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2022年9月号掲載

私のはじめての1本[Scene1] 教え込まれた多くの知識と経験豊かなエキスパートに支えられ不安なく挑めた記憶

私のはじめての1本[Scene1] 教え込まれた多くの知識と経験豊かなエキスパートに支えられ不安なく挑めた記憶

※本記事は、「Quintessence DENTAL Implantology 2022年No.1」より抜粋して掲載。

自身の体験から学ぶ

人間、どのようなことであっても、第一歩は存在する。最初に適切な手ほどきをしてくれる人がいれば、それ以降の無駄を省くことができ、さらに安心して先に進むことができるであろう。これは、終戦の2ヵ月半前にこの世に生を受けた筆者がこれまでの人生で幾度となく体験してきたことである。

物資に乏しい時代であったが、2歳の誕生日に両親は3輪車を買い与えてくれ、転倒することはなかったものの、小学校に入る前に与えられた2輪車ではさすがに怖かった記憶がある。しかしながら、お世辞にも運動神経にすぐれていたとは言い難かった父親の助けで、短時間で乗りこなせるようになった。恐々とぺダルをこいでいる間はバランスが取りにくいが、父親が後ろから強く押してスピードを上げることで安定性が増すことを学んだ。この時に刷り込まれた体験がいまだに尾を引き、2輪車はスピードを出さないといけないもの、との考えが抜けきれないでいる。14歳のスーパーカブに始まり(当時、真面目な少年は合法的に50ccまでのバイクに乗れた)、16歳のときに当時としては驚異的にも最高回転数が毎分1万回転を超すバイクで、ある体験をした。公道を100km/hほどで走行している時(当時はオービスもなくパトカーも遅い時代であった)にミスシフトをしてしまい、前輪が持ち上がり、突然、視野が空に向かった。現在であれば、そのようなウィリーが起こることは知っているが、まったく知識のない子どもにとっては驚愕の体験であった。大小何回も自損事故を起こしたが、この体験はソフトウエアである自分の腕の過信、あるいはハードウエアであるバイクの限界を知らなかった頃であったと思い出している。

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