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2024年8月号掲載

『TOOTH WEAR―保存・修復の真髄を求めて』を振り返る

【PR】Tooth Wear:現在の考え方と臨床

※本記事は、「新聞クイント 2024年8月号」より抜粋して掲載。

 2023年に発刊された『TOOTH WEAR―保存・修復の真髄を求めて』は“Tooth Wear”の診断、治療から予防・メインテナンスまでを網羅した決定版であり、Tooth Wear(トゥースウェア)を引き起こす酸蝕症・摩耗症・咬耗症・アブフラクションの病因や評価、削らずに付加的な処置で歯の修復を図る“additive restoration”の実際、デジタル機器の活用、矯正歯科・インプラント治療の併用、食事や生活習慣改善・適切な歯磨き・マウスガード装着などによる対応など、最新情報に基づく治療法を収載した書籍として、Tooth Wear患者に対する具体的で実践的な診療システムの構築に役立つ、全歯科医院必携の1冊となっています。
 本欄では、『TOOTH WEAR―保存・修復の真髄を求めて』をもとに、現在の本邦におけるTooth Wearの考え方と臨床像を、監訳いただいた田上順次先生(東京医科歯科大学名誉教授)と翻訳にご尽力いただいた宮崎真至先生(日本大学教授)に一般臨床家に向けてわかりやすく解説していただきました。(編集部)

『TOOTH WEAR―保存・修復の真髄を求めて』の特徴

田上 本書はたいへん重厚な本ですが、中身もTooth Wearに関してほぼすべてが網羅されています。特に特徴的なのは、豊富な臨床例で、さまざまな状態のTooth Wearに関する情報がよくでています。その際のアプローチとして、この著者たちはファミリーでクリニックを営んでいらっしゃるのですが、歯科矯正とインプラントの専門家が、家族のグループのなかで一緒にかかわっていて、各症例・各状況に応じたアプローチがなされているところが大きな特徴だと思いました(図1)。

図1 第9回日本国際歯科大会で来日した著者陣(2023年10月、於:パシフィコ横浜)。左から、Dr. Beatriz R Vilaboa、Dr. Debora R Vilaboa、Dr. Jose Manuel Reuss。

 Tooth Wearの基礎的なところは押さえてあり、それを臨床にどう活かすかということで、臨床的に非常に簡便な診断法・評価法もわかりやすく表にまとめられています。

編集部 つぎに、本書の最初の勘どころであるTooth Wearの病因と種類について、本書には多因子的な疾患であるということを前提にふれられていますが、この章の翻訳をお願いした宮崎先生に解説していただければと思います。

Tooth Wearの病因と種類

宮崎 「Tooth Wear」とよばれるもののなかには、酸蝕歯、楔状欠損、摩耗、咬耗、あとは一部知覚過敏も含まれることを考えても、要因あるいは原因としては非常に複雑な疾患ととらえるべきであると思います(図2)。

図2 15年間睡眠が不足しており、非常に過酷な仕事をもっている40歳の成功したビジネスマンの下顎アーチ。彼のパートナーは夜間の歯ぎしりに悩まされている。『TOOTH WEAR』CHAPTER2 Tooth Wearと唾液:防御の最前線(P58、図2-18)より。

 本書の特徴として、医学的な知識をもった著者らが執筆されているので、単にブラッシングによる摩耗、咬合力ということ以外に、精神的な問題とか、生まれてきた環境、また生活している環境まで含めて、Tooth Wearにかかわる要因として大きくとらえています。歯科医師が、ただ単に何か欠損がある、機能障害がある、審美障害がある、それを治すだけではなく、その背景をしっかりととらえることが必要だということです。
 またTooth Wearのさらに深い部分で、いじめとTooth Wearの関係まで書かれているわけです。そういったところも非常に感銘を受けました。要因に関しては、おそらく本書の右にでるものはないだろうと感じています。

編集部 ありがとうございます。実際の治療については、両先生に順番に解説をお願いしたいところです。初期、中等度、重度の場合、いろいろと方法が変わってくると思いますが、特に田上先生には、いわゆる“additive restoration”にもちょっと踏み込んでいただけますでしょうか。

