2025年7月号掲載
日本歯科医学会会長12年間の実践
※本記事は、「新聞クイント 2025年7月号」より抜粋して掲載。
これまでの私の経験から「気運」と「機運」の違いについて自己流の解釈をお示しする。
まず「気運」は、新たな研究や技術の展開にはそれが受け入れられる社会的な認識が成就されていないとうまくいかない。気運づくりには、多くの方々の共通認識を高めるためにさまざまな知恵や工夫が必要である。気運を高めるという努力は簡単ではないが、これができていないと結果は一過性の花火に過ぎないということになる。
その土壌ができたとの認識から「機運」が登場する。すなわちそのタイミングで「その機会をつかむこと」である。タイミングを逃すと、あきらめるか新たな気運づくりが必要となる。これは歯科界だけの話ではない。
臨学産官民との気運づくりに取り組んでいる皆様方は、出てきた機運を逃さないで社会実装を目指してほしい。もちろんそれは簡単ではないが、AI時代にはさまざまな分野で求められるであろう。
私の専門分野(麻酔)での経験は、学会誌44巻の座談会でも紹介した。研究の着想はきわめて斬新だったが、気運がまったくできておらず時期尚早の挑戦であり、主戦は試作段階で終わってしまった。臨床面では附属病院長として大学機構改革の渦中にいて、病院管理業務に専念したこともあり、当時の「ウリの技術」が後継者に十分に引き継がれていない段階で終わってしまった。機運はできていたが、つかみ損なったといえる。
12年間の学会会長としての結論は、気運と機運の理解、その実践であった。