【限定公開】災害関係

オンライン特別鼎談 災害時の歯科の役割を再考する

2024年1月号掲載

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2024年1月号掲載

オンライン特別鼎談 災害時の歯科の役割を再考する

※本記事は、「新聞クイント 2020年12月号」より抜粋して掲載。

 令和2(2020)年7月豪雨、2019年9月の台風19号、台風15号、2019年8月の九州北部豪雨など、枚挙にいとまがないほど自然災害が多発しています。災害はいつどこにやってくるかわかりませんが、災害に対する備えや対策は万全でしょうか。また、災害から逃れたにもかかわらず避難所や仮設住宅といった慣れない生活など環境の変化で、尊い命を落とすことがあってはなりません。
 本鼎談では、災害医療の現場に長年かかわっておられる中久木康一先生、熊谷章子先生、原田奈穂子先生にご協力いただき、それぞれの立場から災害時の歯科の果たすべき役割と、災害支援に対する心構えなどについてお話しをうかがいました。あらためて災害時の歯科の役割を考えてみたいと思います。なお、本鼎談は新型コロナウイルス感染症の影響にともない、オンラインでの収録とさせていただきました。(編集部)

歯科における災害支援活動

中久木:本鼎談では、メインテーマの「災害時の歯科の役割(歯科医師と歯科衛生士を中心に)」について、それぞれの立場から現状と課題についてご説明していただきたいと思います。
 歯科における災害支援活動は大きく3つに分けられ、1つめは身元確認作業、2つめは歯科医療、3つめは歯科保健になります(図1)。歯科保健は、私も地域でかかわっている分野になりますが、それぞれの活動では連携先が異なります。歯科医療は医療チームと連携することが多く、歯科保健は地域の保健や介護、福祉などと連携することが多いです。たとえば歯科衛生士の役割として、災害関連死を予防するための個別のアセスメントや、避難されている集団の方々に対する口腔保健指導や口腔保健の啓発などがあります。
 1995年から注目されるようになった災害関連死と呼吸器疾患の割合のデータでは、災害関連死のうち呼吸器疾患は約2~3割あることが示されています。災害関連死を予防するためには、特に要配慮者とよばれる方々に対して口腔ケアをはじめとする健康支援活動が重要となります。もちろん、要配慮者を確認して問題がなければそれで十分ですが、そうではない場合にどのようなサポートやアプローチが必要になるのかということを医療の側面だけではなく地域保健の側面からもう一歩先を考えることが求められます。
 歯科全体としては、私がかかわらせていただいている災害歯科保健医療連絡協議会が東日本大震災後に設置されました。この組織は日本歯科医師会や日本歯科衛生士会、日本歯科技工士会、日本歯科医学会など歯科関係団体で構成されています。それらの団体間の連携や災害対応に関する認識の共通化を図るとともに、各団体独自の行動計画などの情報集約や共有を促し、有事に際して国や都道府県との連携調整を行い、被災地の歯科医療救護や被災者の歯科支援活動を迅速に効率良く行うことを目的としています(図2)。
 つぎに熊谷先生には、法歯学・災害口腔医学分野のお立場から身元確認作業の現状および課題についてご説明いただきたいと思います。

図1 災害時の歯科の役割。


図2 発災時の人的派遣の流れ。

身元確認作業の現状と課題

熊谷: 本学の法歯学・災害口腔歯学分野は3年前の2017年に設置され、そこから本格的な教育が始まりました(図3)。2017年は本学学生に岩手県主催の総合防災訓練を見学させ、その翌年からは岩手県歯科医師会の先生方の検視・身元確認訓練の業務を学生にも手伝わせたりしました。2019年に開催された県主催の災害訓練では、化学テロの発生で死者が出ている想定のもと、実際に防護服を着て県歯の先生方と一緒に歯科所見を取る訓練も行い、少しずつハードルを上げていきました。歯学4年生からは、歯科的個人識別の基本であるデンタルチャートの作成やレントゲンからの年齢推定、最終的には候補者との照合など、ある程度臨床を習ったあとの積極的な訓練参加に加え、災害医学にかかわる法歯学的な教育を行っている状況です。
 卒後教育については、各都道府県歯科医師会主催で企画されていますが、岩手県歯科医師会のセミナーは東日本大震災を契機にかなり進化していると思います。東日本大震災当時は、私たち法歯学領域の者や警察歯科医以外の未経験者の協力が必要な状態でしたので、大学関係者や歯科医師会会員が発災1週間後に行われた岩手県歯科医師会館での身元不明死体の歯科所見採取方法の説明会(図4)を聞き翌日からすぐ現場に行くという感じでした。
 また、日本だけでなく海外の取り組みも参考にするために、これまでブラジルや韓国の法歯学分野の先生方を講師として招聘し、ご講演していただいています。私が昨年参加させていただいたアメリカのDisaster Mortuary Operational Response Team(DMORT)の研修会(歯科関係者向け)は、日本DMORTのような災害直後から死亡者の家族支援を行うことを中心とするのではなく、あくまでも身元確認作業に特化した研修を行うものです。参加者のほとんどは歯科医師ですが、その中には歯科衛生士や歯科助手も参加されています。DMORTは、年2回必ず講習を受けなければ資格が更新できないほど、厳しいトレーニングが課されており、メンバーには当該業務による精神的影響についても教育されているようです。