Tooth Wearの実際の治療

田上 宮崎先生のご指摘のように、「病因と種類」については非常にわかりやすくまとめられていて、診断のための情報が整理されているのがすばらしいと思います。
 「評価と治療」で、まず評価でみると、Tooth Wearは評価基準がなかなか難しいところがあるのですが、ここで採用している評価法は、非常に臨床的に使いやすい形のものです。さらにその評価に加えて、Tooth Wearの進行度・進行性を評価するための基準が示されています。患者の初診時にその状態を把握するだけではなく、それが現在進行しやすい状態にあるのかどうか、その診断のための情報が詳細に書かれています。初期あるいは中等度の症例に対しては、それ以上に歯質を削るべきではないという、徹底したMI(Minimal Intervention)の姿勢が貫かれています。
 それで、本書では一貫して“additive dentistry”という概念で述べられています(図3)。ひどくTooth Wearが進んでしまったとき、咬合面にスペースがない状況もでてきます。そういったときには、どんな咬合形態で回復すべきか、またそのときの多数歯を1回で修復するような方法も、直接法と間接法も含めて提示されているので、各症例に応じた対応がわかりやすいと思います。状況によっては、矯正歯科治療も必要であるということで、矯正歯科治療と修復処置をどういった順番で行うべきかも、たくさんの症例をもとにこのクリニックのチームで取り組んできた成果が本書によく反映されていると思います。

図3 “additive restoration”の一例。フェザーエッジポーセレンラミネートべニアは軟組織と適切に一体化する。最小限の形成により、エナメル質を最大限に保存し、予知性の高い接着操作を行い、歯の耐久性を向上させる。バイオミメティック効果も見逃せない。『TOOTH WEAR』CHAPTER6 中等度のTooth Wear:治療戦略(P211、図6-21v)より。

宮崎 本書の中核になっているのが治療法になるわけですが、ただ単に治療法だけだと、削って詰める、あるいは削って被せるといったイメージになるだろうと思います。たしかに最終的にはそのような方向性になるのですが、その前に、Tooth Wearの診断、またどの程度のグレードなのかをどのように見極めるかが書かれています。状況に合わせた治療をしていくためには、どの程度Tooth Wearが進んでいるのかが重要になってきます。
 診断の方法として、デジタルスキャナーを用いて口腔内の状況を判定して、理想的な咬合関係、あるいは理想的な歯冠形態をつくっていきます。それに対してモックアップを患者さんに提示し、インフォームドコンセントを得るという作業から治療法を選択していきます。現代における審美歯冠修復の理想的な流れが、ここに写しだされていると思います。また、本書のサブタイトルは「保存・修復の真髄を求めて」ということで、Tooth Wearという病状に対して、どのように修復していくのか、どのような歯冠修復法があるのかということが、その段階によって記載されています。
 コンポジットレジンによる修復、モールドを用いたコンポジットレジン修復、そしてオーバーレイのアンレータイプの臼歯部の修復、そしてラミネートベニア、それで終わらない場合はクラウン、最後にはインプラントまでも含めた修復、そのトータルでのテーラーメイドの歯科医療をこのTooth Wearを軸にしてとらえています。単に修復だけではなくて、口腔内全体の機能を含めた治療法の流れを、Tooth Wearの初期、中等度、重度に分けて、あらためてその治療法の多様性に気づかされる内容になっていると思います。

編集部 つぎに、先ほど先生もおっしゃっていましたが、本書には予防とメインテナンスまで突っ込んでふれられています。ここに関しては、たとえば、弊社の「歯科衛生士」、「nico」という雑誌、待合室に置いて患者さんが見てわかるようなちょっとかみ砕いた表現で、Tooth Wear治療に対する予防とメインテナンスの重要な役割を担う歯科衛生士に向けて、両先生からコメントをいただけますか。

Tooth Wearの予防とメインテナンス

宮崎 予防とメインテナンスは、治療した後はたいへん重要になってきて、それを見極める1つの方法として、経時的にその変化をみていくという記録の方法がまず明示されています。
 特にこれは歯科衛生士側の努力がきわめて重要になってくると思いますが、何といっても大切なのは継続的なメインテナンスプログラムを行うことと、患者さんから聞き取ること、薬や食事の問題、あるいは飲食の嗜好の問題について、患者さんの言葉にしっかりと耳を傾けることです(図4)。地道ではありますが、失われた歯質あるいは失われた審美性、機能を元に戻した後、どうやってそれを継続させるかが本当に重要で、そこを担うのが歯科衛生士の力なんだと思います。

