2025年12月号掲載
―唾液検査が可能にする病因リスク評価と社会実装へ―
【PR】 特別企画 トップ対談 日本口腔検査学会×日本唾液ケア科学会
※本記事は、「新聞クイント 2025年12月号」より抜粋して掲載。
近年、口腔機能への関心の高まりやエビデンスに基づく歯科治療の推進により、「口腔の健康が全身の健康につながる」という認識は社会に浸透しつつあります。なかでも唾液を介した検査は、簡易的なスクリーニング方法として発展と普及が期待され、研究や検査機器の開発が進められています。しかし、唾液検査は現在一部にしか保険収載されておらず、唾液検査を普及させていくためは保険診療で行えることが望まれます。
本欄では、日本口腔検査学会理事長の松坂賢一先生(東京歯科大学教授)と日本唾液ケア科学会理事長の槻木恵一先生(神奈川歯科大学教授)にご協力いただき、検査の必要性ならびに社会実装に向けた課題についてうかがいました。
(編集部)
口腔検査を普及させるために
保険収載を目指したい
口腔検査に対する機運向上へ普及のカギを握る保険収載
――昨今の歯科医療における口腔検査の現状について、先生方はどのようにお感じでしょうか。
松坂:歯科治療における健康保険について、従来からX線検査、咬合に関する顎運動検査、歯周検査や根管長測定検査などがありました。2018年から保険収載された「口腔機能低下症」と「口腔機能発達不全症」のように、診断のための咀嚼能力検査をはじめ、咬合圧検査、小児口唇閉鎖力検査、舌圧検査、精密触覚機能検査、睡眠時歯科筋電図検査などによる算定が可能となっています。
当学会では、他学会の講師を招聘して口腔検査に関する講習会などを行っています。特に高齢者の増加にともない口腔機能低下症に注目が集まっており、6、7年程前から保険収載もあいまって非常に検査が増えてきたような印象は受けています。口腔機能低下症や口腔機能発達不全症はいずれも機能検査ではありますが、口腔検査に関する興味・関心が高まることは非常に良いかと思います。
槻木:松坂先生が述べられたように、歯科医療において検査項目が増えてきた点は、臨床現場においてたいへん喜ばしいことです。また、患者さん側にとっても検査に基づいて診断、治療するという方向性(病因の見える化)が徐々に明確になりつつあることは、評価すべき点といえますね。
当学会は口腔検査をつうじて口腔環境を評価し、効果的な唾液ケアの実現を目指して活動しています。歯科の中では、唾液の可能性は非常に重要だと考えています。新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、日本の場合は唾液を用いた新型コロナウイルスの検査が普及したことは記憶に新しいと思います。唾液が検査検体として活用できるという点が周知されましたので、今後は歯科の中でも検査の1つとして臨床現場に積極的に取り入れていくことで、より良い診断に活用できると期待しています。特に、う蝕や歯周病などのリスク評価を念頭に置いた検査による重症化予防の重要性が広がることが望まれます。
エビデンスに基づく口腔検査の統一化ならびに規格化へ
――リスク評価のための口腔検査は重要ですが、疾患の早期発見のためのスクリーニングとしても大切ですね。
松坂:唾液を検体とする検査では、現在う蝕関連検査(唾液中細菌、唾液pH、唾液緩衝能など)、歯周病関連検査(歯周病関連細菌、酵素、PCR)、その他では唾液内の潜血反応が考えられます。本来、口腔内は出血がない状態であり、炎症が存在する部位、特にうっ血や充血していると毛細血管が拡張し、内皮細胞の細胞間が広がるのでちょっとした刺激でも出血します。口腔内はつねに刺激が加わっているため、何らかの異常があることが示唆されます。そのため、唾液内における潜血反応は歯周病のほか、口腔がんの場合にも陽性になるので早期発見のうえでも有意義だと考えています。
したがって、唾液の潜血を見ることで何かしらの病気を早期発見できるというスクリーニング方法として有用だと考えています。
槻木:潜血反応検査は、とても有益な検査方法の1つとして考えています。しかし、現時点では唾液検査は保険収載(一部のみ)されていませんので、口腔機能低下症や口腔機能発達不全症のように普及するための保険収載は不可欠でしょう。
臨床現場では、なるべく簡易的かつ簡便に行える検査が望まれます。しかし、「簡易的」という言葉のイメージにより客観性、定量性、再現性など検査の統一化ならびに規格化されていない点が現状の課題として挙げられると思います。実際に臨床現場で唾液検査をリスク診断で使用する場合には、たとえば機能検査のように、学会のガイドラインや講習会を受講して登録するなど、そのような1つの基準としての統一化や規格化が必要ではないでしょうか。
松坂:学会主導による評価基準(ガイドラインなど)の作成や講習会などの実施は必要になるでしょう。検査に関しては、歯科医師だけでなく歯科衛生士の役割も非常に重要になってくると思います。また、たとえば歯周精密検査(P精検)やCAD/CAMのロット番号の資料を診療録に貼るなどのように、検査データを保管できるような方法が求められます。
