2026年11月号掲載
エビデンスに基づくセルフ口腔ケアのガイドラインが発表
【PR】 口腔ケアにおけるマウスウォッシュの可能性
※本記事は、「ザ・クインテッセンス 2026年11月号」より抜粋して掲載
先般,アジア太平洋歯科連盟(Asia Pacific Dental Federation:APDF)による「予防の力~エビデンスに基づくセルフ口腔ケアのガイドライン」が発表され,先日その日本語版も発行された.本ガイドラインは,アジア環太平洋地域の人びとに対し,最適なセルフ口腔ケアの実践を促進するうえでマウスウォッシュが果たす役割について,文献や臨床実践ガイドラインから得られたエビデンスに基づくメッセージを簡潔にまとめ,広く普及させることを目的としている.本稿では,本ガイドライン策定と日本語版の監修を務められた野杁先生と,世界歯科連盟(FDI)理事として本ガイドライン発表の場に立ち会われた小川先生のお二人に,本ガイドラインの意義やマウスウォッシュの可能性などについてお話しいただいた.
発表の場に立ち会い感じた,本ガイドラインの意義
小川 私はFDIの理事をしていますが, そのなかでAPDF担当理事(当時)として会議に参加しています.APDFがベトナムで開催された際,野杁先生が今回携わられたガイドラインの最終発表の場に立ち合いました.ご承知の通り,アジアには多くの国々があり,アジア全体でみると口腔保健はまだ発展途上と言わざるを得ません.とくに,う蝕や歯周病の罹患率の高さは大きな問題となっており,それらの予防をしていく必要があります.FDIでは「Vision2030」という指針の下,2030年に向けた各国における口腔保健を加速化していく必要性を全面的に出しています.そういった観点から,今回のガイドラインが発出されたことは,口腔保健を推し進めていく1つの起爆剤になっていくものと考えます.
とくに今回,「予防の力」を重要なポイントとして捉えている点が注目です.口腔保健のなかで予防はとても重要ですが,予防にフォーカスを当てた取り組みは実際は少ないのが現状です.今回のガイドラインが予防を推進していくことにフォーカスして作成されたことは非常に大きな意義があると思っています.今後は各国でいかに実装するかが課題であり,APDFの学術委員会委員長とも話をしていますが,このガイドラインを積極的に広報すると同時に,どういう使い方をしていくことが重要であるか議論が求められていると考えます
FDIや国際的な歯科界の動向を踏まえた,これからの歯科の予防の方向性
小川 「口腔疾患は基本的に予防できる」が大原則になっています.したがって,私たちが今一度予防をきちんと推進していくことが大切です.アカデミアにいる人間は理屈としてはわかっていますが,この理屈を政策に落とし込んで行動につなげていくことが非常に大事です.
先ほどFDIの話をしましたが,WHO(世界保健機関)も同じように2030年に向けた口腔保健を提示しています.口腔保健を“プライマリーヘルス”として位置づけることを目標にして,その実現のためにユニバーサルヘルスカバーレッジ(UHC)の重要性を説いています.UHCとは,すべての人が基礎的な保健医療サービスを,必要な時に,負担可能な費用で享受できる仕組みのことです.
日本の国民皆保険制度はUHCの一例です.しかし,日本の保険制度は低価格でみんなが受診できるため,医療費の割合がどんどん上がり,国の予算を逼迫している現実があります.よって,治療に対する保険制度から,予防に対する保険制度へのシフトが本質的に必要です.
「なぜ,予防が大切か?」というもう1つの裏付けは,予防をしていくことは最終的に医療費の抑制につながるという研究データが出てきている点です.北欧諸国等では,保険制度は完全に予防を中心に動いており,医療費の過度な負担もなくできています.したがって,長期的視点に立つと,予防にウェイトを置いた医療政策を国が行っていくことで,最終的に人びとが健康をより享受しやすくなるような財政基盤につながっていくものと考えます.その政策をどういう形でそれぞれの国で落とし込むか,それを支援しているのが WHOやFDIであるとお考えいただければと思います.
野杁 小川先生はFDI理事で,日本の代表として多くの国々の方々とかかわっておられますが,APDFやFDIで日本の歯科はどう思われているのでしょうか.
小川 日本は世界のフロントランナーと言っても過言ではないとは思います.たとえば,う蝕予防に関して,日本の子どものう蝕は世界に比べて少なく,注目されています.また,高齢化が進むなかでの高齢者への口腔保健も8020運動が広く知られており,日本の口腔保健政策を各国が注視しています.
一方で課題と感じるのは,日本にはせっかく良いデータや政策があるのに,世界へ向けた発信があまり上手ではない点です.アジアなどさまざまな国にもっと情報や知見が共有され,多くの人びとが恩恵を受けることができるようになることが望まれます.
ガイドライン策定ボードメンバーの立場から,大会全体の特徴や日本の歯科医療従事者にとくに注目してほしいポイント
野杁 ガイドライン日本語版(図1)の緒言にも書いていますが,アジア環太平洋地域の白書ということでAPDFが発表したことにはなるのですが,この会議に参加した国は,日本,韓国,台湾,フィリピン,インドネシア,タイの計6か国です.そのなかで,日本以外の他の5か国は,ほとんどが行政か歯科医師会の代表の方で,私だけが科学者/研究者・アカデミアという,ちょっと変わった構造がありました.ですから,そのなかで意見のすり合わせがうまく進むのかを危惧していました.