中久木:図4は私が見た歯科医師会関連の研修会の中でも特に真剣に聞いている方々が多く、当時の緊張感や真剣さが伝わってきます。近年では身元確認作業に歯科衛生士の協力を求める声があり、一部の県や地域の歯科医師会で歯科衛生士を含めた訓練を行っているようです。もちろん、歯科医療過疎地域や歯科専門職が誰もいない地域では、被災状況によって歯科衛生士の協力が必要になってくることもあるかもしれません。しかし私は、基本的に歯科衛生士に身元確認作業への協力を求めるべきではないと考えています。むしろ歯科衛生士には、歯科衛生士にしかできない「お口の環境を維持することにより健康を保つ」という活動に集約していただき、関連死を起こさせないようにすべきと考えています。

熊谷:身元確認作業は、精神的な負担も含めて専門家や訓練を積んだ経験が十分な人たちがかかわるべきです。県主催の訓練やセミナーでさえ歯科医師の参加はそれほど多くありませんので、学生のうちから精神面の鍛錬という意味でも遺体安置所での作業を理解してもらえるような機会を増やしています。歯科衛生士の身元確認作業への協力について、岩手県では歯科衛生士に特化した訓練やトレーニングは皆無だと思いますし、現状からみても歯科衛生士が直接的に身元確認作業にかかわるというようなことは精神的なフォローへの対応を考えると、現段階では難しいのではないでしょうか。身元確認作業は警察庁と日本歯科医師会の協定によって依頼が出されますし、東日本大震災のような大規模災害で県レベルでの対応が難しい場合は、他県の専門家に外部支援していただくような仕組みが確立されれば、歯科医師だけで対応できるのではないかと思います。

原田:災害救助法の適用や激甚災害に指定された場合は、熊谷先生が述べられたように被災県の歯科医療者が動くのではなく外部支援を投入して身元確認作業を行っていただくというような方法は良いですね。DMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)のように超急性期だけ外部リソースを活用するイメージです。最近は自然災害が頻発していますので災害救助法の適用がそこまで遅くなるというケースは少ない気がしますし、災害救助法が適用になる時点で外部支援投入と同時に歯科もそこでスイッチを切り替えられますからね。

中久木:先ほど熊谷先生のお話の中で支援者の「精神的な負担」という指摘がありました。原田先生には災害時における支援のあり方と災害支援に対する心構えについて、解説していただけますでしょうか。

図3 本学学生が参加した岩手県主催総合防災訓練での検視・身元確認作業訓練。


図4 岩手県歯科医師会で開催された身元不明死体の歯科所見採取方法説明会(2011 年 3月 18 日)

災害時のメンタルヘルスの現状と課題

原田:災害は、そもそもリソースとデマンドのアンバランスが起きている状態です。津波やエボラ、もちろん今回のCOVID-19もそうですが、事象自体が災害ではなくて、それが起きたコミュニティのキャパシティがオーバーした状況を国連防災機関(UNDRR)は災害と定義しています。
 図5は災害時におけるこころのケアとして、歯科医療従事者に考えていただきたいと思います。1つめが「自分の力で回復する力を引き出す支援」。2つめが「小さなストレスの積み重ねを取り除く支援」です。これはどちらも精神保健および心理社会的な支援とよばれるさまざまな論文の中ですでにエビデンスが出されています。自分の力で回復する力(レジリエンス)は、すべての人に備わっているたいへんなことを乗り越える力、やりくりする力などを指します。
 たとえば、災害時における口腔ケアを中心とする誤嚥性肺炎の予防などは注目されていますが、特に外部支援者として歯科衛生士さんは「だれの歯にもむし歯をつくらせないぞ!」のように何がなんでも歯を皆さんに磨いてもらうような気持ちやイメージをおもちではないでしょうか。
 特に小さいお子さんのお母さんたちは普段でも仕上げ磨きをしてあげていると思います。たしかにお母さんたちは疲れていますが、本当は被災している状況の中であっても親として何かをしてあげたいという気持ちはあるのです。しかし学校や自分の家もなくなり、そういった場所さえも親として提供できていないという、非常に無力感を感じているなかで、レスパイトの意味ではなく親ができることをやはり専門職が取り上げてはいけないと思っています。そうではなく「お母さん、仕上げ磨きを一緒にしませんか?」や「仕上げ磨きが終わったら私がチェックしますね」など、支援者が何かをするのではなくて、その対象者ができることを見つけて気づかせる流れの方が、被災をされている方たちのレジリエンスを引き出せると思います。