槻木:私たちが目指す唾液検査は、歯科治療を始める前の基本的な検査として、う蝕との関係が明らかになっている「唾液緩衝能」に注目しており、エビデンスに基づいた統一基準が策定できるように取り組んでいます。う蝕や歯周病にしても唾液が少なくなればリスクは上がることは間違いありません。唾液は口腔環境そのものですから、歯科治療の流れの中に唾液量を測定することが大前提にあり、口腔内の状態を数値化したうえでその他の検査や診断につなげたいですね。そのためには唾液に特化したエビデンスの収集が不可欠です。
当学会は2022年に設立してまだ歴史は浅いですが、社会実装できるような唾液検査の集約化を目指して、日本口腔検査学会をはじめ他の学会とも協力して取り組みたいと考えています。学会の果たすべき役割は、まさにそのような点かと思います。
唾液(緩衝性)の可能性大。
効果的な唾液ケアの実現を目指したい
唾液検査を普及させるための適応症の拡大を目指して
――医科のように歯科においても、唾液検査を普及させるためには保険収載は不可欠ですね。
松坂:そうですね。医科領域では、新型コロナウイルス、インフルエンザの唾液を検体とした抗原検査は2020年に保険適用になっています。一方、歯科領域では2022年より誤嚥性肺炎や重度歯周病などの全身疾患に波及し得る口腔内細菌叢を早期に可視化する目的で、口腔バイオフィルム感染症の診断のために、舌背の擦過物あるいは舌下唾液を検体として口腔細菌定量検査1(130点)が算定可能となっています。ただし、これは在宅療養者、入院患者、重度障害などで通常の歯科検査が困難なケースに限定している状況ですので、今後はエビデンスの蓄積によるさらなる適応症の拡大が望まれます。
槻木:う蝕や歯周病にしても、基本的には予防が効果的な病変です。わが国の国民皆保険制度は疾病保険ですので、現行の制度上は予防として保険収載することはなかなか難しく、重症化予防としての位置づけになっています。しかし、口腔の健康が全身の健康と関係していることが明らかになってきていますので、病気の本質としての病因論で考えると、やはり医療費を抑制するためには予防にシフトしていくことが大切です。
松坂:わが国の歯科医療の発展に関しては、保険収載の有無が大きくかかわっています。つまり、歯科医業の収益につながるようなものが普及する傾向にあります。間接的にでも収益につながるものも一部の先生が取り入れられているとは思いますが、患者さんの利益のためのみの場合には、二の足をふんでしまっている可能性も少なくありません。
やはり、歯科医学の進歩と患者さんの利益のために、より基礎的なデータ、すなわち口腔の健康と全身の健康に関するエビデンスを蓄積し、解析していくことは学会や研究会の役割だと思っています。
槻木:これまでの歯科の歴史を振り返ってみて、1960年代から1970年代頃にかけて蔓延した「う蝕の洪水」に代表されるように、歯科全体として治療中心で検査の意識が低かったため、それに対する評価も同様でした。一方、医科は命に直結するということもあり、検査に基づいて診断、治療する体制が整備されています。
最近こそ、歯科界も目の前の疾患にすぐに対応するのではなく、検査の重要性が広がりつつあると思います。しかし、歯学教育のコアカリキュラムの中には検査の項目はあるものの、残念ながら臨床検査学のような講座が一部の大学(他の講座が兼任)にしかありません。今後は日本口腔検査学会をはじめ、われわれのような検査に関連する組織や団体が積極的に情報を発信していくことで、歯科界全体として検査に関する意識や機運が高まっていくことが期待されます。
――最後に、口腔検査の導入を検討している読者へメッセージをお願いいたします。
松坂:まずは、どのような検査があるのかを取引のある歯科材料などを扱う業者を通じてでも構いませんので、情報のアンテナを広げてみるとよいでしょう。まずはご自身の診療室でできることから、取り組んでいくのが導入のきっかけになるのではないでしょうか。症状がある患者さんには医療面接や視診、触診から始まって、治療に行き着くわけですが、その間に診断があり、診断には検査が必須です。また、症状がない患者さんに関しては、主にメインテナンスで来院されると思いますが、検査データに基づく診断や保健指導を実施することで患者さんの口腔に関する意識が高まると思います。ぜひ、エビデンスに基づく歯科医学を提供するためにも普段の臨床の中に検査を導入することをお勧めしたいと思います。
槻木:先ほども述べましたとおり、う蝕と歯周病に代表される歯科疾患は非常に予防が効果的な病変です。それがどのように管理できるかということ考えた場合、リスク検査は非常に重要です。これまでは治療中心型の歯科医療を提供してきたわけですが、近年では治療管理型の歯科医療にシフトしてきていますので、その1つとしてリスク検査を入れるという考え方が求められています。
そのような点で考えると、今こそ病因論に立ち戻って考えることが大切でしょうし、歯科医療従事者の一人ひとりが検査の意識を高めていくことで、歯科界全体に広がっていくことを期待しています。
――本日はありがとうございました。
※編集部注:厚生労働省は、令和8年度予算概算要求の主要事項の中に新規として「生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)パイロット事業」を盛り込み、要求額1.8億円を計上している。事業の概要として、職域などにおける口腔スクリーニング実施事業として、簡易的な口腔スクリーニングを実施することが盛り込まれている。