先ほど小川先生からもご指摘がありましたように,世界的に見てアジア環太平洋地域は,う蝕と歯周病の罹患率が高い地域であり,なかでも日本と東南アジア諸国等では大きな格差があります.各国に格差があるなかで,APDFがどのように白書としてガイドラインに落とし込むか,そのコンセンサスを得るかに苦労しましたが,結果として落とし込めたことが最大の特徴ではないかと思っています.
各国の歯科事情があり,国単位,個別単位では合致していない部分もあるかもしれません.それでも,アジア環太平洋地域で見た時に,最低限の共通のエビデンス,ガイドラインとして成立しているのではないかと思っています.
そしてこのガイドラインでは,予防のなかでもとくにマウスウォッシュについて力を入れて討議を行ったことが第2の特徴です.マウスウォッシュの効果のみならず,その簡便性も大きな利点です.ちなみに,マウスウォッシュの常用者の割合はタイでは約70%ですが,日本は約40%という状況があります(図2).
米国ではフロリデーションが禁止されるのではないかという州も出てきています.アジア環太平洋地域における予防や口腔ケアをどの方向へ先導していくかは,個々の国だけがやることではなくて,APDFのような団体が啓発して方向性を決めていくべきではないかという点が今後の検討課題になると考えています.
小川 野杁先生のお話に少し付け加えますと,今回のAPDFの会議に参加したメンバーはかなり活発に活動している国の人たちで,アジア環太平洋地域のなかでも意識が高い人たちです.しかし,やりたくても人材や経済的なリソースがない国が実はまだたくさんあることを忘れてはなりません.私は,野杁先生のリーダーシップで作成されたこのガイドラインが,作成に関与した国だけでなく,それ以外の国においてもどれだけ活用してもらえるかが真の意味で大事な点だと思っています.
今回のガイドラインにおいて,セルフケアで日常的に使用しやすいツールとしてマウスウォッシュが挙げられているのが大きな特徴です.アジア環太平洋地域の人びとで,歯科医院に行けない,あるいはそういった設備がない地域において,セルフケアの向上という観点からマウスウォッシュが歯磨きのサポートとして使っていけるようになると良いと思います.予防を推進していく素地を作るうえで,マウスウォッシュは大きな役割を果たしていくと考えます.
マウスウォッシュが注目されている理由,そして,エッセンシャルオイル,クロルヘキシジン,塩化セチルピリジニウムのマウスウォッシュの違いを歯科医療従事者はどう理解すべきか
野杁 口腔疾患の予防を考えたとき,口腔ケアの対象は歯だけではないことをまずは認識してほしいと思います.私の専門はデンタルバイオフィルムですが,口腔全体のバイオフィルムは口腔バイオフィルムといいます.多くの人が口腔バイオフィルムとデンタルバイオフィルムを同じように捉えていますが,まったく違います.
口腔バイオフィルムは,舌苔など舌の上のバイオフィルム,粘膜表面に付着したバイオフィルム,義歯表面やインプラント表面に関連するバイオフィルム,これらすべてを含みます.それに対し,歯に付着したバイオフィルム,これだけがデンタルバイオフィルムということになります.われわれが歯を磨くことで対応しているのはデンタルバイオフィルムのみになります(図3 ).
口腔の表面積全体をみますと,歯の表面積は25%にすぎません.それ以外の75%は粘膜や舌,その他になります(図4).よって,歯を磨いて100%口腔ケアができたと思っている方は,その認識をまずは改めていただければと思います.
ただ,歯の表面は硬組織であり,不活性な組織です.一方,粘膜や舌といった軟組織は生きた組織であり,細胞は2週間単位でターンオーバーします.唾液の作用もあることから,歯ほど汚れることはありません.ですから,口腔バイオフィルムを予防,洗浄する点でいうと,それに適したのがマウスウォッシュということになります.
たとえば,「洗口液とその使い方ガイドブック」に記載していますが,普通のデンタルバイオフィルムを5分間マウスウォッシュを漬けただけでは歯垢染色液は落ちません.歯を磨けばほとんど取れて,その後にマウスウォッシュを使えばまったくなります.その視点でいうと,主になるものは歯磨きであることは間違いありませんが,その補助として働くのがマウスウォッシュであるといえます.よって,文献的にもマウスウォッシュ併用の有効性は証明されており,マウスウォッシュはたいへん意義があるものであると考えています.
エッセンシャルオイル(EO), クロルヘキシジン(CHX),塩化セチルピリジニウム(CPC)の3種類のマウスウォッシュの違いや使い分けですが,ガイドラインのなかでは3つの効果・効能を謳っています. 1つ目がバイオフィルム細菌の付着抑制効果, 2つ目が歯肉炎抑制効果です.この2つについては,どのマウスウォッシュを使っても有意差はありません. 3つ目はう蝕予防効果で,フッ化物配合のマウスウォッシュが該当します.