中久木:災害支援にかかわる支援者の立場によって、必要な支援や提供したい支援にギャップが生じますしね。

原田:図6の支援者のストレスにもつながるのですが、外部支援者はいつの日かいなくなってしまいます。本当の意味で役立つ支援を考えるならば、外部支援者がいなくなったあとでも続けられることを考えるべきです。ただ、やはり新しいことをする時というのは、ご本人、家族、コミュニティが本当に望んでいる場合だけにした方が良いと思っています。たとえば、ヨガやピラティスといったリラクゼーションなどさまざまな支援団体が被災地に来て行うことがあります。一時的にはその地域の人たちも参加して満足感を得られることにはなるのですが、そのあと半年、1年と続くかといえばほぼ継続されることはありません。
 歯科の中でもそこを十分考えたうえで取り組んでいただくと、独りよがりの支援にならず、被災された方や被災された地域みずからの力で復旧する力を抑えてしまうことにはならないかと思います。
 私は東日本大震災の支援にかかわらせていただきましたが、2つめの「小さなストレスの積み重ねを取り除く支援」では、歯ブラシや歯磨き剤があっても口がゆすげるだけのきれいな水、手洗い場など環境が整備されていなければ、いくらオーラルケアが大事だからと言われても難しいと思います。「言うは易く行うは難し」ですが、多領域と調整・協働したうえでの支援を歯科関係者にはお願いしたいと思います。皆さんだからこそ、食べることから出すこと(トイレ)までを考えたうえでのオーラルヘルスを考えられるのではないかと思っています。
 また「自分の力で回復する力を引き出す支援」、「小さなストレスの積み重ねを取り除く支援」は、もともとこの精神保健および心理社会的な支援とよばれる災害時のこころのケアそのものの原理・原則に則っているというようにご理解いただければと思います。3つめの「精神保健および心理社会的な支援」として、まずは傷つけない支援(Do No Harmの原則)を考えていただきたいです。その他、PFA(Psychological First Aid)に則った支援も大切です。準備をして、見て、聞いて、つないでいきます。これはどの災害や災害支援の場面でも使える考え方ですので、特に保健医療者であればぜひ知っておいてほしいですね。
 「地域支援者」という言葉は私の造語ですが、地域支援者に該当する人は、災害が起きたコミュニティで行政職、医療職、介護職など、いわゆるその地域の社会インフラストラクチャーのどこかに関与しているような人たちで、歯科医師や歯科衛生士も該当します。図6内の「長期間で被災したコミュニティにかかわっていく役割」、私はあえて役割と書きましたが、被災をされた地域支援者だからこそできること、その人にしかできないことだと思っています。支援者のストレスは、こころや身体にもさまざまな変化が起きますので、災害歯科医学のカリキュラムや災害対応のシステムの中に組み込むことが必要になると思います。
 今後、災害歯科医学を普及させるためには、外部支援者としてのストレスや地域支援者としてのストレスも必ず考慮していただきたいと思いますし、そこをサポートするシステムも必ず並走させていただきたいですね。

熊谷:原田先生のお話からも、私たち歯科医療従事者が災害時にどのような立場で何をすべきか、より積極的に情報を発信していく必要がありますね。自分自身が被災した時に顔見知りの歯科医療従事者がケアにかかわることは被災者としてもすごく心強いです。私たちの法歯学の領域においても外部・地域の支援者の双方のストレス軽減ためにも役割分担はしっかり分けた方が良いですね。

図5 災害時における歯科だからできるこころのケア。


図6 外部支援者と地域支援者のストレス。

専門性を活かした災害支援へ

中久木:最後に、災害時における歯科支援のあり方についてご意見をいただき、まとめにしたいと思います。現在、災害医療コーディネーターには15都道府県ほど歯科医師が入っています。少しずつではありますが、各県の保健医療調整本部に歯科医療関係者が入る仕組みもできつつあります。もちろん災害医療コーディネーターに歯科関係者が入っていなければそこからの情報は入手できませんので、全都道府県の災害医療コーディネーターに歯科関係者が入れるような取り組みを続けていきたいと思います。

原田:歯科医師が災害医療コーディネーターとしてかかわることはとても良いですね。東日本大震災後、歯科の領域に関する災害対応体制はすごいスピードで整備化されていて、きちんと仕組みができあがってきています。
熊谷先生の法歯学分野においても学生のうちから興味・関心を増やすための研修やトレーニングをシステムとして実践していることもすばらしいですね。歯科は消化管の一部であり、そしてヘルスの入口にかかわれることはすばらしいです。医療は基本的には痛みや炎症をはじめとするネガティブ事象ですから、ぜひとも歯科は予防という領域においてオーラルヘルスでプレゼンスを発揮してほしいですね。
 今後、歯科における災害支援としてのグランドデザインを考えていただき、具体的な目標やその達成期間を掲げると今以上に歯科の災害対策は進むのではないでしょうか。

熊谷:私は専門性を活かした支援が備えにつながるのではないかと思います。不慣れな支援で心身にストレスを感じるよりは、平時の専門性が有事にそのまま活かせるという考え方や仕組みをしっかり定着させることが求められると思います。

中久木:過去の災害の教訓を活かすべく長年取り組んでこられた歯科医療従事者のおかげで、ようやく歯科への期待が高まってきました。災害時の対応は普段できていることの延長なので、災害状況に応じて必要な人を必要な場所に配分し、それ以外はサポートに徹するという考え方が望ましいと思います。私は、やはりその専門性が現場で発揮されるべきだと考えています。
――本日はありがとうございました。