られることはそう多くはなかったが、何せ早口である。「これは受け答えに苦労するな」と思ったら早速、「海老は鳴くか」ときた。この人の話には流れがなく、突然思いもよらない問いがくる。そこでやっと気がついたのだが、鉄板焼きの海老が跳ねていた。このことかと思い「海老は鳴きません」と答えると、「そうだ」と言って、奥様の顔を見た。「でも、痛い痛いと跳ねているではないですか……」。ここでやっと三人の話が咬み合ってきた。
Sir Dr.マクリーンが、どうだと言わんばかりに私に答えを促すので「海老には神経がないので鳴いたりはしません」と答えると、「そうだ、そのとおりだ」と言って、奥様の皿に分けられた海老まで自分で食してしまった。奥様はまた「鳴いているのと、食べる食べないのとは別問題です」と言って、別の海老を一皿注文された。
このやりとりの間、Sir Dr.マクリーンは日本酒「剣菱」の熱燗を三本、悠然と飲み干していた。さらに二本を追加するのを見て、「身体は細いがなかなかの酒豪だな」と思われた。
その後何本か飲み終わり、お開きかなと思った頃、紙袋から一本のウィスキーを取り出して「佐々木、ウィスキーにするなら今後はこれにしろ」と、グレンフィディックの15年ものを渡された。グレンフィディックは力強く、余韻が豊かであると聞かされていたが、Sir Dr.マクリーンのまさに人柄が表れたような贈り物であった。
後日、招かれてヒースロー空港に降り立った。出迎えてくれたのは、なんと歯科補綴学分野の権威の1人で『アタッチメントの臨床応用〔第1巻〕』(日本語版、1985年、クインテッセンス出版・絶版)の著者、Dr. Harold W. Preiskel(以下、プライスケル)であった。無論Dr. プライスケルには数回お会いしていて面識はあったが、ここでお会いできるとは一寸も思わぬことであった。Dr. プライスケルは当時流行のアタッチメント補綴の第一人者だったので申し訳なく思ったのだが、その彼を「走り」に使うDr. マクリーンのすごさにあらためて感じ入ったものである。
Sir Dr.マクリーンのデンタルオフィスはロンドンの中心部にあり、何ともトラディショナルな構えであった。オフィスをどう思うかと聞かれて「クラシックなオフィスですねぇ」と答えると「一高、それはお世辞にならない。エレガントと言いなさい。日本の誰かに私のオフィスのことを聞かれたら、それが正解だから」ときた。
それからイギリス伝統のパブに行った。日本の居酒屋を思わせるスタンドバーで、数杯小ジョッキを重ねた。二、三種類のビールを飲んだが、どうにも本場ビールが日本のビールよりすぐれているようには思えなかった。
その時、急にDr.マクリーンが「ロンドンにはパブが何種類かあるが、大きく分けるとビールパブとジンパブの二種類だ。今飲んでいるところはビールパブだから、次はジンパブだ」と得意気に語り、そして「ジンパブの方が高級だ」とのたまった。ビールストリート(ビール街)とジンレーン(ジン横丁)、私は初めて聞く言葉であった。ビールとイギリスが誇る「ドライジン」などをいろいろ味わったが、どうも今一つ感心しなかった。今思うと、おつまみがなかったことがその原因のような気がしている。
なお、Dr. John W. McLeanの功績は以下を参照いただきたい(英文サイト)。
https://www.nature.com/articles/sj.bdj.2009.729