EO,CHX,CPCのマウスウォッシュはそれぞれが殺菌力を有していますので(図5),歯科医療従事者がマウスウォッシュの選択基準について患者さんに説明する場合は,それぞれの特徴をお伝えしながら,患者さん個人の好みで選んでよいと考えています.
他方で,副反応としてCHXはアナフィラキシーの報告等があり,アレルギーの問題が示唆されています.その点さえ注意すれば,EO,CHX,CPCはバイオフィルム細菌の付着の抑制・予防,あるいは歯肉炎予防に有効です.
本ガイドラインを日本の歯科医師,歯科衛生士は日常診療や患者指導にどう活かせるか
小川 このガイドラインに掲載されているエビデンスの表(図6)がとてもクリアにまとまっています.患者さんは子どもから高齢者,あるいはいろいろと口の中にハンディを持っている方もいらっしゃるので,そういった方々に対する適切なマウスウォッシュの選択指針になっていくと思います.
野杁先生がおっしゃったように,マウスウォッシュは歯磨きに代わるものではなくて補助的なものであると同時に,“セルフケアを充実させていくもの”です.日々のセルフケアに上手に応用することを,ぜひ歯科医師や歯科衛生士の皆さんがガイドラインを基に患者さんに説明していくことがポイントだと思っています.
また, ガイドラインには「WHOの見解」が記載されていますが,WHOはここ数年オーラルヘルスにかかわる歯科の薬剤を「必須医薬品」と位置づける取り組みをしてきました.これは言い換えれば,その国が必須な薬品として流通をしっかりと確保しなければならないという意味ですので,マウスウォッシュも歯磨剤と同等の位置づけとして考えてよいと思っています.私たちの通常のプラークコントロールに“プラスアルファ”になることはわかっていますので,そのメッセージをしっかり患者さんにお伝えいただければと思います.
野杁 口腔感染症ニアリーイコールほとんどすべてがバイオフィルム感染症です.そして,う蝕,歯周病の主因がデンタルバイオフィルムであることは皆さんご存じのはずです.そのわりに,そのことがなぜかなおざりにされていると35年ほどデンタルバイオフィルム研究をやって感じ続けています.「たかがバイオフィルム,されどバイオフィルム」なのです.そのことを再考していただければ,口腔ケア,セルフケアの意義をまずは国民全体,それと歯科界全体がもう少し強く意識できるのではないかと考えています.
そのなかで,マウスウォッシュをどのように普及させていくかが重要です.コロナ禍に,マウスウォッシュに関する講演を行う機会がありました.コロナ禍は3密という言葉が流行っていましたが,日本でマウスウォッシュを普及させるために,私は3Aで達成できるのではないかと思っています.それは,Accurate selection(正しい選択),Appropriate use(適切な使用),そしてActive enlightenment activity(積極的な啓発活動)です.そのためには,歯科医師や歯科衛生士だけではなく,行政の方にも頑張っていただく必要があると思っています.
う蝕については生活習慣病の側面が感染症の側面よりかなり強いと思いますが,歯周病については炎症のコントロール,バイオフィルムのコントロールで制御できることは明らかです.その点についてもっと啓発していく必要があると感じます.そのなかで,如何にしてマウスウォッシュをうまく使うかをもっと大々的に皆さんで考えていくべきではないでしょうか.
日常臨床以外の場面におけるマウスウォッシュの可能性
小川 現代は災害や紛争が各地で起きています.そういった非日常的な状況では,口腔ケアが一時的または長期的に難しくなります.歯磨きに必要な水がないという状況です.そういった状況下で人びとが口腔衛生を保つためにマウスウォッシュが大活躍します.被災地に行くと,口の中のことで困っている方から,「簡単に歯磨きできないんだよね」という声もあり,マウスウォッシュの需要が高くなります.
野杁 災害の話でいえば,昨年12月に宮城県気仙沼市の中学校で「災害時の口腔ケアに何を使ったらいいか?マウスウォッシュはどうか?」という講義を中学生相手に行いました.聴講した中学生たちは,2011年の東日本大震災を体験していない世代でした.学校からは「震災を忘れさせてはいけない.災害時に口腔ケアのために何を用意すればいいかを話してほしい」と要望がありましたので,「避難袋の中に,原液仕様のマウスウォッシュを常備しておいてください」とお話ししてきました.
小川 マウスウォッシュは日常のセルフケアの補助的なツールであり,かつ災害時といった非日常的な状況下ではセルフケアの中心的な役割を担う大事なツールであることを,歯科医療従事者には改めて知っておいてほしいですね.多くの場面で役立つマウスウォッシュを身近なツールとして活用していただきたいです.
参考文献
1 . J. A. Militante, et.al. The Power of Prevention: Evidence-Based Guidelines for Self-Oral Care. Asia Pacific Dental Federation, 2026.
2 . 野杁由一郎(監修).予防の力:エビデンスに基づくセルフ口腔ケアのガイドライン.アジア太平洋歯科連盟.2026年.
3 . 竹中彰治,野杁由一郎ほか(編著).洗口液とその使い方ガイドブック.2021年改訂.
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