2026年11月号掲載
AI技術で口腔がんの早期発見を目指す
※本記事は、「新聞クイント 2026年11月号」より抜粋して掲載。
歯科医療とAIを組み合わせ、口腔がんの早期発見につなげたい
本年8月、製造販売承認を取得し社会実装へ進んだ口腔粘膜画像解析システム「Mucosight AI」。NVIDIA社、モリタ東京製作所との共同研究で実現した本システムだが、社会実装に至るまでにはどのような過程があったのか。本欄ではその開発の背景や今後の展望について、研究グループの代表である平岡慎一郎氏にうかがった。
平岡:口腔がんは、口腔内を直接観察できる疾患であるにもかかわらず、進行した状態で専門医療機関を受診する患者さんが、現在も少なくありません。私は口腔がんの診療に携わるなかで、進行がんに対する治療成績を高めると同時に、より早期の段階で患者さんを専門医療へつなぐ仕組みの構築が重要であると考えるようになりました。
早期の口腔がんであれば、進行例と比較して治療における侵襲を抑えられる可能性があります。一方、一般歯科診療ではう蝕や歯周病などと比べて、口腔がんや口腔粘膜疾患を経験する頻度は高くありません。したがって、口腔粘膜病変を認めた際に、経過を見るべきか、専門医療機関へ紹介すべきか、という判断に迷う場面が生じます。そこで私たちは、口腔内写真を解析して歯科医師の判断を支援する「Mucosight AI」の研究開発を進めてきました。
本システムは、AIが歯科医師に代わって診断するものではなく、口腔粘膜病変の評価に関する情報を提供し、専門的な評価が必要な患者さんを適切に専門医療機関へ紹介するための判断を支援することを目的としています。
歯科医療には、病変の早期発見という観点から大きな可能性があります。歯科医院には、症状のある患者さんだけでなく、メインテナンスや定期健診を目的とする無症状の患者さんも継続的に来院します。つまり日常の歯科診療が、口腔がんを早期に発見する重要な接点になり得ます。この歯科医療の特性とAIによる診療支援を組み合わせ、口腔がんの早期発見につながる仕組みを構築したいと考えています。
本研究は2017年に開始し、その後、全国の医療機関から提供いただいた臨床データを用いた研究へと発展しました。また、NVIDIA社との共同研究によってAIモデルの開発を進め、さらにモリタ東京製作所との連携によって研究成果を医療機器として社会実装できました。大学内での研究成果を臨床現場で使用できる形にし、患者さんに還元して初めて、社会的な意味が生まれると私は考えています。Mucosight AIは研究開始から社会実装までに長い時間を要しましたが、多くの研究者、医療関係者、企業の方々との連携により実現することができました。
本システムの実用化は、口腔粘膜疾患の診療をより良くするための1つの出発点です。今後は対象とする病変や利用できる情報をさらに広げ、同時に一般歯科診療と専門医療をより円滑につなぐ仕組みへ発展させたいと考えています。最終的には、口腔がんが進行してから専門医療機関を受診する患者さんを1人でも減らすことが、私たちの目標です。