図4 初期のTooth Wearに修復を行った数日後に、咬唇癖による傷が治癒しはじめ、パラファンクションな習癖を止めたことから良好な予後が期待できる。Tooth Wearの阻止は、学際的なアプローチによりすべての残存する歯を保護することが目的となる。『TOOTH WEAR』CHAPTER5 初期のTooth Wear(P162、図5-18f)より。

 またそういった患者さんの口腔内の微妙な変化、口腔内だけでなく、患者さんの心の微妙な変化も知ることがとても重要で、そこが歯科衛生士の腕の見せどころという感じがします。

田上 いま問題のない人に対しても予防は必要ですし、ひととおり治療が進んできたなかで、さらにそれをきちんと維持できるようにメインテナンスは必要ということです。
 ここでおもしろいのは、たとえば、修復が終わった後の患者さんにマウスピースを着用させます。それによって補綴装置の保護も含めて、Tooth Wearの進行抑制にも役立てるという考え方が示されています。たしかにTooth Wearが急激に進むときは、ちょっとした破折が起きたりして、ますます欠損が大きくなることもありますので、マウスピースやナイトガードを着用するのは非常に重要な部分と感じました(図5)。

図5 Tooth Wear修復のメインテナンスでは、軟性のマウスピース(ナイトガード)やスプリントの適用が必須となる。『TOOTH WEAR』CHAPTER10 われわれはTooth Wearの進行をゆるやかにできるだろうか(P394、図10-37e)より。

 あるクリニックの院長先生は、インプラントを年間多数埋入していて、自費の売上げも多いのですが、あるとき1年間の売上げを計算してみたら、自分の売上げと歯科衛生士のメインテナンスの売上げがほぼ同じくらいだったという話がありました。まさにう蝕、歯周病についての予防の意識が高まってきているので、継続的にメインテナンスに来られる患者さんは非常に多い時代になってきています。
 歯科衛生士が自分の担当する患者さんを増やしていく。患者さんの立場でいうと、「マイ歯科衛生士」という概念ですかね。「私の担当の歯科衛生士さん」がいると、非常にいろいろな会話がしやすくなる。そこでう蝕が予防できて、歯周病も予防できているという状況になったとき、必ずみられるのがTooth Wearだと思います。患者さんには、そのTooth Wearについても少し理解していただくような会話を歯科衛生士からしていただくと、非常に良いと思います。
 私自身がトライしているのは、自分の患者さんも20年、30年とメインテナンスに通ってくださっている患者さんが多いのですが、そういう人にもできるだけナイトガードを使ってもらうようにしています。自分と一緒に年をとってこられるので、患者さんも高齢の人が多く、かなり小さな破折があったり、Tooth Wearが顕著にみられたり、まだ先も長いので、これ以上、減らないようにしましょうということで、マウスピースを使うようにしていただいています。
 また本書では、単にフッ化物にとどまらず、リン酸カルシウムの効能も解説していまして、「歯そのものを丈夫にしていこう」という少し積極的な予防も打ちだされていて、非常に共感する部分が多いと思いました。

宮崎 つけ加えると、Tooth Wear自体が着目されたのはここ十数年だと思いますが、これが急にでてきた疾病なのかというと、そうではなく、気がつかなかったのです。いま教育のなかでも取り上げられていますが、その病状、その診断がなかなか難しいこともあると思います。そういったことを反省して、その病状をしっかりと知るためにも、本書を歯科医院のなかで共有していきたいですね。歯科医師、歯科衛生士、かかわっている歯科技工士などのスタッフ全員がこの情報を共有し合って、またそういう患者さんがいたとき、どのような対応をしていくのかというためにも、本書が必要だと思います。
 また、この書籍には、「Tooth Wearとは何か?」という患者さんの視点からの付録が付いています。付録には、患者さんを含めたデンタルチーム全員が共有できるような内容が含まれています。
 CHAPTER10のタイトルは「Tooth Wear治療30年の経験、われわれは何を学んだか?」となっていますが、長い年月の血のにじむような努力、進行をどうやって食い止めていくのかという、デンタルチームのなかでの取り組みがタイトルに表れています。そういった意味でも、デンタルチームとして本書を共有することを本当にお勧めしたいと思います。

田上 付録は使いやすいものが多いです。たとえば、付録1の質問票は、本にそのままくっついているのですが、初診時の患者さん全員にチェックして、それをもとに口腔内の検査のとき、簡単な評価法もでていますし、現在のTooth Wearの状況が、どのくらいの進行度のもの、進行性のものか、進みやすいものかまで含めて書いてあります。個々の患者さんのしっかりした診断があって、この質問票から個々の患者さんのいちばん大きな問題点がはっきりわかってきますので、それに応じた対応ができるでしょう。
 患者さんも「そんなの初めて聞いた」という人がほとんどだと思いますので、「ここの歯科衛生士にこんなこと聞いたよ」と、かなり強く印象に残るのではないかと思います。

宮崎 口の中の変化は、自分ではなかなかわかりません。それを歯科医師は、どうしても上から目線で患者さんに「こうです」と伝えがちとは思いますが、その点、歯科衛生士は患者さんと同じ高さの目線で、「いま口の中の状況はこうで、アンケートにこのように書いていましたけど、どうですか?」という非常にソフトなアプローチを行っていって、患者さん自身がそういう意識はないTooth Wearでも特に酸蝕歯の場合、菜食主義の人が多いといわれていて、自分の健康に良いと思ってやっていて、それが身体には良いのかもしれないけど、口の中の健康にはあまり良くなかったという例があります。それを上から目線で、「それはやめてください」と言ってはいけません。そういうところは、ワンクッション置ける歯科衛生士が患者さんの気持ちに寄り添い、対応することが重要です。治療を円滑に進める歯科衛生士の力が、Tooth Wearの治療、また治療の後のメインテナンスでは本当に欠かせないだろうと思います。

田上 本書の中では「ヘルシーダイエット」という言葉で書いていましたね。健康志向が強まって、酸蝕症が進みやすい生活に変わってきているとか、先進国だと炭酸飲料の消費が非常に多いとか、患者さんの嗜好品でいうと思い当たるところは皆あると思いますし、先ほどの「自分は健康な食生活をしている」という人、特に女性は朝に健康面からスムージーを摂るというのがあります。

宮崎 あとは黒酢ですよね(笑)。

田上 黒酢もありますし、日本の酢を飲む習慣も、本書でちゃんと取り上げてくれています。世界中、いろいろな地域での特色の情報もあって、読み物としても結構おもしろいですよね。

Tooth Wearの全貌がわかる必携の1冊

宮崎 その他にも、咬合の再構築という非常に難しい部分がありますが、そのポイントを含めて書いているのは、「このチーム、すごいな」と思いますね。

田上 そうですね。CAD/CAM、インプラントを含めて、最新の歯科のテクノロジーや技術を使って、歴史的にはそんな長いことクローズアップされてこなかったTooth Wearに、いまの歯科でできるものを全部網羅した対応をしていますよね。
 またこのチームも、著者の1人Debora氏がいちばん年長で、そのつぎの世代の人がインプラントや矯正歯科治療を行うということで、ジェネレーションごとのアプローチの仕方、あるいは学んできた専門性がうまく調和しているように思います。

宮崎 あと本書の良いところは、1ページ目から読まなくても良いところですよね。

田上 目次を見て、「ちょっと歯を強化するのに、どんなものが良いだろうか?」というときは、そのページを見れば、これは日本で使えるなといった具体的なものもでてきますし、かなり実用的な内容になっていると思います。

宮崎 こんなに重い書籍ですが、逆にこの重みがあるので良いという気がします。装丁もすごくきれいですし、写真のクオリティも高いし、これを読み込んでいくと、いまの治療技術、またいまの歯科治療のなかで対面しなければいけないTooth Wearの全貌がわかってきます。
 逆に治療技術から読んでいって、「じゃあ、実際何でこんなになるんだろう?」と、第1章、第2章に戻るとか、また咬合高径を上げるといった簡単ではないものをどのように考えていくのかとか、そういった学びのスタートが切れる書籍かと思います。

編集部 本日はありがとうございました。